《カノジョの好度が上がってないのは明らかにおかしい》第69話 彼の影は遠く
「はぁ……」
盛大なため息をついた俺。
その視界の真ん中には真っ黒なスマホのディスプレイが。
あの金髪のと別れてから、ティアと連絡をとれなくなってしまった。ぽんぽんとタップしても、電源ボタンを長押ししても、彼は一切畫面に現れない。
……こいつが消えたら、ろくなことが起こらないんだよなぁ。
この、ティアが消えたときというのは、絶対に何かしらのイベントが待っているという兆候だ。経験則ではあるが、そこまで的外れな推測ではないと思う。
もう一度、盛大な溜息をついてから、俺は再び歩き出す。
駐場に自転車を止めて、下駄箱に靴をれる。
しかし、あの子は何だったのだろうか。きれいな金髪に緑の瞳。明らかに彼は日本人とは思えなかった。だが、かといってどこの國の方なんだろうな、という予想もつかない。日本語も流暢だったし。
とりとめもなくそんなことを考え、人気のない廊下を歩く。そういえば、俺は遅刻をしているのだった。先ほどのあの一件ですっかり頭からなかったが、遅刻を現在進行形でしているというのもなかなか非常事態だ。
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しかし、ことは思いのほかスムーズに流れた。
自分の教室にると、そこでは自習が行われていた。なので、そこには教師はおらず、とりあえず怒鳴られたりするのは回避したわけだ。まぁ、遅刻したという事実は変わらないが。
ということで、自分の席に著き、自習を行う。さすればすぐにチャイムが鳴り響き、まわりの生徒たちはめいめいに教室を出て行った。どうやら、もう晝休みの時間のようだ。
……しかし、今日はやけにクラスの雰囲気が暗い気がする。なんというか、なにかが抜け落ちているような……って、六実がいない。
いつもなら、晝休みになるとたん、生徒たちは六実のもとに集まるのだが、今日はその彼がいないせいでみな小さなグループごとで晝食に移るようだ。
まぁ、そんなことはどうでもいいが、なぜ今日六実は休みなのだろうか。
昨日はまったく、合が悪いような様子もなかったし、調不良というのはどうにも考えにくいが……。
まわりを見渡せば、沈んだ表のクラスメイトばかり。……あなたたち、どこまで六実が大切なんですか。
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そいつらに「今日、六実休みなの?」などと訊くわけにもいかないし、さて、どうしよう。登校の報告がてら、職員室に行ってみようか。
そう決めると、俺は席を立ち、教室を出た。
そこで、あの彼の日記のことを思いだす。
……六実の日記に書かれていた、あの呪い……。
あれは、たぶん……
と、その時、俺の視界にったある者によって思考は停止させられた。
「凜……」
廊下の人ごみの中、月凜はいつものように飄飄とした態度でどこかへ向かっていた。
彼ならば、六実のことを知っているかもしれない。
そう思い、俺は彼のもとへ歩き出した。
人ごみに邪魔されて、なかなか進めないものの、俺はしずつ彼との距離を詰めていく。しかし、追い付けそうで、なかなか追い付けない。
「凜、待てって!」
その聲も、彼には屆いていないようだった。いや、意図的に無視されているのかも。
その考えがよぎった時、足が止まりそうになったが、なんとか再び歩き出す。
そして、人がだんだんなくなっていき、なんとか10メートルほどまで近づけたとき。彼は一つの扉にっていった。もちろん俺もそれに続く。
扉の先。そこにはこちらを真っ直ぐに見據える凜の姿があった。
「……なんで逃げるんだよ」
「すまない。馨と久しぶりに屋上に來たくてな」
そう言って、彼が視線を向ける先は、遠くの山。
あぁ、そうだ。ここ、校舎の屋上で、俺はあるとき凜に勵まされたのだった。
山の縁から溢れ出てくるは、息が詰まるほどしかったのを覚えている。
「それで、どうしたんだ? 私に、何か用があるのだろう?」
彼は視線を俺に戻すと、わずかばかりの笑みを浮かべる。
「あぁ。単刀直に言う。六実は今日休みか? 教室にいなかったんだが」
その問いに対する、凜の答えは、ただの沈黙だった。
口をまったく開くこともなく、彼はただ沈黙している。
そして、數秒後、小さく首を傾げた。
「……むつみ、って、誰のことだ?」
「……は?」
思わず、素っ頓狂な聲を出してしまった。いやしかし、それもしょうがないだろう。……つい昨晩、いっしょにいた人を、忘れるなんてあるか?
しかし、彼はそのまま、不思議そうな表を崩さない。
「おい、馬鹿な冗談はやめろ」
「馨こそ、なんの冗談だ。私をからかっているのか?」
「から、かう……? なわけねぇだろ」
凜は何のことやらと俺に問い返してくる。
本當に、こいつは六実のことを忘れているのか?
なんで……、昨日だぞ? 昨日の夜に會っていた相手を忘れるわけないだろう。
……いや、そんなことも、あるか。
俺はひたすら自問して、その結論に至る。
呪いの力を用いれば、と。
しかし、もしそうだとしたら、誰の呪いが、なぜ六実に掛かったのだ?
