《連奏歌〜惜のレクイエム〜》第二十話
瑛彥に連れて越させられたのは僕の部屋だった。
なんの用なのかなーとのんびりしていると、彼はヴァイオリンケースを持ち上げて僕に渡して來た。
「録音するからよ、弾いてくれ」
「……えーと、なんで?」
「もう聴けねーだろ。録音しなくてどうすんだ」
「……えー、なんか恥ずかしいなぁ」
「いいから録音だ。楽出せよっ」
「はいはい……」
言われるがままに楽を取り出す。
調整とかしてないけれど、大丈夫かな。
チラリと瑛彥の顔を見ると、僕のヴァイオリンを真摯な眼差しで見ていた。
瑛彥は小學校の頃から、ずっと僕の音を聴いている。
いくつか録音したものもあるはずだけど、今の僕に出せる音は今の僕だけだし、録音する価値はあるんだろう。
僕の出す音は前世に比べてしっとりとした、なだらかな音程が際立つようになった。
それぐらいしか長の無い僕の音楽だが、頼まれたなら弾かせてもらおう。
ヴァイオリンをあごに挾み、現にそっと手を當てて弓を構える。
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瑛彥はベッドに腰掛け、ICレコーダーを手に持っていた。
一呼吸。
今日までいろいろあって落ち著かない心を澄ませて、タンタンと足踏みをする。
それを合図に演奏を始めた。
優しい音を響かせる。
それはまるで眠りの魔法をかけるような、そっと、しい音。
深く、深く、心にズッシリと乗る重い音がヴァイオリンの味なのに、僕の音はポップなじで明るかった。
弾いている曲がそうだから、というわけでもない。
1オクターブ高い音程の“Calm Song”。
僕と瑛彥が1番多く聴いてきた曲を、僕なりに弾いているんだ。
小夜曲のようにしっとりとした、なのにジャズのようにアップテンポな演奏を繰り広げ、僕は楽を置いた。
「……どうだった?」
「心に來る演奏だったよ。腕が落ちてなくて良かったぜ」
「あはは……最近はロクに弾けてないからね。僕も、弾けて良かったよ……」
アンコールはないだろう。
僕は楽を仕舞い始め、瑛彥は何も言わずに目を閉じていた。
ケースを閉じ、定位置に戻す。
すると瑛彥は立ち上がった。
「戻るか……」
「うん」
彼に先導されて僕らはリビングに戻る。
沙羅や環奈になんで演奏したのか聴かれたけど、瑛彥は無視してトイレに行ってしまった。
もちろん答えるのは僕だけど、なんなんだろう。
僕に何か訊くでもなく、演奏だけ貰うなんて不思議だった。
「あっ、瑞揶くんあいた?」
「あいてますよーっ。おいでー、おいでーっ」
理優を手招きすると、ちびっこみたいに小走りで僕の隣に腰を下ろす。
理優はどんな話をするだろう?
「瑞揶くん、瑛彥くんとは何を話したの?」
「……別に話って話はなにも。ただ、演奏を録音されただけだよ……」
「えーっ、なんでだろーね?」
「なんでですかにゃー?」
2人して首を傾げる。
瑛彥も何考えてるのかわからないねーっ。
「でも、瑞揶くんが行っちゃうと寂しいなぁ……」
「……そう、かな?」
「うん……。それに、私もにゃーになってみたかったなぁ……」
「…………」
突然のカミングアウトに目を丸くする。
にゃーに、なりたい?
……そんな!
「なんでもっと早く言ってくれないのーっ!?」
「えっ!!?」
「にゃーになろう、理優!」
「うんっ!!」
僕らは立ち上がった。
全てはにゃーで始まり、にゃーで終わるのです!
