《~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実のを誓います。》じわりと來るなにか
*1*
ピチョーン……天井に籠もった雫が落ちる音が響いた。気と、穢れのない地下水が段々になった巖壁に滴り落ちては、しいエメラルドの地下湖に流れてゆく。
ティティは砕けたスカラベを見詰め、再び罪悪に涙を滲ませたところだった。
「食えるもんは、ねぇようだ」と付近を捜索していたイザークが戻って來た。
「ないでしょうね……もう、食べなんか探しても無駄よ。事実上の死刑だもの」
ティティは冷たく言った後、しょんぼりと俯いた。
「わたしにも揺り返しが來たみたい。右眼が見えないの。諱を弄ったからかな」
イザークはじろとティティを見、を歪めた。珍しい表だが、怒りを抑えているは分かる。ティティはもっと項垂れて無言になった。
「すり寄って、口づけくらいしたらどうなんだ。謝って済む話か」
――怒っている。當然だとティティはを咬んだ。優しさに甘えていた。何をされても文句は言えない。
(口づけ。やった覚え、ない……こんな風に初めてを迎える事態が償い。口づけだけで、許されるはずがない。次に何を言われるのか、こわい、でも、逆らう権利はない)
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服をぎゅっと抓んだ。地下湖の水面にはティティの姿が蒼く浮き上がっている。水面に重なったティティとイザークが揺れる様が見えた。(ごめんなさい)を込めた涙の口づけをイザークは靜かにけた後、銀の髪をわさわさとかき上げた。
「ほんの意地悪だ。――気にするなよ」
「気にします! ほ、他に何がみ? 言えばいいのよ。わたしが悪いのだもの」
「バカ言うなよ。俺はおまえの夫たる分だ。罪は一緒に背負うから夫婦なんだろ」
じわりと眼が熱くなった。ごそごそと眼をるティティにイザークは肩を竦めると、いつかのように、肩を力強く引き寄せた。
「ティティ、呪いなんてものは、に背負って初めて罪をじるものだ。それより、やけに明るいな……」
降りてきた場所は封鎖され、すらってこない。なのに、湖は発している。ティティも気付いた。地下井戸にしては、確かに明るい。
「ねえ、水面がっているの。片眼がおかしいせい? 調がよく分からなくて」
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「いや、ってる。がれてるんだよ」
イザークはティティの頬を両手で包み込んだ。
「ぽっかり、白いな。多分、神の呪いだ」
イザークは「これ以上はやめようぜ」と壁に座り込み、足をばした。ティティも隣に座り込んだが、服の裾が長すぎる。手でかき寄せて、膝を立てて腕で抱えた。
「月が目覚める、あの音が聞こえる」
言われてみれば、不快な月の音が、地下まで響いている。まるでの斷末魔の聲。
「――ティティ。俺を、呪いたかったのか。本気で抱き締めたからな」
首を振った。「貴方は、保留」イザークは會話を切った。
俯いた顔が時折地下湖の鏡面に映る。逆さまになったティティは小さく見えた。
イザークは返答に困り、「俺、寢るわ」とあくびをした。
「張のない! ねえ、起きてよ。神の裁きが來るのよ」
「なーんてね。ちょっと気になることがある、待ってろ」
からかっていたらしい。むっとするティティの前で肩を竦めたかと思うと、がばりと起き上がった。今度はバサリと服をぎ捨てた。
砂混じりの上著がティティに飛んできた。
(え?)と思う前でバシャンと水飛沫。しなやかに、イザークは湖に飛び込んでいた。
「ちょっと! 水浴びなんかしてる場合じゃない……っ。結局一人ぼっち!」
ぶくぶくぶくと泡が弾ける音も消えた。呼びかけてみるが、深く潛った様子だ。
(もう! 勝手なんだから!)ティティは上著を地面に叩きつけ、また埃を払って丁寧に抱えた。ドロ水に飛び込んで、毒素の中、後悔すればいい。もう知らない。
放置を決め込んでは、ソワソワと湖を覗き込む。
(イザーク……浮かび上がって來ないな……)
水面にイザークの頭は一向に浮かんで來なかった。心配で小さく呼んでも、「それが何か」とばかりに水面は揺れない。溶けて微生にでもり下がったのか。
「いいわ! 勝手になさいな! もう!」
怒鳴ったところで、ざぱ、とイザークが上半を水面から突き出させた。
「イザーク! 心配したのよ! 冷たいでしょ、あっためるから、こっち」
イザークはキロ、と眼をかし、逞しい腕をばし、懸垂の要領で這い上がった。
「ティ、ここが地下湖だと思っていたか?」
「ええ。地下井戸でしょ? 井戸とは汲み溜める質のものだもの」
「じゃあ、あれはどう説明するんだ?」イザークは絶えず落ちる流水を指した。
流水は壁から染み出て、階段になった石壁を伝って、床に落ちる。結構な水の量だ。
「井戸なら、いずれ水が溢れてくる。それが、どんどん流れて、循環しているんだ」
言う通り、水は綺麗に流されて、井戸、もしくは地底湖に溜まるが、溢れていない。
「出られるってこと? 水の逃げ道があるの?」
イザークが確信した素振りで頷いた。
「だとしたら、底しかない。思った通りだった。がれてずっと続いている。相當の距離だが、抜けられないわけでもない。洩れたは近そうだから」
期待が絶に変わった。ティティは服を握りしめたまま、背中を向けた。
「わたしに、得の知れない水に飛び込めなんて言わないわよね? 絶対嫌よ! そもそも、貴方が死者の聖典の渉なんて考えるからいけないの!」
「どこまで甘ったれなんだかな。さすがの俺も呆れるほどの王っぷりは見事だが」
聞いた経験もない唸り聲で、イザークはティティに躙り寄った。
「ひぃ」と眼を強く瞑るティティの頬に當たったはイザークのだ。
(え? それだけ? 頬に口づけ? どうして?)
