《傭兵と壊れた世界》第百話:軍人の責務
ホルクスが前へ前へと押し上げる中、ディエゴは部隊を率いて南門の近くで戦っていた。先頭を進むホルクス達が囲まれないように、義勇兵を抑えておくのがディエゴの役目。ここが落とされると南門への攻撃が始まるうえに、ホルクスへの支援経路が斷たれることになる。
「サーチカ! 狀況はどうなっている!?」
「ホルクス軍団長が破竹の勢いで敵部隊を食い散らかしています。おかげで、あぶれた敵兵が私たちに流れているようですね」
「部下に拭いをさせやがって軍団長め! 俺たちが負けたらどうするんだよ!」
「狼部隊が弱音をはかんで下さいよ。勝てば良いのです。ここを守り切れば、あぶれた敵兵は遊兵となる。踏ん張りどころですよ」
そう言って彼は銃を構えた。放たれた弾丸は敵兵ではなく、なぜか遠く離れた林の中に撃ち込まれる。ディエゴが「何をしているんだ?」と聞くと、彼は「熊がいたので」と返した。
ホルクスから南門までの「道」を守り抜く。そのために與えられた兵は三十名。
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周りにはディエゴと同じように怒號を飛ばす部隊長が複數名いた。彼らも同じ境遇なのだろう。頬が黒くスス汚れ、服の下は汗でびっしょりと濡れている。即席の塹壕には誰かの寫真が落ちていた。斷続的にヒュルヒュルと頭上を飛ぶ砲弾を何度見送ったか。
ディエゴはもう分からない。何のために故郷を出て、金融都市で暮らし、大國に渡って軍にったのか。どれだけ探しても馴染の足取りは摑めず、過ぎていく時間の流れが年の決意を緩めてしまう。
今はただ敵を撃つのみ。迫る敵兵に銃口を構えた。
「來るなよ。來ないでくれ。撃つしかなくなるんだ」
ゆっくりと狙いを定めた。撃たねばならぬ。自分はもう部下を持つ軍人だ。朽ちた聖城の時のように、自分だけの問題ではないのだ。
「お見事。腕を上げましたね」
「そうだろ? これでも部隊長だからな」
「部隊長、ですか」
サーチカは含みのあるような言い方をした。
「向いていないと思いますけどね」
「なんでだよ」
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「だって隊長、ビビリじゃないですか」
「やかましいわ」
ディエゴは憤慨する。ビビりではなく、しばかり経験が足りていないだけなのだ。
「戦場は意地の悪い人間同士の化かし合い。小賢しく知恵を回らせる者か、戦を力でねじ伏せられる者が勝者になる。隊長みたいな人は上手く利用されるだけされて、最後には捨てられるのが仕舞いです」
「難しい話をするんじゃねえ」
「案じているんですよ。隊長が言っていた人探しだって絶的ですし、いっそ軍なんて抜けてしまったほうが良いと思います」
「馬鹿、こんな場所で言うな。誰かに聞かれたらどうする」
ディエゴは慌てて周囲を見渡した。幸い他の仲間には聞かれていない。
安心したように息を吐き、続けて呆れた視線をサーチカに向ける。彼はいたって真面目だ。本心からの提案なのだ。
「逃げられるわけあるか。俺は隊長なんだぞ」
「……頑固ですね」
「よく言われたよ」
ディエゴは銃を構え直す。硝煙が昇る南門。前方から迫る、死兵と化した敵部隊。戦場にまた一つ、空虛な音が鳴り響いた。
◯
戦場の影で暗躍する者がいた。たとえば解放戦線の南東に広がる林の中で待機していたイグニチャフ。彼は目の前の撃ち抜かれた的を確認した。訓練に使われる簡素な的だ。それが目の前に五つ。同じものが林の各所に設置されている。
「えーっと、撃たれた的の場所と數を把握してっと。あとは第二〇小隊に報告したらいいのか」
手記に書き込んで鞄にれる。戦場の熱風が林の中にまで屆き、彼の前髪は汗で額(ひたい)に引っ付いていた。時おり地面が揺れるのは近くで砲弾が発したからだろう。
以前ならば狼狽えていたかもしれない。だが、足地での経験やナターシャの活躍、そしてリリィとドットルを失ったことで彼も変わった。誰かの訃報を待つのではなく、友人を守るために自分がくのだ。それが間者の真似事みたいなことであっても、イグニチャフは進んでけれた。
「俺は、俺のできること。そうだよな、ナターシャ」
木々の間から戦場を眺める。自分があそこに立てば一日も経たずに撃たれるだろう。元々、爭いごとが得意ではない。隠れて酒を持ち込みつつ、街外れの教會でひっそりと神父をするのがお似合いなのだ。
だから爭いごとの中心地には立てない。その代わりに外側から支援する。リリィが聞けば男のくせに臆病だと笑われるかもしれないが、これがイグニチャフなりの戦い方だ。
