《カノジョの好度が上がってないのは明らかにおかしい》第35話 デジカメと、棒読み
窓の外では初夏の風に吹かれて木が揺れていた。
暦上では初夏なのだが、実際のところはまだ涼しく、夏の暑さなんて想像もできない。
頬杖をついて窓の外を眺める俺の橫を會議が終わった育祭実行委員たちが通り、會議室から出ていく。
教室の前、黒板の字を一人で消す青川を、蔑視とも取れる様な目で見ながらひそひそと楽しげに話す彼ら彼らに俺はしの憤りをじた。
人のことを知りもしないで噂に流され攻撃する。それも學校というコミュニティに屬する上で必要なことなのかもしれない。だが、そんなの間違いに決まっている。
俺はし眉間にしわを寄せて不快を示したのち、再び青川を見る。
彼は全員が會議室から出ていったのを確認すると、相変わらずの無表で扉の前までスタスタと歩き、がらりと勢いよく扉を閉めた。
瞬間、彼はスイッチが切れたようにうなだれると、俺の方に振り向き一つ嘆息した。
「あぁ、疲れる……」
それが獨り言なのか俺に対するものなのか判斷に困っていると、彼はもう一度溜息を吐き、ばっと顔を上げた。
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「で、かおるん。わざわざ殘ってもらった理由なんだけど……」
「はぁ」
かおるんってなんだよ、かおるんって。とツッコみたい衝に駆られるが、ここでツッコむと話が進みそうにないのでここは我慢。
一度言葉を切った青川はと言えば、なにやら鞄をがさごそと探っている。
「あ、あった」と呟く彼の手には一つのデジカメが握られており、俺がそれに対して怪訝な目線を送ると、青川はふふーんとかちょっと自慢げに言ってデジカメのディスプレイを俺の方に向けた。
「ちょっ! これ……!」
そこに映っていたのは俺だった。俺……なのだが、そのディスプレイの中のそいつは子の制服を著ており、一人の年となにやら意味ありげな話をしている。
「例の転校生の際相手、裝癖あり……!? とかタイトルをつけて新聞部に売っちゃおうかな~?」
青川は悪戯っぽい瞳に更なる邪悪さみたいなものを宿して俺を脅してきた。デジカメを小さく振りながら、ほれほれ~♪ とか言ってるのがうざい。
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「でも、それはかわいそーだなぁ? どうしよっかなぁ?」
「……何がみなんだよ」
「おっ、話が早くて助かるねぇ。私がキミに要求するのはただ一つ。ある質問に答えてほしいんだ」
最後の一言を言った時の彼の目にはさっきまでのような適當さも、會議中のような冷淡さもなく、そこには純粋な真剣さがあった。
てっきり、もう一度裝して育祭で踴って!! とか言われるのかと思ったが、案外普通でよかった……と思うと同時に、俺は彼の態度に並々ならない覚悟のようなものがじ、しを粟立たせた。
青川は目を瞑って一度深呼吸をすると、俺を再び見據え、こう尋ねた。
「かおるんは、『呪い』にかかってるの?」
『呪い』という単語に俺の心臓は跳ね上がった。
なぜこの人が呪いのことを知っているんだ。まず、何故俺が呪いにかかっているとわかった。
その前に、彼が言う『呪い』が俺の知っているものと同じかはわからない。ここはとにかくしらばっくれるのが得策だろう。
あくまで冷靜に、自然に。
「ノロイッテナンノコトナノダ?」
「……かかってるんだね、『呪い』……」
俺はしらばっくれようとしたのだが、あまりの酷い棒読みに青川は俺が呪いにかかっていると判斷したようだ。
俺も六実と同じとこで演技のレッスン始めようかな……。
しかし、ばれてしまったからには仕方がない。
俺はそう諦めると青川に一つ尋ねた。
「もしかしてお前も呪いにかかってたり……するのか?」
「かかってないよ。今は、ね」
「今は……?」
不自然に一言付け足した彼に疑問を覚えた俺は、そう聞き返した。
「そ。昔はいろいろ大変だったんだけど、もう呪いは解けたみたい」
「呪いが解けた? そんなわけないだろ、この呪いが解けるはずがない……」
彼が言った言葉に俺は絶句した。
俺は今まで思いつく限りの方法を用いて呪いを解こうとしてきた。しかし、どんな方法でもこの呪いは解けなかった。
それを彼は平然と解いたというのだ。
「それが解けるんだなぁ。どうして解けたかはわからないけど、ある日突然。まぁ、原因っぽいことに目星はついてるけど」
「原因……?」
「私が當時付き合ってた男の子がいたんだけど、その子が通事故で死んじゃったんだよね。そしたらもう次の日にはルナが消えていた」
「そのルナっていうのは?」
「かおるんもいるんでしょ? スマホの中に。その子が消えると同時に呪いは解けちゃった。あ、でも人の好度は自的にインストールされたアプリで今でも視れるけど」
青川が言ったことのすべてを俺は理解、いや、けれられず、しばしフリーズしていた。
