《カノジョの好度が上がってないのは明らかにおかしい》第50話 獨善的な契約

「お前が、俺の命令に従ってくれるならな」

ささやかなBGMが流れる穏やかな雰囲気のカフェ。

ちらほらと訪れる客の中、俺と勇人は窓際の席に向かい合って座っていた。

四人掛けに二人で座るのはし気が引けたが客もそこまで多く無いようなので勘弁してもらおう。

「命令……っすか?」

俺のその一言に勇人は腕を抱えを半に構える。

その怯えたような態度が妙にオネェっぽく俺の笑いをったが、ここで笑っては俺の中にある『計畫』に差障ってしまう。俺は舌を人目にばれないよう強く噛み、笑いをこらえた。

「えぇっと、その命令ってのは……?」

「あぁ。……命令というより、契約の方が正しいかもしれないな」

俺は勇人から目線を外しながらそう応じる。

「なるほど、判りました。その契約、乗らせてもらいます」

「……は? まだその容も言ってねぇのに……」

「いいんっすよ。どんなこと言われようと、會長のためなら何でもできる気がするんで」

そう言って、屈託のない照れ笑いを勇人は浮かべる。

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その笑顔はとても輝いていて、俺にはとても眩しすぎた。

「お前の覚悟はよくわかった。……じゃあ、青川と付き合える日まで毎日3萬ずつ俺にもってこい」

「えぇ!? ……はい! わかりました! バイト掛け持ちして……親に頼み込んでおこずかい前借していけば……はい! 行けると思いますっ!」

「いや、噓だから。さすがの俺もそこまで屑じゃないから」

必死に毎日3萬払う計畫を立てる勇人に対し、俺は真顔でそう割り込む。

「そ、そうっすよね……」

「當たり前だろ。後輩に毎日3萬とかいつの不良だっつーの」

「いや、朝倉先輩ならやりかねないっすよ?」

「やらねぇよ!」

勢いよく勇人に突っ込んだのち、俺は一つ咳払い。それで空気を一度リセットしてから件の契約について話を戻す。

「で、その契約だが……お前が、青川と話した會話を事細かに俺に報告してくれないか?」

「……つまり、朝倉先輩はオレの會長に対するラブコールをご所ってことっすね」

「んなわけねぇだろ」

ぶっ飛んだ思考を垂れ流す勇人に再び俺はツッコむ。

もう、蕓が確立してきてて怖い……。

「まぁ、確かにお前からしたら気持ちのいいことじゃないかもしれない。だけど、どうしても俺はデータが必要なんだ」

「データ……? 朝倉先輩。あなたがそこまでく理由を教えてくれませんか? オレには、それを知る権利があると思うんすけど」

「そう、だな。そんなことわかってるけど……」

……呪いのことをすべて話し、青川について知りたいのは彼が今も呪いに掛かっているのか否か知りたいがため、と何もかも話してしまえばどれだけ楽になるだろうか。

しかし、俺にはそれができない。

いや、正確に言えばできたとしても、それはすぐになかったことにされてしまうのだ。

以前、六実に呪いのことを話そうとした時同様、勇人に呪いに関することを話せばすぐにでもその記憶は彼の中から消えてしまうだろう。

だから、俺は……

「腑に落ちないだろうが、俺は何も言えない。だけど、一つだけ信じてくれ。俺は何か邪よこしまな意図があってこの契約を結ぼうとしている訳じゃない」

俯き気味でそう語る俺に、勇人は戸うように視線のやり場を探していたが、やがて決心がついたのか、俺の目を見つめ、にこりと微笑んだ。

「わかりました。先輩にそこまで言われて斷れるわけないっすよ。その契約けさせていただきます」

その言葉を聞いた瞬間、俺は無意識に安堵の嘆息をらした。

しっかし、まさかここまで快諾してもらえるとは思っていなかった。

まさかこいつ、世に言う『いい奴』とかなのだろうか。

「のろけ話を聞かせる相手一人ゲット♪」

前言撤回。どこがいいやつだよ。

勇人にかけられていたいい奴疑は彼の放ったその獨り言によって華麗に散した。

……って、このくだりティアとも……

もしかし、て……こいつ……

俺は揺れる瞳で勇人の整った顔を見つめる。

その狂気にも似た悲愴を浮かべる先輩の表に、勇人は訝しさを通り越し恐怖を覚えた。

「ど、どうしたんすか……先輩?」

「お前……ティアなのか……?」

「てぃ、あ? なんですかそれ」

頭上に疑問符を浮かべる勇人など俺の視界にはもうっておらず、浮かぶのはただ、靜かな微笑。

走馬燈さながらに俺の視界にってくるのはあの時、小川紗空として俺に近づき、六実との関係をかきしたティアの姿だった。

この、倉敷勇人という人も何かしらの意図をもって姿を変えたあのティアなのではないのか?

様々な言葉を俺とわしたが、心の中では俺を嗤っていたのではないのか?

もしや、この世界で俺と接するすべての人間は――!

「――先輩! 朝倉先輩! しっかりしてください!」

俺を憂慮の海から引きずり出したのは誰でもない勇人の聲だった。

「……すまん、ちょっと取りした」

俺が勇人に一言謝ったその時。ポケットのスマホが場違いにも甲高い通知音を奏でた。

『倉敷勇人は私ではありません。並びに、私が素を隠し馨さんに近づくのは急時のみです』

そのディスプレイには、見慣れた三頭の可らしいキャラクターは表示されておらず、あったのは無骨な文字列のみだった。

「そう、か……。全部俺の妄想……」

「大丈夫っすか? 先輩……」

気遣わしげにこちらを見る勇人に小さく頷き、俺は気づかれないよう一つ溜息。

しかしまぁ、俺の中で一つ懸案事項が潰された。

ティアがよっぽどの急事態でない限り俺の知らないところで実化はしない。

その事実ひとつでここまで安堵の波がよし押せるとは。

俺の神の中ティアが占めている割合に心苦笑いしつつ俺は再び溜息。

「先輩、溜息吐きすぎっすよ。いい神科教えましょうか?」

「後半の一言でお前に対する好度がた落ちだよ」

だが、その言葉が俺を気遣ってこそのものだと気付かない俺ではない。

俺は小さく、とても靜かに、もしかしたら彼は気づかないかもしれないほど幽かな微笑みを勇人に向けた。

その時、再びスマホが通知音を奏でた。

そのディスプレイに表示されていたのは、ただ一つ。左側に向いた『←』やじるし

俺はその意味を一時わかりかねていたが、何となくその矢印が指し示した方向を見た。

そこはもちろん窓の外側。俺につられてか勇人も窓の外側に視線を向ける。

「……六実だ」

そう、窓ガラスを挾んでそこにいたのは六実小春と、彼の隣を歩く月凜だった。

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