「格好つけているところを悪いが、早く帰ろうぜ」
「なっ、リンベル!? いつから聞いて……!」
イグニチャフのぽんこつ合を知っているナターシャが彼一人で林に向かわせるはずがなく。ついて行くように頼まれたリンベルが巨木の影に立っていた。
二人は戦場の裏側でく。靜かに息を潛める第二〇小隊へ報を伝えるために。
◯
解放戦線の作戦本部で、難しい表のユーリィが地図を睨んでいる。近くには旗手と呼ばれる部隊長が四名。彼らは地図を囲んであれやこれやと意見をわした。
「このままでは南側がもちません。義勇兵を南に回しましょう」
「それではシモンが野放しになりますぞ。いかに第三六小隊のエイダンといえども、傭兵だけで北は抑えられますまい」
「ならば中央を割きますか? 本末転倒では?」
「そうは言っておらんだろう。他に割ける戦力がないから南は南で耐えてもらうしかないんだ」
「それが無理難題だと言っている……!」
彼らは焦っている。ノブルスを占領してからが本格的な戦いだったはずだが、アーノルフ元帥の反応が想定よりも早く、結果として野戦を強いられる狀況になった。敵軍の集結も本來はもっと遅れるはずだったのだ。
ユーリィは目を細めた。彼の仕事は味方を鼓舞して戦況を読むこと。流れは敵軍にある。それは事実。流れに逆らえば更なる被害が出るだろう。ならば今は従うのが得策である。
「南の部隊を指揮しているヘラ殿に連絡してくれ。被害を抑えつつ後退するように」
旗手がざわついた。これ以上後退すれば中央の部隊どころか、作戦本部も砲撃の程にりかねない。
「お待ちください旗頭、退けば味方の士気が下がります。今は雌伏(しふく)の時かと!」
「いたずらに兵を浪費すれば自らの首を絞めることになるよ。大丈夫、僕はよく舌が回るんだ。味方を勇気づけることぐらい朝飯前だよ」
「そうではなく……!」
ユーリィは困ったような顔をした。まるで駄々をこねる子供のなだめ方を考えるように。
「逆に聞くけどホルクス相手に今の戦力で耐えられると思っているのかい? 仮に一度耐えられたとして、次はどうする? 北門が破られるのを待ちながら、何百何千と仲間を犠牲にして、そうして今回は勝てたとしても、次の戦いで負ける。ただの先延ばしに好機は訪れないんだ」
旗手が押し黙る。ユーリィの語気が反論を許さない。
「南第三拠點までなら退いても問題ないから、焦らずゆっくりと、あ(・)た(・)か(・)も(・)我(・)々(・)が(・)敗(・)退(・)し(・)て(・)い(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)見せかけるんだ。まあ実際にそうなんだけど。事実はどうだっていい。とにかく損耗を最小限に抑えることを優先してくれ」
面々は困する。ユーリィの命令に意味があるのか分からないから。だが彼らは戸いつつもユーリィを信じるのだ。ルーロ戦爭を経験し、ローレンシアの弾圧から逃げ延び、同胞を集めて解放戦線を作り上げた、他ならぬ旗頭の言葉だから。
「くれぐれも気を付けてね。ホルクスは飢えた狼だ。目の前に餌が放り出されて、それがずるずると遠くに逃げるようなら、彼は涎(よだれ)をたらしながら追いかけるだろう」
「その選択ならば未來があるのですか?」
「あるよ。大丈夫、ホルクスの危険は僕が一番知っている。彼を野放しにして勝てると思っていない」
ユーリィが牙をみせる。和な男が持つ、狼に劣らぬ鋭い牙。今か今かと研ぎながらずっと待っていた。戦の天才であるホルクスの。それを穿つ瞬間を。
自分達は弱い。個の戦力で爭えばホルクスに勝てるはずがない。だが弱者には弱者なりの戦い方があり、そしてユーリィの背後には心強い傭兵部隊がいる。
「策は仕掛けている」
負ければ、敵に怖じ気づいた臆病者として語られるだろう。言葉一つで兵がき、仲間が散る。重い選択だ。旗頭なんて役目を降りてしまいたいと思えるほどに、ユーリィの言葉は責任が伴う。
それでもこの戦いに勝ち、次の戦いも勝ち続けるためならば彼は選ぶだろう。彼らは夢追人(ゆめおいびと)なのだ。祖國解放のため、旗頭ユーリィは仲間を死地に送り出す。
私事です。
祖母が心筋梗塞で院して慌ただしくいていましたが、無事に手が功しました。正直もう駄目だと思って、手の連絡をもらった次の日に喪服を買いに行ったのですが、この話をすると怒られそうなので黙っています。ちなみに普通は筋が衰えて立てなくなるらしいですが、祖母は目が覚めてすぐに自力で立ち上がったらしい。強いね、祖母。
また來週~。
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