突然訪ねてきた凜を家まで送った、その次の日。

今日から本格的に劇の練習が始まった。

クラスの方でも模擬店を開くようだが、俺にとっちゃ関係ないことだ。

……仕事しようとしても、「あ、いや……大丈夫だよ？（笑）」みたいなじでどうせ斷られるし。

ごほん。

そんな中學でのトラウマ話などどうでもいい。

この、放課後に行われている実行委員主催の劇練習。これが、一向に練習が進んでいなかった。

と、言うのも、裝作りも裁できる人がいないことから一向に進まず、臺詞の読み合わせも皆が皆張しっぱなしで一向にうまくいかず、さらにさらに臺本作りさえも最後まで完していないようで、一向にが見えない。

……ほんと、一向に進まないな。どんだけ～！？……ＩＫＫＯだけに。

なんて、益もないことを考えている場合ではないのだ。

俺は現在作業が行われている會議室を見回した。

その中で、真っ先に視界にる人。それは神谷魁人だ。

そいつは、ぎざったらしくメガネを指で押し上げながら、各作業班にねちねちと指図を出していた。

……そう。作業が一向に進まないのは、彼、神谷が原因と考えられる。

裝に対しては、「小春様にそのような下劣な格好をさせる気か！」と怒鳴り、読みあわせをしていれば、「小春様の出演される劇に、お前のような大役者はいらない！」とこれまた怒鳴り、さらに、完していた臺本に対してまでも、「勇者が小春様といちゃい――ごほん。親睦を深めるシーンをもっとれたまえ」などとのたまっているのである。

こいつ、ただの邪魔でしかねぇ。

というか、最後の一つなんて自分の願を通したいだけだろ。このクズ。

「おい、朝倉。お前のセリフだ。臺本を読むくらいもできないのか？」

神谷を心で思いっきりディスっていたせいで、進行中の読み合わせで自分の番が來たのに気付かなかった。

そのせいで嫌みったらしく神谷に叱られてしまう。

「お前のような下種が小春様と同じ空気を吸っているというだけで僕は不快なんだ。これ以上僕を怒らせないでくれ」

「……っ」

度を超えたその言葉に俺もさすがにイラッときた。

だが、ここで突っかかっても何も生みやしない。

そのことをちゃんとわかってる優しい馨くんは舌を噛んでイライラを押しとどめました。えらいでしょ？

……だが、それ以上に不快なものがある。

神谷が、俺に罵言を吐くたびに聞こえてくる周りからの薄ら笑い。

そして、それに快をじているかのように嗜的な笑みを浮かべ、増長する神谷。

この景に、俺は新しい事実を知った。

彼ら彼らが、ここまでに結束できている理由。

俺は今までそれを、ただ六実を想う気持ちからり立っているものだと勘違いしていた。

しかし、事実は違った。

もちろん、六実の圧倒的なカリスマが彼らをあそこまで心酔させているというのもあるだろう。

だが、それと同等に彼らをまとめ上げる集団心理。

それは、俺という共通の敵の存在。そして、それを攻撃するという一連の行にあるのではないだろうか。

どこか、自意識過剰めいたことを言っているが、「みんなと同じことを思い、みんなと同じことをする」という、ごくごく初歩的な行が、彼らをより団結させているのだと今俺は確信した。

……なんて稚で…………恐ろしいのだろうか。

「みんな」がやっているから。「みんな」と同じになりたいから。

その、「みんな」が朝倉馨を攻撃しているから、自分も朝倉馨を攻撃する。

その狂気的まである集団の思想が、俺を取り巻く理不盡な環境を形しているのだ。

人間なんて、そんなものか。

俺はふっと小さく溜息を吐いて、臺本をつらつらと読み進める。

ちょうど今は、魔王と勇者が姫をかけて戦うラストシーンだ。

「愚かしい人の子よ。お前たちにこのしい姫はに余る。彼はこの大魔王が預かっておくのが正しい選択なのだ」

この悪意のある臺詞に、思わず本番のことを想像してしまう。

多分、このセリフを言った瞬間、観客席から果てしないブーイングが飛ぶんだろうなぁ……

そんなことを考える俺のことなど意ぞ知らず、神谷は真に迫る演技で返してくる。

「黙れ、殘を極めたる魔王よ。お前のどす黒い思いに姫が汚されることなど決してない！」

神谷はそうびながら、いかにも剣を腰から引き抜くようなしぐさをとる。

それに対して周りからは嘆のどよめきが。

そして、神谷はどこか恍惚とした笑みを浮かべた。

……そう言うのが腹立つんだよ。

俺は人知れず、小さな溜息を吐いていた。

＊ ＊ ＊

長い練習の後の短い休憩。

俺は部屋の端っこでちびちび緑茶をすすっていた。

放課後の練習時間は限られているので、今日はそろそろお開きかもしれない。

早く帰りたいなぁ……なんて思っていると、隣に誰かがすとんと座った。

ちょっと……距離近いんですけど……？　という迷げな視線を送ると、そこには本校生徒會長の青川が。

「どう？　うまくいきそう？」

「見てりゃわかるだろ……散々だ」

俺のそのセリフに、青川はあははー、と空笑い。

「神谷君はねぇ……。言ってることが妙に筋が通ってるから質たちが悪いんだよ」

「ごもっともだ。まぁ思いっきり私を挾んでるシーンもあったけどな」

「それも、反論すれば數の暴力で押しつぶされちゃうんでしょ？」

青川のその問いに、俺は無言で頷く。

そう、神谷のうざ――じゃなくて、質たちの悪いところが、後ろに多くの仲間がいるということだ。

俺から見れば、ただの共犯意識を持った烏合の衆だが、彼らとしては大層おしい仲間意識を持っているつもりなのだろう。

そんな奴らが、リーダーを攻撃されれば反撃しないわけがない。

しかも、その攻撃した奴がカースト最底辺でぼっちでさらに六実を寢取っ――じゃなくて、えっと……奪った（？）相手ならなおさらだ。

「で、會長さまはこの狀況をどう打破するおつもりで？」

俺は神谷もかくやというほどの嫌みったらしい語調で青川に尋ねる。

「ん？　何言ってるの？　私は何もしないよ？　……かおるんが、どうせどうにかしてくれるんでしょ？」

あまりにも當然のように言われたので、一瞬理解できなかった。

しかし、俺も馬鹿じゃない。すぐに青川が意図するところを理解した。

「つまり、俺にリベンジのチャンスをくれるってことか。お前、最初っからこの狀況になることを予想してた……とか言わないよな？」

俺がそう問うと、彼はぺろりと舌を出し、小さく微笑んだ。

……まったく、やってくれる……。

ここまで舞臺をそろえられると、やるしかないじゃねぇか。

窓の外には、目が眩むくらい眩しい太が浮かんでおり、沈んでいくはずなのにこれから登っていくのではないかという想を俺に抱かせた。