《~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実のを誓います。》ヴァベラの取替子の反逆とのわし
*5*
――一日、あげるよ。呪いの力を解放すれば、相當な霊力が生まれる。
(クフの野郎、言葉を護るつもりがあるのか。追っ手は來ないみたいだが。弟ながら世界で一番信用できん。善悪が分からん弟など、いっそ裁かれてしまえばいい)
イザークは神殿を抜けたところで、ティティをそっと降ろした。
ティティは涙ぐんでいた。時間は限られている。一番してやりたいことはなんだ。決まっている。ティティインカの心を縛っている両親の所在だ。
「ティティ、來い。まだ時間があるに、貴の両親の足取りを追うべきだ」
「こんな時なのに」
「貴の心配を取り除く。今一番、優先すべき事柄だ」
摑む手の力が強くなった。あたたかい小さな手はまだ、震えている。
イザークは足を船著き場の方面に向けた。マアトが戻る直前の空には、サアラの星墮しの軌跡。月は相変わらず泣いている。
こんな狂った世界はいい加減終わりにしたい。終わりにする。この命果てても。
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*4*
夜のテネヴェはどこか罪の匂いがする。イザークは時折ティティが追いつくを待ちながら、埠頭へと足を進めていた。舫結びの船と、大きな帆船。遠き都カルタゴへの出港の船が蒸気を上げている。珍しくない風景だが、ティティの涙は乾いた様子。
砂の王國育ちのティティは海を知らないのだろう。
「すごい、海を渡れるの? ねえ、お父さん、お母さんもここを?」
「國を追い出された王は、同じ大陸にはいられねえ。教えた通り、帆船に乗って、対岸の大地へ向かったはずだ。貴を心配していた。事ばかりで裁かれて當然とも」
ティティは何も言わず、霞み始めた水平線をじっと見詰めていた。消えた両親を想っているのか。羨ましい話だ。
(生きているなら、なんとしても再會させてやりたい。ティティには、一杯してやりたいと思わせる何かがあるんだよな……)
「テネヴェは一度裁かれた。しかし、人はしぶといぜ。何回でも立ち直る」
イザークの獨り言にコブラ頭が振り向き、小さく揺れた。ティティは、逸らさずにイザークを見つめたままだ。心配そうな瞳にぶつかって、イザークは肩を揺らした。
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「大丈夫だ。貴の両親は」「ううん」ティティは首を振って、じ、とイザークを今度は上目使いで見上げて首を傾げるように純粋な眼を輝かせている。
(なんだ? 無にっぽい。ほら、第二の心臓が早速反応。罪作りな王だな)
可い大きな瞳が、イザークを映している。まだ、右眼のは殘っているから、マアトは遠くにいる様子だ。ちろ、とティティはイザークを見、を緩めた。
「おい、上目使いはちょっと勘弁。収まりつかなくなるだろ……」
ティティは「ん?」と不思議そうに上目使いで見ている。正直、これ以上駆け引きの中で、ティティの言葉に揺しないでいられる自信がない。既に暴走し始めている。
「そういえば、ネフトのお姉ちゃんに邪魔されたが、ティティ、〝良かったのに、シテも〟とか言っていたよな。いいのか? 俺、止めないぜ?」
ティティははっと正気に返り、すっと目元を指先で押さえた。
「一人で抱えるな。貴は妻だ。オベリスク……何が書いてあったか、言えるな?」
頷いて、ティティはぼそぼそと口にし始めたが、恐怖からか、口を噤んでしまった。
イザークはティティの両肩を摑み、震えるに口づけを繰り返した。
「これなら、言えるか? 俺を信じてくれるか? 何度でも、してやるから」
よくく瞼に、そっとキスを重ねて行く。を降ろして、何度もを啄み合った。
ようやく銀糸で繋いだを遠ざけた頃には、ティティはゆっくりとすべての文言の容を口にしていた。安堵の表を浮かべたと思うと、吹っ切れると一目散の質らしく、もうおどおどもせず、こんな言葉を言って來た。
「怖がって得しちゃった。いっぱい、口づけして貰えた」
を嬉しそうに押さえたかと思うと、さっと掌に甲蟲石を取り出す。