もし呪いの力によるものなら、だれに対しての好度がどう上がったのか。
だめだ。報がなすぎる。
「馨。ちょっと落ち著け。今日のお前は、しおかしいぞ?」
「おかしいのはどっちだよ……なんて、言っても意味ねぇのか……。すまん、凜。変なこと聞いて」
そう言って、俺は踵を返した。
しかし、俺が「すまん」といった時の、彼の表。
どうして彼はあれほど、哀しい顔をしていたのだろうか。
* * *
屋上から降りてきて、廊下を歩く。
どこを目指すでもなく、ただ考え事をするために歩いた。
まず、前提條件の確認をしよう。
今日、六実小春は學校に來ていない。これは俺がその目で確かめたので確かだ。
そして、彼は……呪いに掛かっている可能が、ある。
そして、先ほどの凜の言。
あれを正直に解釈するなら、彼は六実のことを忘れてしまっている、と考えることができるだろう。
この、凜が六実を忘れているのが呪いによるものだとするとしたら。
そう考えた場合、凜の六実に対する好度が一定値を超えて、六実の呪いが発したと考えるべきだろうか。
……しかし、そんなことなんてあるのか?
それじゃあまるで、語のなかで出てくる……百合みたいじゃないか。
「なーに鼻の下ばしながら深刻な顔してるの、かおるん?」
「ん? あぁ、青川か」
「ひどいなー。せっかく仲良くしてあげてる私に、『なんだ、お前か』みたいな反応して」
「そんなことないっての」
頬をわずかに膨らませながらからかってくる青川を、俺はとりあえずあしらっておく。
というか、考え事をしながら歩いていたせいか、いつの間にかなかなか遠くまで來てしまっていたらしい。
まわりを見回すと、ここは生徒會室前らしかった。
「まぁ、立ち話もなんだし、る?」
「そうする」
青川に連れられて、俺は生徒會室の中へ。
ちょうどよかった。彼にも六実のことを訊こうと思っていたのだ。
「さてさて、適當に座ってね。んで? 今日はどうしたの?」
「何かあったなんてお前にまだ言って無いけど」
「さっきの顔を見たらわかるよ。だって、凄くいやらしく鼻の下ばしながら深刻な顔するなんて、なかなかできないよ?」
「……そうか」
そんなにひどい顔をしていただろうか……。
鼻の下をばす原因となったアレをまた思い出しそうになりながら、俺は話を繋ぐ。
「いや、まぁ、あれだ。晝休みも短いし、本題にらせてもらう」
「うん。話してごらん」
改めて、視線を據え置いた俺に、彼はにこにこと視線を返す。
「今日、六実が學校を休んでるんだ。それで、なんで休んだんだろうかと凜に訊いたんだが、あいつ、六実を知らないなんて言い出して……」
「ちょっと待って、かおるん。その六実さんって、私とも面識ある?」
「……!」
まくしたてるような俺の話し方が悪く、そのせいで話を一度切られたのだと一瞬は思った。
しかし、そんなことは全くなかったのだ。彼はきょとん顔で、俺を見つめていた。
「あー、もしかしたら、前會ったことあるのかな。ごめんね、覚えてなくて」
「……前? 何言ってんだよお前。昨日……昨日の夜も、一緒にいただろうが」
「え、かおるん……? どうしたの?」
馬鹿じゃないのか。俺をみんなしてからかっているのか?
ふざけるな。そんなことして何が楽しい……。
……待て、落ち著こう。ここで青川に當たっても何一つ得ることない。
「ごめん、取りした。じゃあ、幾つか確認させてもらう。青川、お前は六実というの子を知らない。だな?」
「うん。というか、その人の子なの? かおるんやるねー…………って、そんなこと言ってる場合じゃない、のかな?」
青川の問いかけに俺は無言で頷く。
多分、冗談を言おうとしたが、真剣な俺の態度に非常をじたのだろう。
彼のこんな勘のいい部分はとても好きだ。
しかし、これで青川も六実を忘れていることが判明した。
この忘卻の仕方は呪いによるものだと考えていいと思うが、どこでだれの好度がいたのかが判らない。
そこで一つ、青川の言った言葉がひっかかる。
「青川、前にお前は、呪いに掛かっている人同士だと呪いは発しない、って言ったよな?」
「うん。言ったよ? それがどうしたの?」
やはりそうだったか。
青川は前々から本人が言っている通り、俺と同じような呪いに掛かっている。
そして昨日、六実の家から持ち帰った日記には、六実小春が呪いに掛かっている、といったことが書いてあった。
これでは二つの事実が矛盾してしまう。
青川の
「呪いに掛かった者同士は呪いの効果をけない」
という言葉。
そして、
「青川が恐らく呪いによって六実のことを忘れている」
という二つの事実が。
そこで、俺は考えた。
もしかしたら、ある第三者が六実の存在自を消したのではないかと。
「すまん、青川。俺、今日は帰るわ」
「え、かおるん? まだ授業が……って、待って!」
青川の制止も聞かずに、場を立ち去ろうとした俺。その手を彼は後ろから摑んだ。
「……ごめん、今の私じゃ、言えることはあんまりないんだけど」
後ろから聞こえてくる彼の聲は掻き消えてしまいそうなほど小さく、し震えていた。
「かおるん、キミが知ってる呪いが、全てなんて思っちゃいけないよ。あと、呪いは決してかおるんに悪意を持っているわけじゃない。……あれは、本來、誓いだったんだよ」
「どういうことだ?」
「ごめん、これ以上言えない。……頑張って」
パッと離された小さな手。
直後、俺は生徒會室を出た。
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