《【書籍化・コミカライズ】さないといわれましても~元魔王の伯爵令嬢は生真面目軍人に餌付けをされて幸せになる》42 ちゃんとえいしょうはできてました

旦那様は第四王子にスタンピードの予兆があるって説明をしました。調査のために先に到著していた騎士団も人數は多くないので、防衛はせずにすぐここから撤退するようにって。

それからロドニーや護衛たちと一緒に、さっき捕まえた元補佐や領民を荷車にぐるぐる巻きのままどんどん積んでいきます。ちゃんと並べて積めばもっと積めると思うんですけど、薪みたいに放り投げていってるのです。私はこっそり隙間にってついていこうと思って、さっきから馬車回しの周りにある木のから見てるのですけどあれじゃ隙間ができない。

「……奧様」

「しーです!しー!」

後ろにいるタバサもちゃんと隠れられるように一歩橫にいてもらいました。荷車は馬小屋の後ろにあった三臺を出してきたようで、それぞれに元々いた馬や、うちの馬たちを繋いでいきます。一臺あたりに四頭も繋いでるから、きっと馬も頑張れるとは思いますけど、あっ、三臺目の荷車のあの隅っこならきっと!

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「アビー、おいで」

「はい!」

こっちをちっとも見ないままで旦那様が私を呼びました!やっぱり連れてってくれるのかもしれません!そうでしょうそうでしょう私はお役に立てるのですから!

「竜はどのあたりを通ってきそうかわかるか?」

旦那様が広げた地図を覗き込みます。森は巖山にぐるりと囲まれていますけれど、この領主館から真っ直ぐ森に向かうとちょうどそのあたりはぽっかり空いているのです。竜は今もいつもいたあたりにまだいます。そこからその辺を目指すなら通るだろうところを、びしっとなぞって教えて差し上げました。遠回りしなきゃならないようなものは間にありませんし、あの子はしだけど飛べますし。

「よし、わかった。ありがとう」

いつもと同じに旦那様がつむじに口づけてくださいました。奧様、と呼ばれて振り向くと、タバサがちょっと眉を下げて微笑んでます。

「申し訳ありません。この通り人手が足りないものですから、タバサと一緒に荷造りのお手伝いをしていただけますか」

「はい!」

タバサのお手伝い!タバサはいっつもあっという間に一人でなんでもやっちゃうからお手伝いは初めてです!

大切なものは壊れないように、らかい布でくるんで木箱にれますよって教えてもらいながらお手伝いをしました。お花の飴を飾るときのガラスフードとか旦那様とおそろいのカップとか、丁寧に箱に隙間があかないようにみっちりと。ばっちりです!

うちの荷馬車に積み込むのは者や護衛たちがやってくれました。それにまだ著いたばかりで、そんなに荷も解いていなかったから、いつもよりももっとあっという間にできたと思います。

なのに馬車回しに戻ったらもう荷車も旦那様たちもみんないませんでした。

――なんてこと!

「えっと……夫人、先輩から頼まれてるんだ。そろそろ出発しなくては」

「どうぞお気をつけてください!」

旦那様は今どのあたりにいるかと森の方角を探っていましたら、第四王子がおずおずとした聲をかけてきました。あ、旦那様すごい速さで森に向かってます。荷車すごい。さすが馬四頭も繋いだだけあります。

「い、いや、夫人のために護衛は殘していってるけどね、うちの騎士たちも一緒の方が安心だからって……夫人、先輩はすぐに追いついてきてくれるから先にって、なんでドレスまくるの!?」

「お、奧様いけませんっ」

スカートの裾をぐいっと両手でたくし上げて持った瞬間に、ぴょんと飛びついてきたタバサに下ろされました。

「走りにくいのです」

「追いかけるつもり!?」

「――奧様、主様はお強いですから、すぐに追いついてこられますよ」

戻ってくるときは騎乗してきますしとタバサは言うのですけど。

「夫人、僕は詳しく聞いていないけれど、先輩はスタンピードをしでも遅らせるために必要なことをしに行くんだろう?彼は戦闘力も勿論だけど、機転と判斷力の高さで武功をあげたんだよ。それを信じて従おう?」

旦那様がお強いのは知ってます。信じるとかそういうことではないのです!

第四王子がそっと目配せをすると、護衛たちがじりじりと近寄ってきました。ハギスもいますけど前からついている護衛たちは五人ともいます。旦那様が連れて行ったのは新しく來た護衛三人です。ずるい。それなら私もついていっていいはずです。

もう一度スカートをたくし上げようとしましたのに、タバサがしっかりと裾を摑んでしゃがんでいます。力持ち!タバサ力持ち!

なんでしょう。とてもがもやもやし――あ。

「奧様?」

ざざざざって、強い風が吹き抜けて屋敷の周りにたつ木々の梢が揺れて――竜がうごきはじめました。

森のり口の方角は真っ暗闇だけれど、月と星の明かりで染まった空は旦那様の

目をこらしていると、ドレスの裾を摑んでいたタバサの手が優しく私の指先を包みました。

あの子はしだけ飛ぶことはできますけれど、走った方が速いのです。

あれは走っているに違いないです。ぐんぐんと森と領都の境目に向かっている。

「夫人……?」

旦那様たちも速い。

私も魔法とかいっぱいつかって走れば速いはずですけど。

でも、まにあわない。

「奧様、主の命です。どうぞこちらに――っ!?」

護衛たちがばしてきた手の下を潛り抜けます。

「奧様っ!!」

タバサの手から指を抜いて。

ドレスの裾を両腕で抱え込んで。

梢の鳴る音がどんどんつよくなっていく。

ごう、ごう、と、竜のなきごえに似ていく。

屋敷を回り込んで。

裏庭を駆け抜けて。

森にはいったにんげんが、魔にやっつけられるのはしかたがない。

むらであばれた魔がやっつけられるのもしかたがない。

魔王がむらびとのおねがいをきいたのはまちがいでした。

しかたがないことをしかたがないとしなかったから。

だから魔王はたくさんのにんげんにやっつけられてしまったのです。

――だけど私は今にんげんなので!

「奧様ぁぁぁぁ!」

「えっ、ちょ!なに!」

ひときわ騒々しく揺れる桑の木に飛びついて。

ちょうどいいとこの枝摑んで。

がっと幹を踏みつけて。

旦那様が向かった森のり口あたりから空に向かって、とりどりのの粒が吹き上がるのが見えました。

桑の木の元にタバサがすがりついています。

あっ、第四王子もいる、から!

おととしまで、いつも登って桑の実を食べていた枝の上でしっかり立って。

おおきくいきをすいこんで。

ぐんぐんぐるぐる魔力をまわして。

竜のなきごえよりずっとつよくはげしく桑の木もどんぐりの木もそのをうちふるわせ。

「"切り裂、あっ、こらーーーーー!」

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