《ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく》50話「世間知らずの子爵令嬢、父親に叱られる」

時はし遡る……。

~ Side ジョセフィーヌ ~

「このわたくしをここまでコケにするなんて、許せませんわ! お父様に言いつけてやります」

「お、お嬢様! お、お待ちください!! ジョセフィーヌお嬢様!!」

わたくしの名前は、ジョセフィーヌ・ラガンフィード。レンダークの街を含めた、ラガンフィード領を収める領主を父に持つ子爵令嬢ですわ。

父の名は、ルベルト・フォン・ラガンフィード。特にこれといった功績は上げておりませんが、堅実な統治が素晴らしいと領民にとても尊敬されておりますのよ。

他の貴族の方々からは「領民にを売っている」だの「貴族の恥さらし」なんて噂されておりますが、わたくしはそんな父をとても尊敬しております。

そんなわたくしも、今年で十四歳になりました。最近長期なのか、今まで使っていた下著のサイズが合わなくなってきました。お気にりの下著でしたのに……。

コホン、そんなことはどうでもいいことですわ。今大事なのはこのわたくしが……貴族令嬢であるこのわたくしがただの平民如きに足蹴にされたという事実です。

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たかが平民が、崇高なを引いている貴族の人間に逆らうなど許されません! お父様に言って、罰してもらいますわ。

サリーを伴って足早にラガンフィード家の屋敷へと戻ってきたわたくしは、すぐに二階の執務室へと向かいます。

我がラガンフィード家の屋敷は三階建ての大きな屋敷で、一階には食堂や廚房、茶會を開くためのホールなどがあり、二階は執務しつや書斎などといった主に政をするための部屋が多くあります。

殘った三階は、寢室などの生活スペースに使われておりますが、使用人たちの部屋も同じ三階にあります。

ああ、そうでした。今はラガンフィード家の屋敷のことなどどうでもよいのです。それよりも、早くお父様に今日あった出來事をお聞かせしなくては!

ドレスのスカートの裾をたくし上げ、小走りに掛けていく。道中ですれ違った給仕のたちが、その景に目を見開き驚きつつも、ぎこちないお辭儀で「お帰りなさいませ」と挨拶をしてくれる。

その挨拶に「ただいま戻りましたわ」と律儀に答えつつ、二階にある執務室へと向かい。勢いよく執務室の扉を開け放つ。

「お父様!!」

「……はあ、ジョセフィーヌよ。いつも言うておるだろう。淑たるものもうし慎みを持って行しなさ――」

「それはもう耳にタコができるくらい聞き飽きましたわ。それよりもわたくしの話を聞いてください!」

お父様は、また貴族としての心構えを説いてきます。そんなものはもう聞き飽きました。そんなことよりも今はあの平民を罰することが最優先です。

一通りお父様に説明すると、なぜか急に頭を抱え出してしまいました。一なぜそんな態度を取るのか不思議に思っていると、お父様の怒鳴り聲が響き渡ります。

「お前はなんてことをしてくれたんだ!」

「うぇ! い、いきなりなんですか!?」

「その冒険者は、我が街にとって有益な素材を提供してくれているのだ。ゆくゆくは我が屋敷に招待し、親睦を深めようと予定を調整していたのだぞ。それを……」

お父様は基本的にわたくしに優しいですが、一度怒るととても怖いのです。この間も、庭の花壇で泥んこになるまで遊んでいたら大目玉を食らいました。

どうやらわたくしのいを斷ったあの冒険者は、かなり優秀な人材だったらしいですわね……。

「ですが、お父様。その冒険者は、このラガンフィード家の令嬢であるわたくしを馬鹿にしたのですよ!? ここは是非とも、領主としてお父様のお力であの冒険者を罰していただき――」

「こぉーの、馬鹿もんがぁぁあああああ!!」

「ひ、ひぃー」

今までに聞いたことのないお父様の大きな聲で、思わずこまらせる。どうやら今回の件は相當の痛手だったようで、あの冒険者との繋がりを斷ち切ったわたくしを責めているようですわ。

