《カノジョの好度が上がってないのは明らかにおかしい》第18話 早朝の校門を抜けて

 「や、め……ろ、よ……」

 やばい、に力がらない。

 全には打撲、切り傷が大量についており、酷い有り様だった。しかし、それでも俺は足をもがき、立ち上がろうとする。

 ゆっくり、ゆっくりと俺は立ち上がった。生まれたての仔羊のように足をプルプルさせる俺をそいつらは嗤った。

 「また立ちあがりやがったよこいつ」

 「まったく、気持ち悪りぃ」

 「ねぇねぇ、殺そうよ、殺しちゃおうよ」

 俺を嗤いながらそう言葉をわす彼らはとても小さく見えた。自分は強い、自分は大きいと誇張する野生のようで。

 「俺に勝てないから……劣っているとじるから、毆るんだろ? ……それって自分の負けを……認めてるようなもんじゃないのか?」

 俺は途切れ途切れになりながらも、目で彼らを嗤い返しながそう言った。

 「ッ! 何言ってんだこいつ、狂っちまったんじゃないのかぁ! おい!」

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 彼らはしばしの間呆然としていたが、一人がそう言ったのを皮切りに俺に毆りかかってきた。

 一人に毆られて倒れた俺を取り囲むように彼らは位置取ると、俺を蹴り、踏みだした。あぁ、これが踏んだり蹴ったりってやつなんだな。

 俺は心にそう呟きつつ、痛みをじなくなったの力を抜いた。

 もういいや、こんな世界生きてる意味なんかないし。別に俺が死んだって何が変わるわけでもない…… 

 俺が半ば諦めかけた時、彼は現れた。

 「お前ら、何をしている!」

        *     *     *

 懐かしい。

 ただ、そうじた。

 多くを語らず、ただ包み込んでくれるこの優しさ。

 心を落ち著かせてくれるふんわりとしたこの香り。

 「凜……なのか……?」

 俺は我知らず呟いていた。

 左の頬から伝わってくる溫かさとらかさは、俺の心を奧底から溶かしてくれているようだった。

 「よくわかったな」

 そうか、やっぱり凜か。駄目だな、俺は。昔から助けられてばかりで。

 って。

 俺は我に返り、目を開けた。

 場所はおそらく校門前。時間は……明るさからして5時頃だろうか。

 で、俺の自の狀況というと、まず寢転がっている。それと、頭は何やららかいものに乗っている。さらに、さっき上から聲が聞こえた。つまり、この狀況は……

 「膝枕 ︎」

 俺はそうぶと勢いよく起き上がった。

 「やっと起きたか、おはよう、馨」

 「あぁ、おはよ……じゃなくて! なんなんだよこの狀況!」

 「校門前で力盡きていた馨を膝枕で回復させていただけだが」

 「どんな狀況だよそれ!」

 凜は平然として答えたが、言ってることはかなりめちゃくちゃだ。

 まぁ、校門前で倒れていた俺が言えることではないとは思うが……

 「ところで、なんで凜はこんな時間にこんな場所にいるんだ?」

 

 確か凜は違う學校のはずだし、他校の子がこんな朝早く、こんな場所にいるわけがない。

 「何を言っているんだ? 私はこの學校の生徒だが」

 「へ?」

 「さらに言うと、私はいつも5時に登校している」

 「はい?」

 いや、意味がわからない。同じ學校なら顔ぐらい合わせるだろうし、馴染の凜を見て忘れるわけがない。

 「なんだか信じてないようだな。わかった、真実を教えてやろう」

 「真実……だと? 」

 凜は勿振るようにふん、と鼻を鳴らし、こう言い放った。

 「お前はいつもいつも教室で勉強しかしてない。更には行事の時まで単語カードをペラペラとめくっている。また、遅刻ギリギリで登校し、下校時間きっかりに下校する。そんなお前が私を見つけられるわけないだろうがっ!」

 