自分以外に呪いをかけられた人がいること。
その呪いを解くことができること。
呪いを解くには何らかの原因が必要なこと。
呪いが解けても他人の好度は把握できること。
そのすべての報を俺は整理しようと努力したが、いまいちそれを理解につなげることはできなかった。
「青川は……呪いについてどこまで知ってるんだ……?」
「うーん、今話したことが私の知ってるすべて。でも、あの呪いの辛さはよくわかる。だから、何かあったら相談ぐらい乗るよ。ま、それなりの対価はもらうけどね~♪」
彼はそう言ってぱちりとウィンクをすると、がらりと扉を開いた。
「じゃ、私は帰るね。かおるんもあんまり遅くならないようにするんだよ?」
そう言うと、彼は人が変わったかのように無表になり、會議室を出た。
「全く何もわかんねぇ……」
「それは私もだよ、馨くん」
俺がその聲の方向へ目を向けると、そこには不機嫌な顔をした六実が立っていた。
「生徒會長さんとなにを話してたの?」
「べ、別に……」
「なんだか怪しい……でも、ま、いっか。馨くん、一緒に帰ろ?」
「え、俺ん家逆方向だけど……」
「馨くんが私を送るに決まってるでしょ? ほら、行くよ」
六実はそう言って俺の手を握ると、ちょっと俺に微笑みかけてから歩き出した。
誰もいない廊下を六実と手を繋いで歩き、下駄箱で靴に履きかえる。
空は既に橙に染まっており、東の方を見ればし青紫になりかけているところもある。
心地よい風が頬をで、六実のサイドテールをし揺らした。
「馨くん、私たちって、付き合ってる……のかな?」
「? どうした急に」
急に顔を俯けた六実に俺は頭の上に疑問符を浮かべて問いを返した。
「だって、なんというか、彼氏彼みたいなこと全然してないし……っ! べ、別に、変な意味じゃないよっ!」
六実は俯いたと思ったら、今度は赤面して慌てだした。
彼のこの行が何を揶揄しているのかは敢えて想像しないとして、俺はとにかく彼が落ち著くまで待つことにした。
うぅ……と唸っていた六実だったがし経つと嘆息して俺を見た。
「落ち著いたか?」
「うん、なんとか……私、何言ってんだろ」
し空虛な笑いを浮かべながらそう答える六実だったが、なにを思ったのか、俺の手を再び引くと何も言わずに歩き出した。
左の手から伝わってくる熱は、しっかりとそこに六実がいることを伝えてくれたが、本當に彼はここにいるのかと、俺は馬鹿げた疑問を持った。
別に、何かがあったり、推論を立てたりしてそんなことを思ったわけではないのだが、俺はその不安とも思える疑問が妙に気になった。
そして、気づく。俺は、俺は彼が……消えてしまうのが怖いのだ。いや、し違うか。俺が本當に怖いのは、彼の中から、俺がいなくなることだ。
彼と共に過ごした、朝倉馨という人間自が彼の中から消えてしまう。俺はそれが怖くて怖くてしょうがない。でも、それでも……
「別に、いいじゃないか」
俺は足を止め、そう呟く。
そのままし前に出た六実は俺の方に振り向き、し怪訝そうな目つきで俺を見た。
「俺も、六実も、ここにいる。それだけでいいんだ。何も、証を求めなくったっていい。証明なんてなくっていいんだ」
一瞬、驚いたように目を見開いた六実だったが、直後、俺の思うところをじ取ったのか、穏やかな笑顔で「うんっ」と応じた。
「そうだよね。私も、馨くんも、今はここにいるんだ。……だけど、いつかそれも消えてしまうんだろうな」
六実は、穏やかな、というより諦観じみた笑顔を浮かべていたが、沈みかけていた夕日に視線を移すと、ゆっくり俯いた。
「確かに、俺も六実だっていつかは消えていくだろ。でも、いつか消えてしまうとわかっているから、今をしっかり生きようとするんじゃないか?」
俺の言葉に、六実は驚いたように俺を見つめていたが、瞬間、ぷっと吹き出すと、けらけら笑い始めた。
目の端に涙まで浮かべて笑う彼に、「そんなおかしいか?」と俺が控え気味に尋ねると、「おかしいよ」と六実は一切の迷いなく答えた。
「いつもはなんだかクールぶってるのにこんな時だけそんなこと言うなんて……馨くんは、ずるいね」
六実は夕日に照らされてか頬を真っ赤に染め、涙を拭いながらそう言った。
その仕草と言葉に俺は思わず顔を赤くしそうになる。
「……とにかく、まぁ、なんだ。育祭頑張ろうな」
「うん、そうだね。頑張って勝とう!」
俺が恥ずかしさを隠すために話題を変えると、六実は拳を天に掲げて気合をれた。
「ところで、俺は赤組なんだが、六実は?」
「えっ……私白組なんだけど……」
それを皮切りに、住宅街には長い長い沈黙が流れた。
夕日は既に沈み切り、空は一面紫に包まれていたが、まだしの明るさは殘っていた。
もしも変わってしまうなら
第二の詩集です。
8 144初めての戀
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