《カノジョの好度が上がってないのは明らかにおかしい》第53話 選択と結果
「こういうことなんだよ、かおるん」
白い靄にを包まれながら、青川は振り向き、俺にそう語りかけた。
申し訳程度の微笑みをたたえる彼だが、それが自分を嗤っているものだということは明らかだ。
「青川……お前……」
「こはるん、りんちゃん、申し訳ないけど、席を外してもらえるかな?」
「う、うん。わかった」
青川に聲をかけられ、六実はこちらに気づかわしげな目線を送りつつも部屋から出ていった。それに黙って、凜も続く。
「……さて、かおるん。なにから聞きたい?」
二人が退室するや否や、青川は俺に向き直り、そう尋ねる。
その彼の表は、悲痛なほど影を落としていながらも、どこか凜とした印象をたたえていた。
「じゃあ、遠慮なく聞かせてもらう。お前はなんで呪いにまだかかっていることを俺に隠した? そのことを隠してさえなければ……」
「倉敷勇人は今も変わらず退屈な日常を送れていたのに、なんて私にお説教するつもり? まったく、かおるんもおバカさんだね。もし私が呪いにかかっているとかおるんに話したらキミはどうしてた?」
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青川のその答えに俺は思わず言葉を詰まらせる。
確かに、今起こった呪いの発は青川が俺に自の呪いの存在を偽っていたために起こったものだ。
しかし、もし逆に青川が俺に「私はまだ呪いにかかっている」と告げていたならば。
俺は必ず、彼と距離をとっただろう。
好度など上がるはずもなく、ましてやリセットまでいくわけなどないとわかっていながらも。
彼はそれを避けるために、俺に呪いの存在を打ち明けなかった、ということなのだろうか。
ともかく、今は狀況を把握することが先だ。
「……別の質問だ。お前の呪いは何なんだ? なぜ勇人は一本も殘さず消滅した? 呪いは他にも種類があるのか?」
「まぁまぁ、かおるん落ち著いて。そんなに急かさなくとも私は逃げたりしないよ」
立て続けに質問を浴びせる俺に対し、青川は穏やかな口調でそう語る。
しかし、そんな語調の裏に見え隠れする憂いの。
そして、それを覆い隠そうとする歪な微笑。
そのすべてが俺の中で繋がりそうになったものの、それは青川の聲に遮斷された。
「まず、私の呪いについて、だね。……はっきり言おう。私の呪いは、私に対する好度がある高さまで上がった人間を、この世界から消滅させる、という呪いなんだよ。てっきり、かおるんの呪いも同じだと思ってたけど……どうやら違うみたいだね?」
「人間を、消滅?」
「そ。跡形もなく、ね。だけど、その人が生きた印。すなわちその人間が映る寫真や、その人にかかわる様々な品は消えたりしない。まぁ、それが誰にも不自然に思われないというのが子の呪いの厄介なところだね」
青川は、そこまで話すとおかしそうにふっと口元を歪めた。
「その、消えた人は……ずっと戻ってこないのか?」
「もちろん。かおるんだって、呪いに消されたものが戻ってきたことなんてある?」
呪いに消されたもの。
俺の場合では俺に関する他人のなかの記憶、か。
確かに、今まで一度たりとも記憶が復活したことなどない。
首を橫に振ると、青川は苦笑いとともに、でしょ? と諦観の滲む一言を呟いた。
「その……なんというか、すまん。俺がいらんことしなければ……」
「そんな薄っぺらい言葉で謝らないでよ。私は彼をこんな結果に導かないために最大限の努力をしたつもりだし、かおるんも、最善の結果を目指し、最善と信じた選択をしたんだよね。それがこの結果なら……仕方、ないさ」
青川は、ふっと思い出したように窓の外に視線を送った。
俺もそれにつられてそちらへ目を向ける。
そこには、果てしなく青い空と、曇りなく白い雲。それに、まだ褪せる気配を見せない木の葉が揺れていた。
しかし、閉ざされたこの部屋から眺める外の景は夏のあの日と変わらずとも、やがて季節は移り変わる。時が止まることなどありえないのだ。
決して、そこにとどまり続けるものなどありはしない。
全てのものはいずれ、消え去っていくのだ。
だが、それを知っていながらも、多くの人はその事実を覆い隠し、見えないようにして、自分を騙しあたかも自然に振舞うのだ。
それが、無意味なことだと。何も生むことはないと心中ではわかっているのに。
そして、それに俺は――彼は、異を唱えた。
聲高に聲を張り上げて、などではなく、自の行でそれは間違いだとび続けた。
そして、その結果は……?
