《連奏歌〜惜のレクイエム〜》第1話:春秋巡った先の涙

アキュー、私は変わったわ――。

長い長い年を取り、私は神に近しい力を経た。

元はと言えば、貴方といた半分の世界で悪霊になり、復讐するために知恵をにつけたのだけれど――それは余談に過ぎない。

貴方が大神に昇格して、私は1人になった。

のまま、1人になった。

私はそれでも地上で事を考え続けた。

誰にも見られることなく、1人で、何百年という時を無為に過ごした。

そうして漸く実を作り上げ、生き返ることができた。

そして、と世話という私の質も消した。

だって、必要なかったのだから。

その頃の私は既に、世界を意のままにるほどの力を持っていた。

それでも律司神の庇護下にある貴方に勝てないのはわかっている。

だから、嫌がらせばかりしてきた。

ずっと、ずっと、貴方を恨み続けて生きてきた。

飽きるほどの年月は恨みを持つぐらいしか、生きている理由がなかったんだもの――。

でも、もうそれも飽きてきた。

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小さなものを苛いじめて嬲なぶって、それが何にもならないのはわかってるもの。

だから、決著をつけましょう――。

貴方のいる、この世界で――。

「ハァイ、調子はいかがかしら? まぁ、私の顔なんて見たくなかっただろうし……ねぇ? いい気分じゃないとは思うけどっ、クスクス」

挑発するように嫌みたらしく笑う死神。

しかし、怒りは湧いてこなかった。

「……どうだろう。いろいろ知れたし、僕も長した。僕はの後世だし、小さなことでは怒らないよ」

「ああ、アレは意外な真実だったわよね。まさか律司神がこんな近に居たとは思わなかったわ。かと言って、彼は私を捕らえる気ないみたいだから私も気にしないけど」

「…………」

そうだ、ちゃんはここまでの事で1回もアキューたちのことで関わってこなかった。

なんで一番凄い力を持つだろうちゃんが干渉してこないのはわからない。

だけど、あの人のことだから、どんな事が起きても悪い方向にはいかないだろう。

たとえ僕が死のうとも――。

「ま、いいじゃない。悪くない人生だったんでしょ?」

「……見てたんだね」

「そりゃそうよ。でも四六時中見てたわけじゃないから心配しないでね? アキューの作った世界だし、いろいろ見て回ってたもの」

「…………」

そう、目の前にいる彼は自由律司神の元人だ。

アキューの作ったヤプタレアを気にしないはずがないだろう。

「ちなみに、ここはまだアキューの世界の中よ。アキューの作った世界と世界の間に気づかれないように次元を開いて作った空間……誰かがやってくることは無いわね」

「……そうかな?」

「虛無が來るのを期待してる? 殘念ながら、彼はこないわ。元律司神がちょっかい出して、その隙に貴方を運び込んだもの」

「……そう」

「クスクス、まぁ誰が來ても貴方の処遇は変わらないけどね」

の言葉を聞いて目を丸くする。

そうだ、ここに連れてこられたからにはまた何かされるんだ。

なんだろう――また酷いことを、するんだろうか。

「そう怯えた目をしないで。もっと酷いことをしたくなっちゃうでしょう、ねぇ?」

「もっとって、酷いことをする前提で話すのはやめてよ」

「あら、私が善行をするような気のいい人間に見えるのかしら? 嫌なことしかしないに決まってるじゃない」

「…………」

くつくつと笑う彼を僕は嫌とも思わず、怒ることもなく、ただ、悲しく思えた。

アキューの過去を見たのは斷片的な部分にすぎないし、セイという人のことはよくわからない。

だけどこの人は、ただ泣きたいだけなんじゃないだろうか。

お腹の子を失う辛いことがあったかもしれない。

その怒りをアキューに向けて、悲しみを抑えてるんじゃないだろうか。

「……ねぇ、死神」

「なにかしら?」

「……辛くないの?」

「……なにがよ?」

怪訝そうな顔で尋ねてくる。

その言葉にはしの怒気が含まれていた。

しかし屈することはない。

なんたって僕は、の後世だもの……。

「死神はさ、こんなことをして、結局どうしたいの? 目的はなに?」

「そんなの、アキューを困らせることに決まってるわ。それだけが……それだけが、私の生きる道標ですもの!」

「……アキューのこと、好きだったんじゃないの?」

「…………」

死神が閉口する。

した口ぶりは一瞬にして冷め、彼の表は悲しみに変わった。

黙る彼の代わりに、僕は続ける。

「君たちの生きてきた年數と比べるのはおこがましいけどさ、僕と霧代は死神達に似ていたよね。もしかしたら死ななかったかもしれない。ちょっとした不注意のせいで、悲しい目に合う。ここまでは、同じだった」

