《連奏歌〜惜のレクイエム〜》第十話
僕の聴力が回復する理由があるなら、それは死神の言う通り、願いの上書きだろう。
でもなんで、僕が聴力を無くしたことを霧代が知って――。
いや、そんなのは擔任が喋るか、そうでなくとも死神が喋る。
だとするならば辻褄は合うし、霧代が僕の耳を戻そうとするのも頷ける。
「……なんで、霧代……僕の耳を!」
振り返って霧代の肩を持ち、問いただした。
そうでもしないと、自分を保っていられなかった。
僕は今日死ぬことになるんだ。
なのに何故、そんな僕の聴力を回復させた?
まさか――
「だって……瑞揶くんにとって、耳は大事でしょ? その耳を持ってさ、“將來”プロのヴァイオリニストになってしいなって……」
僕が死ぬって事を、知らないのか――。
「……霧代。僕に、もう“將來”は……っ」
殘されていないのに、このは僕のために自分の命を使ってしまった。
そして、今日僕と同じく魂を取られるという運命を背負わされてしまった。
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自分も死ぬとは知らずに――。
「……? 瑞揶、くん? なんで泣いてるの?」
「――死神、お前は全部わかっててやったんだな」
僕らしくない、冷たい聲だった。
顔を伏せて、歯噛みをして、霧代の肩に置いた手に力がこもる。
「だからお前はわざわざ次の契約者の命日を僕に告げたんだろ?」
「さぁ、なんだったかしら? 気まぐれで言った言葉なんて覚えてないわ」
「惚とぼけないでよ……お前! こうなるってわかって全部――!」
憤り任せに立ち上がろうとして、転んだ。
熱でがフラついて抵抗なんてできやしない。
き聲を出しながら、ギリギリと歯軋りをして死神を睨む。
愉悅に満ちた様子でクスクスと笑う黒曜のはし高度を下げて僕の側に舞い降りた。
「あらあら、熱で錯しちゃったのかしら。私が看て差し上げましょうか?」
「ふざけるなっ!! よくも僕達を騙してくれたな!!」
「あら、口は達者ね。私は契約事項は守ってる……騙してなんかないじゃない。ねぇ、霧代ちゃん?」
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「え……? は、はい。セイは私の願いを聞いてくれたし……。瑞揶くん、落ち著こうよ。ね?」
「――――」
わかった。
霧代は契約者の魂が奪われることを知らない。
じゃなければこんなに平靜ではいられないはずだ。
これから殺されるってことなのに――。
その相手を、信頼して――。
「――死神ぃぃいいいいいいいい!!!」
「フフフ。契約の時間よ、死になさい」
全てを賭けたび聲など耳も傾けず、死神は冷淡に告げた。
次の瞬間に、僕の意識は落ちていった――。
意識が浮上する。
人はこれを再生というのか、起きたというのかはわからない。
ただ、僕は起き上がったって事実だけが重要なんだ。
「ここは――」
不思議な空間だった。
地平線まで続く灰一の地面と黒の空だけでできている空間。
熱は引いてるのか立ち上がれて、も無いのに見える自分のを見渡した。
起きる前に著ていた黃緑の寢間著を著ている自分のには他になにもない。
「お目覚めはいかが?」
「!」
てっきり一人しかいないと思っていた。
だが気付けば死神が、目の前でフワフワと浮遊し始める。
「お前……よくも僕の前に顔を出せたな」
「あらあら。私は願いを葉えてあげただけなのに、なんで恨まれなきゃいけないのかしら。それに、取引を申し出たのはあなた達じゃない?」
「っ……! それはそうだけどっ、僕は……こんな……」
「なんで貴方の都合通りに事が運ぶと思ったわけ?そんなの傲慢よ。結果はこのザマじゃない」
「ッ……!!」
言い返す言葉はなかった。
多は図ったのかもしれないけれど、仮にも彼は願いを葉えてくれた。
謝こそすれ、恨む理由はない。
「ねぇ、なんで霧代ちゃんは死ななくちゃいけなくなったのかしら? それは願いを葉えなくちゃいけなかったから――」
――そう、貴方が自分の保というくだらない理由と引き換えに命を換したから――。
――別に、葉える必要もなかったのに――。
「……それは、そうだけど……」
「霧代ちゃんも、別に聴覚を治してあげる必要なんてなかったの。でも気持ちの問題だと思わないかしら?貴方は自分を守りたくて願いを葉えた。彼は貴方のために願いを葉えた。その対価に私に魂を握られた。私は取引を申し出ただけ……。じゃあ、悪いのは誰なのかしら?」
「…………」
言わんとしていることは、わかった。
だって、僕が霧代を信じてやれていなかったから……。
あの時逃げ出さなければ……。
聴覚と引き換えに命を差し出したりしなければ……。
「……僕が、悪いんじゃないかっ……!」
「ご明察。しかし、事の発端は霧代ちゃんね。軽はずみでもあんな事を言わなければ良かった。責任は分配されるにしても――こうなった一番の原因は、貴方じゃない?」
「……認めるよ。僕が悪い……僕が……悪いよ……」
