《~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実のを誓います。》世界は全てが細い糸で編まれている平織り布

*4*

「わたし、ある人を怨んでいたんです。ちょっといい気になって、諱を使ってスカラ

ベに封じようとして、失敗しました……」

ネフトの眉がぴくんと上がった。

「貴方は、諱を詠めるの? 神さまみたい。ふうん」

「でも、それはイザークの諱で、結局わたしはイザークに呪いをかけてしまった。わたしも呪い返しをけた。わたしが誰かの不幸を願えば、わたし自も不幸せになる。止められなかった……っ!」

長いネフトの服は背中が開いているため、ティティはトーブを重ねていた。握りしめた両手に涙が落ちた。

「イザークは、一度も責めてこない。普通、責めるでしょ? わたしの右眼とイザークの左眼、真っ白になったんです。互いに向かい合うと、どうしようもなく辛い」

「貴方は責められたいの? 責められるために頑張るの? それって正しい?」

ネフトは一杯の空を見上げ、ティティの細い肩をしっかりと支えてくれた。

「頭にも、水草、ついてるわよ」全てを見かしたように、ネフトは告げ、ティティを優しく抱き締めた。母のようならかさと優しさに目に涙が浮かぶ。

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「頑張る方向を間違えれば、貴が傷付く結果にもなりかねない。古代からね、の子は好きな相手に必死で頑張っちゃうけど……責められないんだわ。貴を」

「あ」ティティは聲音を洩らした。ネフトは嘆を込めた息を吐いて見せた。

「素敵だわ。イザークは、貴を好きだから、責めないの。むしろ、そう考えて落ち込む貴を見て辛いのではないの?」

「有り得ない。だって出逢ってまだ」

「時間なんか永遠だろうと、短かろうと、の深さには無縁なもの」

ネフトは巖に長い腳を組んで座ると、クスクス笑いを、ゆっくりと洩らした。

「あの時も、貴が怯えたから、憤怒したように見えたわ。ヴァベラのかしら。知ってる? ヴァベラの大罪の裡の一つが〝憤怒〟。イザークにぴったりよね」

ティティはようやく笑いを取り戻した。ネフトは「もう大丈夫ね」と立ち上がった。

(わたし、いっぱいいっぱいで、可笑しくなるほど、必死で格好が悪い。でも、そんな自分がちょびっとだけ好きになれそう。ネフトさまの微笑みに導かれて……)

ティティは涙を拭って、左瞳を煌めかせた。右眼を覆ったおで、白靄は見えない。

「マアト除けの護符スカラベ、一つくらいなら、創ってもいいかな?」

ティティは泣き笑いでネフトを見やる。ネフトは眼を細めた。

***

――テネヴェ國を出て、隨分経つ……いつまで逃げ続けるんだ、俺は。

塩の結晶をナイフで丁寧に削る。丁度良い塩梅になったところで、足音。やがてサアラの特徴でもある數重の足環のれ合う音がシャラシャラと窟に響き始めた。

イザークは料理の手をかしたまま、ぼやいた。

「なあ、なんで俺がティティのそばに行ってはいけない? 俺は夫たる分だ」

サアラは冷ややかかつ冷酷な聲音になった。

「子供の長に良くないだろうが。呪われた君たちを助けはしたが、子作りを支援するつもりはない。常識で考えたまえ」

げほっ。尤もな下心の代弁に、イザークは鍋の蒸気をひっかぶりそうになった。

「大、どうして人間のきみが神聲を発せるのか」

「知ってるのか。マアトの話。アケト・アテンでは単なる伝説になっているようだ」

「知っているか知らないかが、きみに関係があるのかね? それに、単なる伝説? では月と翅もまやかしであると? 大した眼と存在だ。消えてしまっても影響はないな」

サアラという男が分かってきた。皮と正論を併せ持つ神気取り。

「……しのに會いたいか」

突然訊かれて、イザークは熱々のを足に飛ばして顔を顰めた。サアラはちらとイザークの醜態を眼にはするも、興味は無さそうだった。冷たい男だとイザークは息を吐く。サアラの研ぎ澄まされたナイフのような眼がいた。

「取り繕ってみっともない。男のみっともなさを代弁か。數日待ちたまえ。星オ墮し(ド)の夜は、マアトがこの世界から遠ざかる。共鳴も、暴発もないだろう」

「星墮し?」イザークの質問には回答せず、サアラはにっこりと笑った。

「世界とはすべてが細い糸で編まれている平織り布だ。どこかで繋がってゆく」

サアラはイザークに近寄ると、イザークの眼帯を指で押さえ、低く告げた。間近で見るサアラの顔は、どこか彫刻を思わせる。超越した何かがあった。

「〝そうなるように仕組まれて〟るんだよ、罪人アザエルのイザーク」

――罪人アザエルのイザーク。イザークはぎろとサアラを睨んだ。

(なんで俺が亡命した事実を知っている。神のような俯瞰の態度。気にらねえな)

サアラの手が剣にれた。ところで、うわああん、と聞こえた子供の聲が會話を遮斷した。サアラは爪先を向けた。

「ここまでだ。子供を泣かせると妻にたたき出される」

イザークを窺い、シャランと足首の環を鳴らして、消えた。

――世界は全てが細い糸で編まれている平織り布……か。

ティティインカに逢いたい。だが、サアラとネフトはティティとイザークを執拗なまでに引き離そうとする。イザークは鍋の搔き回し棒を持ったまま考え込んだ。

先日のラムセスの追っ手が迫って來た時の記憶が抜けている。

(ティティが歯を鳴らした。その瞬間、怒りをじたは覚えている。しかし、気付けば俺はサアラの肩に擔がれていた……ティティとはあの夜以降逢えていない。待つしかねえってことか。待つは苦手だが、方法はなさそうだ)

どさっと草の上に橫になった。月のない空は、どこからかを注がれて、やんわりとっている。見上げるイザークの前に、ぬっとコブラの影が割り込んだ。

慌ててイザークは起き上がった。

夜空からコブラが降りてきたと思いきや、ティティだった。

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