「の力としての力が強すぎて、制が大変だということですか？」

ミネルバは必死に考えを巡らせた。

『召喚聖』のは、レベル１の力を９や１０にしてしまう。者と離れていても制や運用ができてしまう。異世界人の力が込められているから、こちらの世界ではありえないような離れ業ができるのだろう。

『純聖』のでは、そのような反則技は使えないと考えるのが妥當だ。こちらの世界の神も純聖も、古代の人々に自立への努力を求めたそうだから。

こちらが考えていることを見抜いたかのように、アイアスは「きっとそうなんでしょう」と穏やかに言った。

「でも召喚聖との戦いの後、純聖のをちゃんと機能させたという報告例は、殘念ながらまったくないんです」

「そうなんですか……。あの、どうしてなのか教えていただけますか？」

アイアスは微笑みながら「もちろん」と答えた。

たしかに、しおかしいとは思っていた。純聖のは深い意味がある品だ。召喚聖のと戦うという目的にぴったり一致するのに、ルーファスもロアンもおじいさんたちも、これまで一度もアイアスの発見に言及してこなかったから。

「純聖のが、現在までに大半が失われたことはご存じですよね」

「はい。召喚聖との戦いで壊れてしまったとか」

「そうです。私が見つけたものは、ルピータ神殿で人知れず眠っていた。壊れなかったから殘ったわけではなくて、そもそも戦いに參加しなかったんです。人々の愚かさに絶し、心に鎧戸を下ろしていたから」

そう言ってアイアスはジャケットのポケットを探り、象嵌細工の小さな箱を取り出した。彼が蓋を開くと、そこには白い寶石が散りばめられた貓の彫像が鎮座していた。

「ベレーナといいます。純聖のしもべだった貓です。伝説によれば、非常に高い能力を備えていたようですね。人間に玩されるような存在ではなく、神や純聖に似た遠い存在です」

「綺麗……。純聖は、自らのしもべを模したものに力を込めたんですね」

「他にもたくさんのが純聖に仕えていたそうですが、ベレーナは特に気難しいことで有名だったとか。このベレーナの彫像だけではなく、現在まで殘っている純聖のは、人間に力を貸すべきではないと判斷した。神と純聖の願いを無視して、どこか違う世界の神に縋ったわけですから。きっと怒りしかじなかったのでしょう」

「當時の人々の子孫としては、文句は言えませんね」

ミネルバはため息をついた。當時の王族たちが召喚聖の力の恩恵を得て、一般の人々の命を危険に曬しかねない狀況に陥ったのだ。ベレーナが絶したのも當然だろう。

ロアンが右手を口元に寄せ、悔しそうに爪を噛む。

「つまり現存している純聖のは、學的にはめちゃくちゃ貴重だけど、実用的じゃないんですよね。こいつを使って、あっさり解決できたらよかったんだけどなあ。駆使できる力の全容を、知りたいっちゃ知りたいし。僕らがいま使っているより、比べにならないほど強力なはずですよ」

「私たちが使えないということは、ガイアル陣営もそうだということだ。あっちは自分たちの利になりそうなものなら、人が死のうが傷つこうがためらわずに使用する。人間に手を貸すのを嫌がるものばかりが殘って、かえって良かったのかもしれない」

ルーファスが宥めるような聲で言う。

アイアスが「そうですね」とうなずいた。

「私は純聖のの歴史を、手當たりしだい調べました。絶している……伝説ではそう言われているけれど。なんとなくこのベレーナは、お眼鏡にかなう人間を注意深く待っているような気がするんです。自分の者となるのにふさわしいかどうか、観察しているんじゃないかって。だからポケットにれてずっと持ち歩いていました。ルーファス殿下やミネルバ様を見てほしくて。いや、希的観測にすぎないのはわかっているんですけどね」

アイアスが指先で鼻の頭を掻く。

護衛として壁際に立っているエヴァンが「観察……」と小さくつぶやくのが聞こえた。彼が任務中に獨り言を言うのは、非常に珍しい。

「エヴァン、どうかしたの？」

「いえ、以前ミネルバ様から『私を観察していてほしい』と頼まれたことを思い出しまして」

ルーファスが怪訝そうな顔をする。

エヴァンが慌てて言い添えようとして、ミネルバの顔を見た。言ってもよいという気持ちを込めて、ミネルバはうなずいた。

「カサンドラ様が調を悪くした、大舞踏會の日のことです。ミネルバ様はこうおっしゃったのです。『私が自分の考え以外、何も目にらなくなったり、無意識に人を傷つけていたりしたら、諫めてほしい。自分が調子に乗ればルーファス殿下の評判を犠牲にしかねない。高慢な人間になっていないか、護衛と同時に観察していてほしい』と。私はそれを聞いて、己の主人は何と素晴らしいのだといたしました」

ルーファスが「そうだったのか」と目を丸くしている。

「主人びいきが過ぎる……とミネルバ様には叱られてしまうかもしれませんが。ミネルバ様は心が溫かく親切で、他人のためにご自分を犠牲にできるお方です。常に己を向上させる努力をして、人々の役に立てる機會を探しておられる。ベレーナにとっては、ミネルバ様こそが理想の者なのではないでしょうか」

ミネルバは頬が赤くなるのをじた。

「ありがとうエヴァン。でも本當に、主人びいきが過ぎるわ。ベレーナの彫像を見ていると、なんとなく拒絶されているのをじるの。私は特別な人間じゃないのよ」

いち早く反応したのはエヴァンではなくルーファスだった。彼は「いや」と首を橫に振った。

「君はたしかに、他のとは違う。それに、何事も試してみなければ始まらない。アイアス、ベレーナの彫像をミネルバに持ち歩かせてもいいか？」

「ええ！？　純聖のは、世界にいくつもないんでしょう？　私にそんな貴重なものを──」

「大丈夫です、これは頑丈で金槌で叩いても割れませんので。ブローチになっていますから、ミネルバ様がに著けるのが最良だと思います」

アイアスが箱ごとベレーナを差し出してきた。ミネルバは恐る恐るけ取った。

「ミネルバ様、あんまり気負わないでいいですよ。駄目で元々ってじで！」

ロアンがそう言って、最後の冷を口の中に放り込んだ。

手のひらの上で溫かいエネルギーが脈打っているのがわかる。

恐らく徒労に終わるだろうが、ベレーナの目の前で全力を盡くそう。しい白い貓の彫像を眺めながら、ミネルバは決心を固めた。