 た、確かに……

 他人との接を避けるために、俺は學校で鬼のように勉強している。

 また、放課後、遊びのいなどをクラスメイトからけないようにするために俺は早く帰っている。

 別に、われない現実から目を背けてるわけじゃない。ほら、やっぱりって斷られたら悲しいじゃん? それを未然に回避してるわけです。うん。

 「とにかく、私は2-Aだ。用がある時はいつでも來るといい」

 「あぁ、わかった。で、開門までの間、いつもは何してるんだ?」

 凜はいつも5時に登校していると言った。しかし、學校の開門時間は基本的に6時半。それまでの間こいつは何をしているんだろうか。

 「なぜ開門の時間まで待つ必要があるのだ?」

 凜はニヤリと口を歪め、軽く校門を飛び越した。

 「何してるんだ? 馨も早く來い」

 「いや待てよ! 明らかにそれ駄目だから」

 「別に誰にも怒られたことなどないぞ? 警備員が追いかけてきたからちょっと気絶させたことはあるが」

 

 當然のことのようにそう言い切るこの月凜は、あらゆる武道を極めていると言ってもいい。空手に剣道、道になぎなたまで何でも來いだ。

 「俺も散々助けられたなぁ」

 俺はそう呟きながら校門を抜けた。

 「馨、ついて來い。いいものを見せてやる」

 凜はそう言うと、すたすたと校舎の方に歩いて行った。もちろん俺もその後を追う。そして、彼は持っていた鍵で校舎のり口を開け中にっていく。

 「一つ聞いても良いか? お前はなぜあんなところで倒れていたのだ?」

 「あぁ、走りすぎて疲れたんだ。疲れたからあそこで寢てた」

 俺はわざと誤魔化すように言った。そして凜はふっ、とし笑った。その笑顔は六実の笑顔とどこか似た儚げな笑顔だった。

 「私とお前は、いつか會ったことがないか?」

 それはあまりにも突然だった。

 本當に、今日の天気について話すような気軽さで彼はそう言った。

 なぜだ? 俺は凜との思い出をリセットしたはずだ。いや、中學の卒業式のときリセットした。確実に。絶対的に。

 だが、彼はそれを覚えているのか? こんなことって……

 「會ったことないだろ。お前が言ったんじゃないか、俺はいつも勉強してて気づくわけがないって」

 「いや、高校でではなく……やっぱり忘れてくれ、私の勘違いだったようだ」

 「あぁ、そうするよ」

 凜は果てしなく悲しそうな顔でそう言った。

 そうだ、それでいい。他人の心には立ちらないし自分の心には立ちらせない。たとえ、萬が一に記憶が殘っていたとしても俺はもう彼に関わらない。

 「著いたぞ」

 長い道を歩き、著いたのは校舎の屋上だった。

 「なんでまたこんなところに……って」

 俺はただその景に圧倒された。

 心を揺さぶる、いやそんな生ぬるいものではない。まるで心を全て持っていかれるようなしさがそこにはあった。

 今まで青白かった世界が次第に溫かさを持ち始め、全てのものに生気が宿りだす。

 鳥はそれを迎えるように飛び立ち、木々はそれを引き立たせようとするかのごとく息をひそめる。

 そして、空に幾多の線が現れた。

 「そろそろだな」

 凜のその一言に呼応するように山々の間に一つ點が浮き立った。

 それは俺を焦らすかのようにゆっくりと空を登り始める。

 眼下の地面のが當たる面積が広がっていき、まさに世界が反転しているかのような錯覚に陥ってしまう。

 「これをお前に見せたかったんだ」

 凜は、俺の方を振り向きそう言った。

 「私の膝の上で寢ている時、お前は泣いていた。苦しそうでもなく、悲しそうでもなく、ただ無表で泣いていた。……馨が、何にそう悩んでいるのかなんてわからない。わからないが、私はいつでもお前の味方だ。たとえ、お前がいなくなっても私はお前を再び見つける。だから……」

 凜が言葉を探すように視線を逸らす。そして、凜は俺を正面に據えた。

  「だから、お前はもうし楽に生きろ」

 彼は笑っていた。登りきったを背にけ、俺に微笑みかけていた。

 

 駄目だな、俺は。昔から助けられてばかりで。

 

 俺は遙か遠くの太をぼんやりと眺め、そう呟いた。

 

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