《~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実のを誓います。》カルナヴァル神殿と死者の聖典
*1*
ちらり。僅かな隙間から、外を窺って見ると、人々がたくさんの野菜を作っている黒土地帯が見える。鍵のような形をしていて、たくさんの禮拝堂キヨスクがある。
(人々はオベリスクを崇め、神殿を敬い、生きている。マアトの裁きの影響で、敢えて悪人になろうとはしない)
「それなりに秩序のある世界と言えるのかしら」
呟いた瞬間、商品の鳥の翅がティティインカの鼻に飛んできた。
(だめ、くしゃみはだめ、絶対、だめ、でも、鼻がむずむず)
「……くしゅん!」
ティティを乗せていた手車がぴたりと止まった。「にゃ~」と貓の真似をしたが、すぐに手がティティが被っていた布を引き剝がしにやって來た。手車に膝を丸めて隠れていたティティは、見つかるなり言い訳を始めたが、開き直った。
神殿に上がるための正裝のイザークが肩を落としている。
「う、うふふ……いいでしょ! だって神殿に行くならわたしも行きたいの!」
***
沃地帯を通り越すと、今度は水路。下り坂を越え、カルナヴァル神殿の巨大なオベリスクが見えて來た。周辺に以前の王たちの塑像の殘骸が散らかっている。
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「ぞっとするわ。父の首がないことを祈りたい」
イザークは手車を摑み、ティティを乗せて引き摺りながら神殿に足を踏みれた。
「ねえ、まだ怒っているの? 見つかる予定じゃなかったのに。し掃除したら?」
「手車の商品整理を怠った俺を蹴飛ばしてぇだけだ。なんで王が商人の手車に……」
「だってイザーク、連れて行くのを嫌がったでしょ? 手段がなかったの」
「ティティ、では聞くが、神殿に行く目的は?」
にっこり笑ってティティはスカラベを指に挾んでひらひらして見せた。イザークは再びがっくりと肩を落とした。
「おまえ、紛うことなき、敗北を赦さないラムセスの妹だ」とは厭味か。
「でも、仮に兄としてよ? テネヴェから來たって時點でおかしいのよね」
イザークは「俺は知りませんね」とばかりに無表になった。再びゴンゴンと進み始めた車の金銀財寶の寶が賑やかに鳴り響いた。
「こんなに奉納する必要あるの? ラムセス王なんか」
聲を潛めて聞くと、イザークは「こいつは取引」とにっと笑った。
「言い伝えられる古文書があるだろ。死者の聖典だ。そいつを見ればこの世界の何たるかが判るという。ラムセスは王になれたら俺に見せると約束した。が、一向に約束を護らない。知ってる? 死者の聖典。あれがラムセスの目的だ」
《死者の聖典》。王族のティティにも在処は知らされていない闇の書だ。存在は知っているが、未だに見た覚えはない。
「どこから聞きつけてきたの。敵國の王族ならともかく、一介の商人のくせに」
「世界を手にするには、世界の謎を手したくなるもんさ。ティも悔しいだろ。あんなつまらん伝承の取り合いで、家族と離別したとあっては。足元を見ろ」
會話の途中で、ティティは床に視線を落とした。マアトの特徴ある黒翅がぽつんぽつんと落ちていた。ここに神が手を掛けた証拠だ。それなら、逆賊兄ラムセスをとっとと連れて行ってくれたらいいのに。
「凄い數の翅。神殿にまで散らばっている。ここで裁きがあったんだわ」
イザークは黒翅に怯えているティティに目を細めた。
「暇な鳥がバッサバッサ夜に飛んで遊んで、換羽とやを迎えてるだけだ。呪われるなら神だ。男神はご免被るよ」
(換羽? 鳥の羽替え。神を鳥扱い)イザークに怯えるものはないのだろうか。
ティティはマアトの羽を抓んだが、相當時間が経っているらしく、獨特の黒と金の輝きは見て取れない。マアトの翅は金に輝き、悪に染まると黒りする。のがよだつ。自分を自分で抱き締めたところで、イザークが車を手放した。
「ほう、おまえは男が嫌いか。いいぞ、男は逞しくて、親友をも裏切る種族だ」
忍び笑いが聞こえ、ティティは聲のした方向に視線を向けた。
「……ラムセス……っ!」
ラムセスは、今日は王の証のロブハーの紋章、アケト・アテンの歴代の統治者の名が彫り込まれている大きな儀禮ぎれい鉾ほこを握っていた。
ジャラリと鳴るは腕に嵌めた數重にも編まれた金鎖だ。
「何よ、王どころか神気取りの勘違い噓つき兄! ……似てないわよ、絶対」
隣には王に付き従う神獣〝ロブハー〟。虎の頭をし、鷲のような翼を持つ。尾は蛇のようにうねっていた。がしそうな眼をしている。
「生かした生命を、謳歌しているようで何よりだ。妹よ。だが、何故ここにいる。イザーク。ここに妹を連れて來るなと言っただろうが」
イザークは「不可抗力」と肩を竦めた。
「手車に潛んでいたんだぜ。おまえと同じ、手段を問わない様子だって」
ティティは気付けばスカラベを握りしめていた。
(後はラムセスの諱いみなが判れば……そうすれば闇の中に引き摺り込める。ネフティス神に渉して、この世界から連れ去って貰うのよ)
諱とは誰もが持つ魂の名前で、ぼんやりとづいて浮かぶ古代の聖刻ヒエロ文字マガグリフだが、ティティには詠めた。最初は、自分の諱を詠めたところから、気付いた母とのになった。
――このティティインカを辱めるは許さない。
(できるかも知れない)ティティはラムセスの持つ儀禮鉾に目をやった。
儀禮鉾には、歴代の王の名が連なっている。襲名したのなら、現アケト・アテン王、ラムセスも名を刻んでいるはず。
(お父様、謝します。――貴方は、こっそりわたしに王家のを預けてくれた。活路はいつだってを暴くことから見いだせるのだと、教えてくださいました。落ち著くのよ。必ず、諱は見えるわ。悪諱あくしでもいいの。落ち著いて、ティティ)
「私が商人の妻になど甘んじていると思う? 見下ろしてないで、降りて來たら! 何よ、わたしが怖いからって高いところに逃げ込んで、みっともないわね」
「ほら、また兄妹喧嘩かよ。おまえら、本當に兄妹だよ。安心しろ、俺が保証するわ」
ティティはイザークの腕を払いのけると、ぎんとラムセスを見上げ、睨んだ。
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