《傭兵と壊れた世界》第九十九話:勇む戦士たち

解放戦線が狙うのは「ノブルス城砦(じょうさい)」と呼ばれる前哨都市だ。ルートヴィア自治區と首都ラスクのちょうど中間地點に位置しており、首都を攻める足掛かりとしてノブルスを落とす計畫である。

アーノルフは事前に兵をノブルスへ集めた。その數およそ六萬。シモン軍とホルクス軍の合同部隊だ。アメリア軍団長を都に殘しての大規模作戦。失敗は許されない。

対するルートヴィアは解放戦線が三萬。義勇兵という名目で送られたパルグリムの兵と、傭兵部隊を合わせて二萬。計五萬の部隊が自治區に集結した。

緒戦(しょせん)は緩やかに始まった。

一日目。互いに牽制。二日目、三日目もじりじりとにらみ合い。

そうして七日目。解放戦線がいた。中央に主戦力を集めつつ、両翼に部隊を展開する。ローレンシア軍を都市に押さえ込んで包囲するのが狙いだ。ユーリィ率いる中央部隊の士気は高く、ローレンシア軍を相手に引けを取らない戦いぶりをみせる。

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「ルーロの屈辱を忘れるな! ノブルスがかつてルートヴィアの一部だったことを思い出せ! 全て我らの故郷、我らの大地! 撃て! 撃てェ!」

ユーリィの聲は戦場の端にまで屆いた。

両翼を支えるのは傭兵部隊だ。北が第三六(さぶろく)小隊。南が第二〇(にーまる)小隊。

「あの聲が聞こえただろう! 雇い主は勝利をおみだ! 傭兵ならば果を出せ!」

エイダンの重火砲が敵の機船を破壊した。ナバイアの妖を葬った極大の炎だ。機船の裝甲ではひとたまりもない。

「エイダン隊長、前に出すぎです!」

「心配無用! 苦労をかけるぞ!」

「苦労をかけている自覚があるなら下がってください!」

「ガハハ! それは無理だ! もっと前にヌラがいるからかな!」

「ヌラはどうでもいいんです!」

ひどい言いぐさだ。

當の本人は二丁拳銃を構えながら誰よりも前線で戦っていた。彼は「エメ様の新たな試練ですか!」とキテレツな言葉を発する。彼が前線で戦うのは試練のため。そして敬する彼を守るためだ。

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「見ておられますかエメ様! このヌラ、史上最高の輝きを放っています!」

ノブルスの周囲には捨てられた廃墟が數多く殘っている。そしてヌラやミシャのようなタイプは、こと市街地の戦闘においてめっぽう強い。彼を追える者はわずか。これぞ偏卿の真骨頂。

ちなみにエメは見ていない。

は誰よりも忙しいから。

「包帯が足りません、誰か補充してください! 重傷者はこっちに運んで! 骨が折れた? はい、鎮痛剤!」

はどこぞの研究者が作った鎮痛剤をぶっ刺した。

衛生兵のエメは救護用の機で聲を張り上げる。ここが彼の戦場だ。擔ぎ込まれる兵士の様態を即座に判別し、怪我の重い者から応急処置を施し、場合によっては治療をして、そして助かる見込みがない者は彼らの手を握り、その勇姿を稱えながら最期を看取る。

「怪我人は醫療班に運べ! 慌てるな! 手が空いている者は敵の砲臺を狙え!」

ウォーレンは他の傭兵や義勇兵に指示を出していた。隊長たちが暴走するのは事前に聞かされていたため、部隊のまとめ役は自然とウォーレンに委ねられる。彼の橫顔に傭兵見習いの面影はない。一人の戦士。足地ナバイアでの経験がウォーレンを変えた。今度こそ、救えなかったと後悔しないために自分が皆を守るのだ。

