夏休みはもう遙か遠く。時は既に9月の中旬へ差し掛かっていた。

しかし、秋の冷涼風などはまだ全く見られず、じめじめとした殘暑が未だ停滯している。そんな中俺は……。

「……重い」

ダンボールをえっちらおっちら運んでいた。

中に純金でもっているのではないか、などと妄想を抱かせるほどそれは重い。いや、運不足の俺が貧弱なだけかもしれないが。

で、なぜ俺がこのような重労働に勤しんでいるのかというと、

何を隠そう自の見栄っ張りが原因である。

クラス委員である俺と六実にこの仕事は任せられたのだが、の子に重いは持たせられない！ という心の中の偽善者が騒ぎ出し、俺は一人で仕事をすることになった。

まぁ、辛かった仕事もこのダンボールで最後。俺は目的地であった2-B教室へ足を踏みれた。

まず俺に突き刺さるのは男子生徒の妬みのこもった視線。そして遅れて子の嫌悪。

あいも変わらない生徒たちの反応に俺は苦笑いしつつ、ダンボール箱を教卓に置く。

その時だった。

ただ、純粋な冷たさ。

俺の目にった彼の周りにはそのような空気があった。

その領域にることを絶対的に拒絶する、その冷たさ。

何に対しても一瞥もくれないそれはまるで鋼鉄の仮面をかぶっているかのよう。

彼――青川靜香は教室の中心でただ一人、靜かに読書をしていた。

それはまぁ、読書中は誰もが靜かにもなろう。だが、彼のそれは、明らかに異質だった。

俺と話すときにはあれほど騒がしい青川が教室では周りに人の一人もいないぼっち……。

思いっきり嘲笑してやりたい衝に駆られるが、狀況も狀況なので我慢。

と、その時、青川とふいに目が合った。

彼は無表のまますくと立ち上がるとゆっくりこちらへ歩み寄ってくる。俺はまず何と聲をかけるか考えながら頭を掻い――ていたのだが、彼は一切立ち止まることなく俺の橫を通り過ぎていった。

ただ一言、「生徒會室」と囁いて。

＊ ＊ ＊

ドアをノックし、その奧から明るい聲が返ってくるのを聞いてから、俺はそれを開けた。

「やぁやぁかおるん。段ボール運びお疲れさまだね」

「あれのせいですでに筋痛気味だよ」

そこには、窓際に腰掛ける青川の姿があった。

その表には先ほどとうって変わって悪戯っぽい笑みが浮かべられている。

「……で？　なんだよ、あの教室の様子は」

「何、って言ってもなぁ……。私はあれが普通なんだけど」

口をとがらせてそう言う青川に俺は訝し気な視線を返す。

「普通、か……。じゃあ、今のお前はお前じゃないのか？」

「この私も私だよ？　かおるんだって、小春ちゃんと話すときと親と話すときじゃ態度変わるでしょ？」

「いや、お前ほど極端に変わるやつはいねぇよ」

冷靜に突っ込む俺に青川は「私ののなせる業だね♪」などと軽口をたたく。

……こうしていると、どんどん話をそらされていきかねないので、俺は咳ばらいを一つ。

べ、別に「」って単語が恥ずかしかったわけじゃないんだからねっ！　……これ久々にやったな。

それはともかく、今俺が追及すべきは彼がなぜ、クラスでは誰とも一切話さず、また俺とはこんなにも親し気に話すのか、だ。彼の容姿と、悪戯っぽくはあるが、どこかかわいらしい格があれば、クラスメイトからいじめをけている、ということはないだろう。（別に俺がそう思っているとかではなく、青川靜香という一人のの子を客観的に見ただけだ。うん、そうだ）

で、あれば、殘る可能は一つ。

青川自が他人の接を避けている、という可能だ。

しかし、そうするとまた一つ、事実の齟齬が生まれてしまう。

それはすなわち、俺に対する干渉だ。

何故、青川は俺だけに――なんていうと自信過剰かもしれないが――積極的に接してくるのだろうか。

これは必ずここで解き明か……。

チャイムが鳴った。

「じゃ、私は教室戻るね。かおるんも授業に遅れないようにねー」

「ちょっ、待てっ！」

青川はまるで、俺の追求から逃げるようにそそくさと生徒會室をあとにした。

まんまと逃がしてしまった自分に軽蔑の念を送り、再び生徒會室を見回してみる。

「……あの野郎……」

そう呟いた俺の志位線の先、先ほど、青川が背中を預けていた窓ガラスには一枚の付箋がってあった。

さらにそれには、「放課後またここに來ること」と丸っこい子らしい文字で書かれていたのだった。

＊ ＊ ＊

「……なんだよ、この馬鹿騒ぎは……」

青川に指示された通り、放課後生徒會室にやってきた俺だったが、そこに形されていた景に絶句した。

いつもは靜かな生徒會室だが、いま、こと時はまったくもって靜かなどという言葉は當てはまらない。

と、言うのも、その生徒會室の前にはとても多くの生徒がひしめき合っており、互いに押し合いながらその中をのぞいているのだ。

多くの人にげんなりしつつ、俺は人を押しのけ押しのけ扉の前へ。

そして僅かに開いた隙間から中をのぞき込む。

窓から差し込んできた斜が目にり、一瞬視界が白に染まる。

そして、それに目が慣れ、次第に鮮明になっていく視界の中、俺はそれを見た。

呆然自失の狀態で、へたり込む一人の男子生徒と、白い手紙と思われる紙切れを破り捨てる青川の姿を。

一切の表を顔に浮かべず、青川はそのまま紙切れをゴミ箱へ投げれ、男子生徒に向き直る。

「去りなさい」

ただ一言だけ発せられたその冷たい聲音は男子生徒を無慈悲に貫く。

彼はそのままよろよろと立ち上がり、ゆっくりと生徒會室を立ち去った。

それを皮切りに集まっていたやじ馬たちは各々散っていく。

その中、一人とどまり続けた俺は周囲に人が居なくなったのを確認し、生徒會室の扉を開いた。

「どういうことか聞かせてもらおうか」

再び窓に腰掛けていた青川は、その言葉を聞くなりあまりにも悲しい微笑をこぼした。