俺は窓の外から目の前の青川へ視線を戻した。
儚く、しい明な雫が、彼の頬を伝って、床に落ちた。
「やっぱり私、だめだ。どんなに頑張って、人と関わらないようにして、逃げて、避け続けても、結局最後はこうなっちゃう。……ねぇ、かおるん。なんでなんだろうね」
彼のその問いに、俺は決して答えることができない。
できることと言えば――
「さぁ、な。まぁ、今の狀況が結果と決めつけるのは早すぎるだろ。現在、っていうのは、未來のお前にとっては過去のことなんだ。その未來で、全てのことを足して引いて、最後に1でも殘れば……それで、いいんじゃないのか?」
――こうやって、彼の問いをはぐらかすことぐらいだ。
俺のその暴論に、さすがの青川も呆れたように破顔する。
「かおるんって、ポジティブなんだかネガティブなんだかわかんないよね」
「さぁ? そんなもんその時の気分次第だろ。いつも前向きだったり後ろ向きな奴なんていないに決まってる」
「ひねくれてるなぁ、かおるんは」
「まったくだよ」
彼のその言葉に、俺も思わずくすりと笑ってしまう。
「最後に、ひとつ。……なんで青川は俺や六実、それと凜には普通に接してるんだ? ほかの奴の前ではあんな無表貫いてるのに」
これは俺の純粋な疑問だった。
鉄仮面、とまで呼ばれる彼がなぜ俺や六実の前では普通にふるまうのか。
前々から気になっていたことだった。
「やっぱりかおるんは知らない、か」
「はぐらかさないで教えろよ」
俺がそう問いかけている途中に、ぐすっ、という鼻をすするような音が聞こえた。
鉄仮面? 馬鹿言え。人一倍傷つきやすくて、傷つくのを怖がっている彼が鉄仮面だと?
「はいはい。わかったよ。かおるんはせっかちだなぁ……」
と、彼は俺に一歩近づく。
「かおるんは知らないみたいだけど、呪いっていうのは、呪いに掛かっている人同士だと効果はないんだ。つまり、かおるんがいくら私の好度を上げようと、私はかおるんの呪いの効果をけたりしない、ってことだね」
「……そんな決まりがあるのか……そんなの早くに教えろよ。……というか、なんでそんな決まりがあるんだよ。お前はそれも知ってるんだろ?」
「うん、もちろん。でも、その答えは教えてあげない。でも、ヒントだけなら與えよう。かおるんのその問いに対する答え。それは、『この呪いは、誓いだ』っていうことだよ。はい、ヒントはここでおしまい」
そうして、彼はにこっと微笑む。
瞳の端には小さな雫がたまっていて、今にも零れ落ちそうだった。
それを誤魔化すため、などではないが、沈黙が流れる教室の中俺は青川から一歩離れて視線を逸らした。
「さて、かおるん。そろそろ、二人のところに行こうか。心配してるかもしれないよ」
「……あぁ、そうだな」
そう言う彼に続き、俺は教室を出た。
そうして、扉を閉めようと手をかけたとき、俺の目に寂しげなパーティー會場が飛び込んできた。
のになり薄暗いその部屋の中には、忘れ去られたお菓子が多く積まれている。
し悲し気なそれらを前にして、俺は知らずのうちにチョコレートを口に放り込んでいた。
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