「……止だ」

「え?」

「一週間外出止だ! わかったら、すぐに部屋に戻って反省しなさい」

「そ、そんなー」

どうして、こうなってしまったのかしら。わたくしはただ、わたくしに無禮を働いた平民を罰してもらいたかっただけですのに……。

今までの外出止の最高日數は三日間でしたが、これでまた記録を更新しましたわ。まったく嬉しくもなんともありませんけど……。

それ以上話すことはないとばかりに、手を振ってわたくしを追い出そうとするお父様。うぅ、慘めです。カッコ悪いです……。

こうなったお父様は聞く耳を持ちません。これ以上ごねてわがままを言えば、外出止が一週間から一か月になり兼ねませんわ。

「……失禮しました」

「……」

眉間にしわを寄せた父親に向かって、退出の言葉を投げかけますが當然返事はありませんでした。

先ほどの勢いはどこへやらといったじで、とぼとぼとした歩調で三階の自分の部屋へと戻っている最中、見知った人と出くわしました。

い長い髪にサファイヤのようにしい瞳をお持ちの我が姉、マーガレットお姉様です。わたくしよりも二つ年上の十六歳でありながら、その雰囲気は実に大人びていて同じとしてとても憧れます。

「あら、ジャンヌじゃない。どうかしたの?」

「お父様にまた叱られてしまいました……」

「あらあら、それは災難だったわねー。でも、それはジャンヌにも原因があると思うわよ」

マーガレットお姉様は、なぜかわたくしの名を呼ぶときは“ジャンヌ”と呼びます。理由を聞いたところ「その方が呼びやすいから」という単純な答えが返ってきました。

そして、事の顛末をお姉様にお話ししたところ、先ほど言った言葉を頂戴しました。何がイケなかったのでしょう?

そんなわたくしの疑問が顔に出ていたのか、お姉様がアドバイスをくれました。

「いいことジャンヌ。人っていうのは……ううん、貴族っていうのは平民などの下の人間に寛容でなければいけないわ」

「寛容……ですか?」

「そうよ。例えば、貴の後ろに控えているサリーだけど、私がジャンヌにサリーを頂戴って言ったらどうする?」

「嫌ですわ!! 例えマーガレットお姉様でも、サリーは渡しません!!」

「じょ、ジョセフィーヌお嬢様……」

そう言うと、わたくしはサリーを抱き寄せ取られまいと人形のように抱き抱えます。心なしかサリーが嬉しそうな恥ずかしそうな態度ですが、そんなことはわたくしには関係ありませんわ。

わたくしにとってサリーはもう一人の姉も同然の存在、例え同じ家族であるお姉様でもサリーだけは渡しません。

「それと同じことよ。人間誰しも何かを奪われることを嫌うわ。それが自分の大切にしているものであればあるほどその思いは強くなる。その冒険者にとって貴の家來になるっていうのは、自分の自由を奪われるっていうことだと考えたんじゃないかしら?」

「あ……」

お姉様に言われ、初めてその時自分がとても理不盡なことを言っていることに気付いた。誰だって自分の意志とは関係なく、自分が持っているものを無理矢理奪われることを良しとする人間なんていない。なくともわたくしは、斷固拒否します。

「わたくし、あの方にとても酷いことをしてしまっていたのですね……」

「お嬢様……」

「そう落ち込むことないんじゃない? 確かにジャンヌは、その人に酷いことをしたのかもしれない。でもそれが酷いことだと理解し、反省した。本當に酷い奴っていうのは、自分が酷いことをやっていると分かっていながら反省もせず、さらに酷いことをする人間のことを言うのよ」

そうお姉様はわたくしをめてくれました。ですが、あの方に酷いことをしてしまったという事実は変わりません。すぐにでも屋敷から飛び出して謝りに行きたいところですが、お父様から外出止を言い渡された以上、それまで外に行くことはできません。

「なら、手紙でも書いてみたらいいじゃないかしら」

「手紙ですか」

外出止のことをお姉様に伝えると、返ってきた答えがそれでした。……手紙ですか、それも悪くないかもしれませんね。

「マーガレットお姉様、ありがとうございます。さっそく、手紙を書いてみることにしますわ」

「いいのよ。私の大事な妹の役に立てたのなら、それ以上嬉しい事なんてないんだから」

「お姉様……」

お姉様の言葉に、がぽかぽかと溫かくなる気持がします。そうです。自分が仕出かしてしまったことの責任は自分で取らなければなりません。そうと決まればこうしてはいられませんわ。

わたくしは、お姉様にお禮を行って別れた後、すぐに自室に籠ってあの方に謝罪の手紙を書き始めました。待っていてくださいまし。わたくしの気持ちをすぐに屆けて差し上げますわ。

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