第三六小隊の存在は目をそらせぬほど明るく、そして英雄特有の引力があった。それは恐怖に屈したはずの戦士を再起させ、立ち上がらせる力。

「進めェ! 第三六小隊が道をひらいて見せよう!」

まるで戦場の空気に酔ったかのように兵士は進む。何も考えずに撃つのはさぞ楽しいだろう。英雄の後に続けば良いのだ。それだけでどこまでも先へ往ける。壊せ。続け。進め。

「相変わらず恐ろしいカリスマじゃの。前ばかりを見るでない、足元をすくわれるぞ」

部隊の一角がぜた。伏兵だ。まるで傭兵のきを読んだかのように、廃墟の影からローレンシア兵が現れた。エイダンは不愉快そうな聲で味方に命令を出す。

「ふん、ジジィが現れたか。ネイルは後方を手伝ってやれ! ウォーレンだけではが重いだろう!」

「僕にも重いですよぉ!」

エイダンはノブルスに視線を向けた。街を囲う防壁の奧に、ローレンシアを象徴する塔が幾つも建っている。その中でエイダン達のきを察知できる塔は一つ。あそこにシモンがいるはずだ。

「土足で踏みるでないわ傭兵ども。ここは偉大なるローレンシアじゃぞ」

老將シモン。そのは衰えてなお逞しい。彼は指示を出した。命令はただ一つ。傭兵を討て。彼に鍛えられた優秀なローレンシア兵たちは、その一言だけで第三六小隊に臆することなく立ち向かう。

「北にシモン。ならば南は――」

ノブルスの南門へ向かう解放戦線。彼らは傭兵と義勇兵の混合部隊だ。こちらも北門と同様に激しい戦闘が繰り広げられており、廃墟にいくつもの噴煙が昇った。

「一ヶ所に固まるな! 敵の砲臺に注意しろ!」

本來は第二〇小隊が南門を攻める手はずだった。だが指揮を取っているのはヘラ中隊長だ。イヴァンたちの姿はない。

傭兵たちはなからず揺をみせた。疎まれているとはいえ第二〇小隊の実力は本だ。ルーロの亡霊がいるからこそ傭兵部隊は北と南に別れた。もしも第二〇小隊が欠ければ、戦力をいたずらに分散させただけになる。

「狼狽えるな! たかが門を一つ破壊する程度だ、撃てェ! 奴らを休ませるなよ!」

ヘラの怒號が戦場に響く。

すでに混合部隊に疲れが見え始めている。彼らには神的支柱ともいうべき存在がいないからだ。中央の主力部隊から遠く離れ、孤立に見えなくもない狀況で繰り返される戦闘が、彼らの神力を削っていた――。

「そんなに悠長で良いのかァ?」

そこへ獣の集団が食らいつく。

「こいつら、どこから!?」

「敵襲! ホルクスだっ、至急応援を――」

戦闘ではなく躙だ。発的な速度で進む狼部隊。大きく広がった混合部隊の橫腹に食らいつくように、銃弾の雨が傭兵を襲った。いち早く反応してヘラ中隊長に救援を送ろうとした小隊長は、最後まで言いきる前に脳天を狙撃された。

「――小隊長の無力化を確認しました」

「第二〇小隊は見えるか?」

「――いませんね。待ち伏せの可能があります」

「了解、しっかり見張っとけよイサーク!」

第三軍の狙撃手イサークは思わず通信機から耳を離した。隊長の聲はうるさいのだ。

「――不気味ですね」

イサークが呟く。第二〇小隊の不在は喜ばしいことであると同時に、拭いきれない不気味さをじさせる。何か狙いがあるはずだ。

「だが退けねえよな。この好機を見逃すのは馬鹿だ」

ホルクスは止まらない。第二〇小隊が何かを企(たくら)んでいるならば、策を講する前にすべて食らうのみ。

「進めお前らァ! 今のうちに腹を満たしておけ!」

彼は當然のように部隊の先頭を走った。大小異なる二丁の散弾銃(きば)で食い漁る獣だ。

からホルクスを狙う、二人の傭兵がいた。奴の首を持ち帰れば大出世。

「遅えよ!」

ホルクスを狙った代償は大きい。銃口を合わせられるよりも速く跳んだ。パルクールの如く壁から壁へ伝って距離を詰め、目にも止まらぬ速さで天を取る。

二丁の牙が火を吹いた。ホルクス専用に改造された散弾銃はにも劣らぬ威力を発揮し、二人の傭兵はぶ間も無く絶命した。

ホルクスの強みは強靭な腳力もさることながら、のように並外れた覚だ。自分に向けられた敵意を敏に察知し、考えるよりも先にき出す。

「ついてこいイサーク! 第二〇小隊が出る前にとりきるぞ!」

彼らは速い。兇暴で殘酷。恐れを知らずに戦場を駆ける。

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