また僕は泣いていた。
泣いてもどうしようもないのに……。
霧代に申し訳が立たないのに、これ以上どうすることも出來ないのに……。
「霧代の魂も持ってるんだよね? あの、謝らせてくれ……ませんか?」
「謝りたいならいいけど、このスクリーンにいくらでも謝ってて頂戴ね?」
「……え?」
次の瞬間、パッと視界が明るくなった――。
32インチ程度の大きさでモニターが500を超える數展開されていく。
個々に映っているのは、ビルの外壁と、その上に立つ霧代――。
「なに……何をして……」
「貴方はあの子の目の前で死んだのよ?目の前で亡くなった人の後を追おうなんて、當然だと思わない?」
「なっ!!? そんなっ!!!」
んでる間にも、霧代は徐々に過度の方へとゆっくりと歩いていく。
それこそ虛ろな瞳で、焦點もない瞳で――。
そして――。
《ドチャッ》
――落ちた。
「――うあぁぁああああああ!!! 霧代ッ!! 霧代ぉおおおお!!!」
「あははははははは!! 良い悲鳴よ響川瑞揶! じゃ、私はまだ仕事があるから、その畫面に謝ってなさい」
「霧代ぉぉおおおお!!!」
最早何も聞こえなかった。
ただ目の前の衝撃的な映像をぐちゃぐちゃの顔でずっと眺めるしか、できることもなかった――。
◇
「こんばんは、霧代ちゃん」
「あ……セイ、さん」
夜の闇の中、私は現世の川本霧代の元へ再び舞い降りた。
魂を貰うために――。
「……あら、その楽は……」
「あ、はい。瑞揶くんのお母さんに貰ったんです……ヴァイオリン弾くんなら使いなさいって……」
「……そう」
夜道で出會ったが抱えていたのはヴァイオリンケース。
殊勝なことね。
だって響川瑞揶が死んで、その両親に言った言葉が――
「私が生きて、ヴァイオリンを弾きます! 彼と共に居たから彼の旋律がわかるから、私は彼を追います!」
なんて、言葉としてはちょっとおかしいながらも泣かせてくれる臺詞を頂いた。
全く、人っていうのは私の予想を超えていくわね。
てっきり後追い自殺でもするものかと思ったのに、この子は全くそんな素振りもない――。
「けど、あなたもわかってるんじゃなくって? 私が響川瑞揶の魂を持ってるって」
「……。……やっぱり、貴方は死神なんですね」
「ひどい言い草ね。願いを葉えて魂を貰う、正當な契約なのに。みんな失敬しちゃうから響川瑞揶にはお仕置きしたわ」
「えっ!? ひ、酷いこととか、してないですよね!?」
「……突っ掛かりすぎよ。ちょっとショッキングな映像を見せただけ。貴方が後追い自殺するような、ね」
「え……私生きてるのに、タチ悪いなぁ……」
「ウフフ、死神って呼ばれたからにはそれぐらいしないと」
個人的に悲鳴を聞きたかってっていうのもあるけれど、あれは中々に良い悲鳴を上げてくれた。
もう一度くらい鳴かせたいけど、そしたらきっと壊れちゃうでしょう。
壊れないように、慎重に……ね?
「ところで、ヴァイオリンを弾くって言っても、私が來るってわかってたんじゃなくって?」
「……最期まで彼との思い出の品を待ってたかっただけです」
「ならいいけど。じゃ、貴方の魂も貰っていくわ。……覚悟は良くって?」
「……はい」
はそっと頷き、瞳を閉じた。
私は靜かに、その命を刈り取った――。
「まったく。苦労なしに願いを葉えよう、なんて人間は、いつの時代も愚かねぇ……」
捨て臺詞と抜け殻になった川本霧代のを殘し、私は隠れ家へと転移した。
が明に、そして彩が戻ると、霧代ちゃんを別の所に転移させ、響川瑞揶のいたところに戻るとまだあの年の鳴き聲が聞こえる。
グズッだのウッだの、なんとも悲しい聲で泣いている。
「まーだ泣いてるの? 魂使って転生でもしてあげるからいい加減やめてしいんだけれど?」
「うぅっ……ごめんっ……霧代っ……」
「……聞いてないし」
這いつくばりながら泣く響川瑞揶は私なんか無視してうえんうえん泣いている。
ハァ……流石の私も、本気で可哀想になってきたわ。
まぁ?今更あの映像がニセモノだなんて言ってもなんだからこのまま放っておけば良いか。
「さて、この子を転生させるのはもう決めているし、さっさとやりますかな」
私は手元に赤い空間パネルを開いた。
半明のそれには文字が刻まれている。
自由の第2世界――【ヤプタレア】
「楽しみだわ。ウフフフフフフ……」
は笑う。
年は泣く。
相反する音が、虛空の空間にレクイエムの如く響き渡った。
世界は続く――。
語は続く――。
僕が悪かったんです――。
どうか罪を償わせてください――。
なんでもやります――。
善い事なら、たくさんします――。
償ったら、貴方に會って謝らせてください――。
強くなります――。
男らしくも、頑張ってなります――。
もう命を賭けたりもしません――。
誰かを不幸にしたりするような失敗もしません――。
だから――。
だから――。
…………。
……。
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