長い腕に抱き込まれて、ティティは眼を瞠った。
(呪いをかけたわたしは、優しくされる資格なんかないのに)ぽん、ぽん、と背中を叩かれて、むっとした。
「わたし、子供じゃない」
「子供だよ。子供。事実や哀しみだけに真っ赤になって、先が見えずにおたおたする」
が――ん……言葉を喪ったティティにイザークはにっと笑った。
「ともかく、ラムセスをぶっ殺すもぶん毆るも。ここにいたら始まらねえだろ。マアトの夜の後だから、裁きも降っては來ないだろうし。ということで」
――え? 思う間もなくティティは短いびとともに、腰に腕を回され、有無を言わさずイザークに湖に放り投げられた。
(わたし、水に放り投げられたことなんてない――っ。沈む、沈む沈む……あら?)
ティティは水の中でぷかりと浮いた事実に驚いてイザークを見やった。イザークは立膝に腕をかけ、人魚宜しく浮かんだティティを見下ろしている。
「浮いてる……ねえ、わたし、浮いてるの?」
ククッとイザークは片手で口を覆い、微かな笑い聲を上げた。むっとティティは頬を膨らませた。
「笑うことないでしょ。だって、水に飛び込む機會なんてなかったのよ」
「々飛び込んだほうがいいぜ。退屈しないだろ? それに、そっちのほうがいい」
「そっち?」意味を尋ねたティティに、イザークはまた笑った。
「ツンツンしてるティティも可いが、未験に噛み付いてさ、素直に驚くティティが新鮮って話。呪いを味わったり、水に浮いたり。くるくる表変えてさ、素で可いって言ってんの」
(さて、これはからかわれているのか、可がられているのかどちらだろう)
――未験が新鮮なんて、思いもしなかった。ティティは今までの自分を思い返した。冒険心が欠如していたのだろうか。でも、危険を冒すなんて、考えられない。
ティティはじっとイザークを見上げた。
(なんだろ。怒る気が起きないどころか、イザークの破天荒な行を見る度、驚いて、頭が真っ白になる。それで、じわりと何かが來るのよ)
泣きそうになった心を立て直して、ティティは小さく尋ねた。
「でも、地下井戸から忽然と消えたら、怪しまれるんじゃない?」
「処刑が面倒だから、永久の地下井戸に閉じ込めた。生死は勝手にしろといったところか。一帯を焼き払えと言うだろうな。そういうヤツだ。昔っから――」
(昔から?)ティティの視線にイザークは明確に(まずい)という表をした。
「ねえ、ラムセスと貴方ってテネヴェで?」
「さて、じゃあ行きます、か!」
「ちょっと待って! 話はまだ、え? ちょっと! 心の準備が……っ」
イザークは同じく水に半を浸からせると、浮かんだままのティティの腰を抱き、恰も悪人魚ローレライのように背中から水中に飛び込んだ。
(水圧が襲わないように、しっかりと抱いてくれている。本當は分かってた。イザークは、絶対にわたしを傷つけない。なのに、同じ呪いを被せてしまった。復讐なんていい気になって。バチが當たった。助けてくれないのに、報復は與えてくるの。大嫌い、神さまなんて嫌い)
外ではマアトの裁きの夜がひっそりと、世界を闇に包み込んでいる。
頬にただ、冷たい水と、揺れるだけをじ、ティティは力強いイザークの腕にを任せた。世界中の人間がティティを裏切っても、大丈夫。
(イザークだけは裏切らない。もう心で、分かっているから。ほぅら、大丈夫――)
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