《~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実のを誓います。》年王 クフ
*2*
テネヴェはアケトアテンのように丘陵にあるのではなく、大きな囲いを持った宮殿で、広さは限りない。民衆の暮らしのど真ん中に位置していた。
「なんだ、おまえは」
イザークは間髪れず、衛兵の首を摑み、壁に叩きつけた。ティティが止めるも聞かず、短剣を引き抜くと、高く翳した。衛兵の一人がきを止め、神たちも平伏した。夕がイザークの背中を照らす。
「――不肖の第一王子が戻ったと、テネヴェ國王に告げろ! 話がある、と」
「生憎ですが」神がぐるりと王子であるイザークと、ティティを一緒に取り巻いた。イザークは舌打ちをした。
「あの食い屋の報か。はん、相変わらず告げ口の報網は素晴らしいと見えるな」
(あ、あの時! イザークは短剣を見せた。王子とバラしてしまったんだわ!)
お金さえあれば。しかし、ティティはイザークの不敵な笑みを見た。イザークは、これを狙っていたのではないか。王子が戻ったと、敢えて知らせるために。
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――相変わらずやり方、橫柄。
(でも、わたしは知ってる。イザークは迷わず、間違わないと)
***
(ティティ、王に逢えるぜ。こうでもしないと、王の前には行けないだろうからよ)
(もうちょっとやり方なかったの? 自分の家で捕まってどうするつもりよ)
(でないと、殺されたさ。これから逢う人間に、言葉は通用しねえよ……)
騒な。首を傾げながら、ティティは小聲で聞き返した。それにしても、階段が多い。し歩くと、また階段。ちょっと直進すると、また階段。それも平たい階段だ。赤い土城は同じ神の像で固められている。
――黃金の鷲のマアト神。どこもかしこも、マアト神しかいない。ティティは違和を覚えた。カルナヴァルではおなじみの三柱神の姿もない。
イザークがギリ、と歯ぎしりをした。王子との配慮か、腰紐で縛られて、連行の態を取られているが、まだ自由は殘されている。と、イザークが衛兵のおを蹴った!
「ティティの縛り上げ方! が挾まって、くっきりだ! おら、見てんじゃねえ!」
「……王の前だ。クフ王に深く頭を」
「下げるわけねぇだろが」
イザークは縛られたまま、數十段上に立った男を睨んだ。小柄だ。ラムセスに比べると、かなり小さい。と、一人の男がゆっくりと、階段を降りてきた。手には王が持つ笏丈がある。丸いっかに、獅子を象った大きめのものだ。
王の証の冠にはコブラの象形文字。笏丈には丸い円と鳥の文字。
コツーン、コツーン。冷えた地を歩く音がやけに響く。王がゆっくりと歩み寄った。
(どうみても子供。――わたしよりも年下に見えるのだけど)
「――計算違いでなきゃ、俺の三つ下だから、十六を迎えたばかり。即位していたとは、さすがだぜ。……母は消されたと見えるな、助けられなかったか」
言葉にティティは肩を震わせた。そうこうしている間も、王は間近に近寄りつつあった。表は頭巾で見えない。震えるティティにイザークが耳元で囁いた。互いに縛られてはいるが、まだ近くに寄り添える距離。
「大丈夫。この國は呪を使う人間を奨勵する。むしろ堂々としていろ。いいな」
ティティは頷いて、顔を上げた。衛兵が二人を無理矢理平伏させる。
年王の爪先がティティの前にやってきた。
「王さま、こんにちは。わたしは呪師です」
まだ顔は見えないが、コン、と笏丈が降ろされる音。すっと王がしゃがみ込んだ。無言で手を出してきた。アケトアテンにはない。手を繋げばいいのか。
「呪師か。麻紐を切ってあげましょうか。縛り上げられてお辛そうだ。名は」
