《~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実のを誓います。》イザークのふたつの心臓(イブ)

泣きそうになった心を立て直して、ティティは小さく尋ねた。

「でも、地下井戸から忽然と消えたら、怪しまれるんじゃない?」

「処刑が面倒だから、永久の地下井戸に閉じ込めた。生死は勝手にしろといったところか。一帯を焼き払えと言うだろうな。そういうヤツだ。昔っから――」

(昔から?)ティティの視線にイザークは明確に(まずい)という表をした。

「ねえ、ラムセスと貴方ってテネヴェで?」

「さて、じゃあ行きます、か!」

「ちょっと待って! 話はまだ、え? ちょっと! 心の準備が……っ」

イザークは同じく水に半を浸からせると、浮かんだままのティティの腰を抱き、恰も悪人魚ローレライのように背中から水中に飛び込んだ。

(水圧が襲わないように、しっかりと抱いてくれている。本當は分かってた。イザークは、絶対にわたしを傷つけない。なのに、同じ呪いを被せてしまった。復讐なんていい気になって。バチが當たった。助けてくれないのに、報復は與えてくるの。大嫌い、神さまなんて嫌い)

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外ではマアトの裁きの夜がひっそりと、世界を闇に包み込んでいる。

頬にただ、冷たい水と、揺れるだけをじ、ティティは力強いイザークの腕にを任せた。世界中の人間がティティを裏切っても、大丈夫。

(イザークだけは裏切らない。もう心で、分かっているから。ほぅら、大丈夫――)

*2*

――見えねえな。視界、悪過ぎ。ティは気絶してるな。ずっしり來る。

片手で水を掻き分け、ティティインカをしっかりと抱いて泳ぐは至難の業。世界がぼやける。

(泳ぎは得意だが、ここまで悪條件だと、賭けだな。俺が、王を妻にした挙げ句、呪われ、地下井戸からの逃亡……笑うなら笑えよ。それにしても深く繋がっている)

海面は眩く、ただ青が流れる地底湖を泳ぎ進むと、一際明るい海底に出た。地下階段を降りた分、海面に近くなっている。

に吸い込まれそうになり、イザークは泳ぎを止めた。

海の中に、大きな粘土の球が落ちていた。球こうと微を繰り返す度にを撒き散らしては、苦しんで、のたうち回っていた。時折悲鳴の如き震を起こしてはを発する。赤い紐がズタズタに切り刻まれた如くのを滲ませたように見える。

(この線が地下井戸まで屆いていたんだ。こいつは何だ)

――どこに行くんだ、あの球ァ。

丸い球を撒き散らしながら、海底を蠢いて、離れていった。

***

途端に水面が眩しくなった。地上に出たのだろうかとイザークは遠くに眼を向けた。

幅のある黒土の河。風景すべてには覚えがあった。ティティが洗いをする川辺の延長線だ。ゆったり流れる水流は、敵ではなかった。

「ハピ河……繋がっていたのか」

見慣れた風景にほっとして、ティティをすーっと泳がせ、低い河岸で引き上げた。

空のは殆どないに等しい。ゾッとしたとき、ティティの瞼が微かにいた。

「おい、神殿を出たぞ、ティティ」

(起きねえな……ショックで深く墮ちてる。ここは、あれだな。俺ので……ちょっと照れくさいぜ。いや! この非常事態にグダグダ言っている場合か)

自己ツッコミして、イザークは唾を呑んだ。ティティのはぷるんと膨らんでいる。

(さっき、ティティから口づけさせるように仕組んだが。あれは、じた。らけぇ)

イザークはチラチラと周辺の人影を確認し、咳払いをした。どく、どく、どく、どく。の上下の鼓に邪魔され、イザークは頭を振った。

「あー、んん……うるっせえな、俺のふたつの心臓イブめ! ――行くぞ、ティティ」

……ぴくりともかないティティに口づけして起こすべく、顔を近づけた。

(行っちまうぜ!)と覚悟を決めたところで、ティティの眼がぱっちりと開いた。のない右眼の瞳孔がイザークを映している。把握ができていないらしく、両手を何度も見詰めている。

「わたし……水は……地下井戸は……ねえ、また涙目になってるけど」

下心が洩れそうになって、イザークは腕をばして骨なんぞを鳴らしてみた。

「ともかく、ここを離れたほうがいいな。町民を巻き込むわけにゃ行かない」

ティティは靜かに立ち上がり、の薄い空を見上げ、遠くに見えるオベリスクをただ眺めていた。姿は痛々しくも気品に満ち、特有の気高さを思い知る。綺麗で、気高いティティインカ。瞳がオッドアイになったところで、魅力は損なわれない。

(ほんと、俺の妻にゃ勿ねえかも)言葉を押し込め、がりがりと頭を掻きながら、イザークはティティインカの細い腕に、手をばした。

「敵が大きすぎたんだ、ティ。ラムセスの野郎は、一筋縄じゃ行かない。出直しだ」

ティティは零れた涙を指先で押さえ、小さく首を縦に振って、気丈さをみせた。

「貴の両親はテネヴェを超えたはずだ。行ってみる?」

「行く」ティティは小さく答え、ちら、とイザークを見やった。

「テネヴェって遠い?」イザークは眼を細めた。優しく眺めると、ティティはどうしても視線を逸らしたくなるらしい。ちょっと、面白いと思った。

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