一度言葉を切る。

思い起こすのは、最後に見た霧代の笑顔。

僕のせいで、死ななくても良かったのに死んでしまった

はこの世界に幽霊として來て、最後まで僕の事を……。

…………。

「……ねぇ、死神。アキューは確かに君を助けられたかもしれない。けど、助けられなかったからって、君が死んだのはアキューのせいじゃない。それで彼を恨むのは――」

「そんなのわかってんのよ!!!」

「――ッ!」

「わかったような口を利くな!!」

一瞬にして距離を詰められ、を毆られてが吹っ飛ぶ。

ゴロゴロとが転がり、お腹から何かが逆流して吐き出した。

痛い、こんなに自分のが脆いとはけない。

しかし、まだ言う事を言い終わってないから――言わなくては。

立ち上がる。

荒い息の死神を正面に、堂々と。

「怒りのはけ口が無いからアキューを困らせてるのは、私自よくわかってるわよ! でもアキューが悪いんじゃない! だって……だって、助けに來なかったじゃない! ずっと信じてたのに……3人で暮らすって、約束したのに!!」

「……そうだよね。君がアキューを許せないのは百も承知だよ」

「……なによ、何が言いたいのよ!」

狂気の瞳を僕に向け、発狂するように問い詰めるセイ。

は、ずっと1人で居て狂ってしまったんだ。

子供を失い、傷心し、それを癒す手立てもなく、ただを振り回して被害を出してきた。

そうだとしても……。

「……ねぇ、セイ」

「ッ……その名で!」

「僕はアキューと聲が違うし、格も全然違う。だけど……同じ顔で、同じを持っているクローンとして、君に伝えたいことがある」

彼と同じ顔を持つ僕にしかできないことを伝えよう。

その言葉は、アキューならこう言うと思う。

長年の申し訳なさを込め、優しい口調で、頭を下げながら――

「済まなかった、セイ。僕がもっと君に配慮していれば……あんなことにはならなかったんだ。長い間……お前を1人にして、悪かった……」

アキューになりきって謝罪をした。

僕に彼の聲は出せなくとも、目の前のには僕がアキューに重ねて見えただろう。

だって、その顔は驚きに満ち溢れ、ほろりと流れる涙が見えたから。

「……くっ……ツッ……!」

嗚咽を一杯抑え、聲を押し殺してセイは泣き崩れた。

儚く、寂しい背中を向けて、は泣いていた。

きっと、泣くことがずっとなかったのだろう。

長い長い春秋を巡った先に漸ようやく流せた涙は.止まる由よしがなかった。

僕はただ見ていた。

の弱い姿を、哀れみの目をもって。

そして考えた。

これで良かったのかと。

僕のできることは、これで全てだと。

あとはアキューがなんとかしてくれる、と思う。

彼も人へのを思い出していたから。

生き返れば、だけど……。

「……響川、瑞揶」

「…………」

不意にセイは顔を上げた。

赤くなり、目元には涙の跡がある。

しかし、涙は止まっていた。

「ありがと、いい夢見られたわ。確かに、アキューにあなたの言った事を言われたら、私はまともに戻ってアキューに泣きついたかもしれない。だけど、貴方とアキューは違うもの。貴方の言葉に、誑たぶらかされたりなんかしないわ!」

「……別に、誑かすつもりで言ったわけじゃないんだ。ただ、アキューはこう思ってると僕は思って、それを口にしたまでだよ……」

「フフ、余計な心配アリガト。お禮に貴方には――絶をプレゼントしてあげるわ」

赤い顔でにたりと笑い、死神はそう宣言した――。

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