「にゃー、にゃー♪」
「にゃー、にゃーっ!」
「……あの2人は何を踴ってんの?」
「貓でも召喚するんじゃない?」
リビングで手を広げて踴り(?)を繰り広げていると、沙羅と環奈が白い目で見てきた。
儀式とかじゃなく、喜びの表現ですにゃー。
「理優ねこさん、貓になりますか〜? それとも貓耳と尾ですか〜?」
「貓耳! にゃーになったら會話できなくなりそうだしっ」
「はーいっ」
要通りに貓耳と尾を超能力で付けてあげる。
黒髪の彼の髪には同の貓耳が、制服のスカートからは尾が生えた。
「よしっ、理優ねこさん! 瑛彥に突撃ぃいい!!!」
「にゃぁぁああ!!」
理優がドタドタと飛び出してリビングを出て行く。
僕は一仕事終えてふぅっと息を吐き、全貌を見ていた沙羅たちは依然として白い目をしていた。
「……それ、今日すること?」
沙羅がそう呟いた直後に瑛彥の絶が聞こえ、僕は靜かに席へ戻るのだった。
◇
理優と瑛彥が戻ってきて、3人で話をすることになった。
「マシュマロもちもちだよーっ?」
「本當だ! 瑞揶くん、これ味しい!」
「……理優っち、俺より瑞っちと意気投合するのってどうなの?」
お菓子に喜ぶ理優と何かに落ち込む瑛彥。
2人のことは気にせず、もっちゃもっちゃとマシュマロを頬張った。
にゃーにゃー♪
「2人はすっかり仲良しさん?」
「仲良しだよなー。おめぇらみてぇにオープンに抱きついたりしてねぇけど、そういうこともあるぞ」
「は、恥ずかしいから言わないでよぅ!」
真っ赤になって理優がポカポカ瑛彥を叩く。
將來はおしどり夫婦間違いなしだね。
見れないのが殘念だにゃー。
「まぁまぁ理優、落ち著いて……」
「だって……もぅ~っ、恥ずかしいよぅう……」
さらに赤くなって俯いてしまう。
いやー、いいですにゃー、されてますにゃー。
「沙羅はこんな姿見せないからなぁ~。瑛彥がしだけ羨ましいよ」
「そうか? こうなると話しにくくてなぁ……」
「そしたら抱きしめればいいと、にゃーは思います!」
「人前でしねぇから……」
「えーっ?」
瑛彥が自分からぎゅーってするところが見たかったのに、見れないようだ。
殘念だなー、殘念だなーと思っていると、頭に肘を乗せられる。
誰かと顔を上げると、むすーっとした顔の沙羅が居た。
「ふぅーん、瑞揶はこういう小的に見える態度がお好みなわけね。私だって照れたりするけど、こういうのがいいの。ふぅーん、そう……」
「……さ、沙羅? 怒ってる?」
「私より理優の方が可いのかしら……。殘念ね、こんなんじゃ瑞揶の彼を名乗れない……もう死ぬしかないのかしら……」
「も、もぅっ! そんなことしなくていいからっ! 変なこと言わないで~っ!」
「じゃあキスして? そうじゃなきゃ口塞がないーー」
沙羅が言い終える前に口を塞いだ。
寂しい事を言う口にはぬくもりを與えるのです。
……とか言って、自分がキスしたいだけだったりするけど。
「大膽だなぁ……」
「うわぁ……うわぁああ~……」
瑛彥と理優が僕らを見て各々反応を示す。
いつものことだもの、恥ずかしくないですよ?
「……ふぅ、なんかドキドキしてきたわ」
「にゃー……沙羅、僕は沙羅が1番好きだからね?」
「知ってるわよ。それより瑛彥。人前でキスするならこうすればいいのよ。瑞揶も理優も似たようなもんだからできるでしょ?」
「……沙羅、どっから會話聞いてたのさ?」
しれっと普通の態度に戻る沙羅に尋ねても目線を逸らされて聞けなかった。
……沙羅、意地悪になったなぁ。
可いからいいけど。
「き、キキキ、キ……」
「キスぐらいするだろ? 今更何驚いてんの、理優っち?」
「だからっ! そういうのバラすなーーッ!!」
「いてーっ!?」
瑛彥が本気で叩かれ、僕と沙羅は呆れながら夫婦漫才を眺めていた。
すると、お義父さんと環奈、瀬羅も集まってくる。
ソファーがあるんだから座ろうよ……。
「お前らなぁ……不純異遊は許さんぞ。俺の前でそんなことしたら逮捕だ、逮捕」
「そーだよねー。ウチはともかく、あねさんは獨りなんしょ? 可哀想じゃんね、あっはっは」
「だからその、あねさんってなに……?」
お義父さんも環奈も楽しそうで、瀬羅だけはどこか落ち込んでいた。
にゃー……落ち込んでるねこさんがいるのはダメですよぅ。
なんとかしなくては。
「瀬羅、にゃーな旦那さんでよければ紹介するよ?」
「……それって、ねこさんだよね?」
「うん」
「……會話もできない相手と結婚って」
ますます落ち込んで膝から崩れ落ちてしまった。
えー、ねこさん可いのにぃ……。
「ってかアンタ、まだ瑞揶と話してないわよね? 息子なんでしょ? 話さなくていいの?」
「ん? ああ、俺は電話で伝えることは伝えたからな」
「沙羅が捕まってる間に電話したよ? もう話しませんにゃー」
「……そう」
沙羅の心配は杞憂に終わる。
お義父さんとは電話したからいいのです。
ということは、これで終わりかな。
「沙羅、荷まとめに行こ」
「……そうね」
「大雑把でいいよ。あとで僕が作るから」
「……わかったわ」
沙羅が頷き、共にリビングを出る。
いよいよここまで來た。
さて……世界を越えよう――。
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