(本當だ。呪師と名乗って奨勵されるなんて、珍しいな)
ティティは考えて、偽名を口にした。
「イア、です。甲蟲石を使った神への渉の呪を生業としています」
「それはすごい。古代呪ですか。しかし」
年には相応しくない態度で、年王は一瞬、表に憎悪を漲らせ、にっこりと笑った。ゆっくりと長い神のを引き摺り、イザークと向かい合った。
「――ボケが」イザークが小聲で悪態をついた。
クフ王は天使の笑みを引っ込め、悪魔の目付きになった。(何?)と不穏な空気をじ取る前で、イザークが、ザリ、と爪先を摺った。
「なんだよ。隨分なお出迎えじゃねえか? そんなに俺が怖いかよ」
「害蟲は早く捕まえねば。捨てた國で王子面。相変わらず面の皮が厚いですね」
「……お飾り王。どうせ、民衆の幸せなんか、考えてやいないんだろ? 相変わらずの塗れの、悪人面」
だが、そうは見えない。ティティは腰しか見ていないが、年王はなくともイザークより、穏やかに見えた。
「話にならないな」と年王はイザークに見切りをつけ、再び黃金の鷲に囲まれている臺座に辿り著くと、細のを落ち著かせた様子だった。直ぐに數十人の神ソルが周りに控えたが、誰も彼も一言も聲を発さない。
「――呪師イア」呼ばれて顔を上げたティティの前で、年王はようやく頭巾と冠を外し、顔を明かにした。整った顔立ちだが、眼は異端のの。マアトの裁きの後の黒翅のような。口元がイザークに似ている。弟だ、間違いなく。
「貴方、その、眼はなに……」
「過去にマアト神を見た。この瞳は神を間近にしてから、が抜けない」
はっとイザークを振り返った。同じだ。
(では、イザークは既に、神の呪いをけていたの? だから、眼が赤いの?)
クフはチラとイザークを見やり、シャランと笏丈を振った。
「數年前、この國は刮ぎ裁かれた。すぐに他國の侵略が始まった時、王家は裁きに遭い、とある兄弟が殘された」
――テネヴェ戦爭。イザークから笑みが消えた途端に、クフ王が甘えた表で涙を浮かべ始めた。急に年相応の聲音を出され、ティティは驚いた。
「王は考えた。神に振り回されて、裁かれるはご免だ。多神教を廃止して、一神教――つまり、マアト神信仰に。他國と神ならば、神のほうが強いし、まだ、慈悲がある、人は親ですら殺せる。神は人を屠る権利がある」
クフは笏丈を持ち上げ、イザークを真っ直ぐに指した。
「殘った兄弟はどちらかが神に従屬する王になり、他方は追放となる。結果は見ての通り。遠き國の書には、神のが殘されているというが、定かではない。兄のほうは、テネヴェを救うのだと出て行ったと思っていたが」
ティティは執拗に王家の保持する「死者の聖典」を狙うイザークを思い起こした。
(わたしには分かる。今の話の弟は、クフ、兄はイザーク。……二人は裁きで殘されたテネヴェの子供……!)
ネフトはこの事実を知っていたのではないだろうか。ティティに話した「裁きの後に子供が殘る」とは――。
「イザーク、もしかして、神に囚われた弟を救うために、世界の理を調べていたのではないの? 死者の聖典、探していると言ったわ。それで、アケトアテンを侵略した」
この國のイザークはまるで別人だ。剽軽さをかなぐり捨て、無言を貫いている。まるで何一つ話すものかと拒絶しているように見えた。
(なんなのよ、いったい)
ぱら、とティティの麻紐が切れて落ちた。年王は丁寧な口調で微笑んだ。
「ようこそ、テネヴェへ。テネヴェ國第四十九代クフ王、名はクフィルートです」
手を差し出されて、ティティはおずおずと手を差し出した。先程は縛られていて、思うようにばせなかった。やっと摑んだ年、クフ王の手は氷のように冷たかった。
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