「でもね、貴方を傷つけたくなかったから、言わなかったのは判って。ん、今なら、綺麗に染まる気がする。恐怖も薄れたみたい」
「そんなに弱くない。民衆たちが、俺を殺せ、と……オベリスクが赤くなったはその影響? マアトの呪いが関係してるのか。謎だな、俺たちの目も?」
「わからないわ」ティティは吐息をついた後、「夜の神、アヌビス神」と呪文を唱え始めた。しばらくして、ティティは肩を落として、無言になった。
「なんだ、その甲蟲石。錆びてんのか」
「貴方にあげようと頑張っているのだけれど、何度やってもこんな。ホラ見て。二個も失敗しちゃって。もう、汚れた変な!」
ティティは、ぽーんとスカラベを投げようとした。イザークはぱしっと空中でけ止めたが、二個目が額に當たった。
「寶玉呪を失敗するなんて! なに、このドロドロ。ネフトさまは心を映すって言ってたのよ。でも、こんなドロドロの心なんか持った覚えない! もう!」
イザークはティティの投げたスカラベを抓んだ。確かに、ドロドロ。いや、ドロドロというよりは、モヤモヤ。
(モヤモヤか。気付かねえうちに、ティティが俺への想いでモヤモヤ……悪くない)
「貰っていいか。俺、これでいいわ。これがしい。あと、ティティ自も」
「わたし自? わ」
ティティを強く抱き締めた。らかい四肢に腕が埋まる。「わ」との可い悲鳴も、にぐ顔も、聲も、笑顔も泣き顔も、全部モノにしたい。
「罪人アザエルの分だろうと、王子だろうと関係がない。相手が神だろうと、やっと見つけたを奪う輩は許さない。ヴァベラののまま、反逆してやろうじゃねぇか」
ティティの頭をそっとでた。
(暇つぶしの婚約が、こんなにも濃くなるとは思わなかった。ラムセスと言い合ってたティティに向かって、俺はずっと手をひらひらさせた。俺に気付いて顔を背けた瞬間、困した橫顔が、たまらなかった)
「でも、いつか、ちゃんとした護、作って見せるから! 絶対よ! イザーク、今、罪人アザエルって言った?」
空気は読まないが鋭い妻(決定)に向けて、イザークは小さく頷いた。
「サアラが俺を罪人アザエルと言ったんだ。見せておきたい場所がある。ティ、もうし歩けるか。ラムセスがいた場所だ」
***
「こっちだ。足元に気をつけろ」
スタスタ歩くイザークにパタパタ追いついて、見ると禮拝堂と湖があった。歩くと、かしゃ、と音がする。驚いて、ティティは足を持ち上げた。白と蒼の結晶。
「塩湖だ。塩の結晶を踏んでる。多神教の禮拝堂だ。全員の神の塑像が並んでいたが、暴で壊された。クフはマアト神の塑像だけを神殿に置いたはずだ。あれだ」
ドームはかろうじて形跡があるだけ。組み合わさった木々は腐植して、ダラリと垂れている。イザークが狼のような眼を凝らした前には小さな家があった。
「ラムセスがされていた場所だ。誰も踏みれない神の建。俺と、ラムセスとは王子同士で立場は同じ。俺がアテンへ行かなかった事態が悲劇を生んだ」
イザークの口から出る〝悲劇〟の言葉に震いした。
(怖い。でも、聞いておかないと。お父さん、お母さんが話せなかった真実だから)
「取替子チェンジリングと言って、王子を取り替える古い風習だ。親の証でね。古代は赤子の時にすり替えたらしいが、俺たちは十の時に政治的にそれぞれ出立する手筈だった。で、ラムセスがテネヴェに來たわけだ」
イザークは話の途中に扉を開けた。
數冊の本と、ベッド。それに剣の腕を磨いたらしい、木の板。
「最初は宮殿にいたんだぜ。賓客だから」
(子供のいた気配? 本が、々と……が一つ。なんて暗い部屋)
イザークはぱらぱらと本を捲りながら、息を吐いた。
「だが、利用しようとする者が出て來た。ラムセスに祖國の怨みを吹き込み、戦わせようとする悪の民。先導したのが、クフだ。小さかったが関係がない。クフは自ら國を手にれ、父を消そうと何度も試みているんだ」
イザークは自嘲を繰り返した。
「テネヴェの民の中には、善悪の分からない人間が紛れて生まれる。大昔に悪魔に刷り込まれた悪の伝子を持っている人間をヴァベラの民と呼んだ。生まれつきのヤツもいるし、目覚めたヤツもいる。クフは、――後者のほうだな」
ティティはクフを思い浮かべた。口調もコロコロ変わるし、人格も不安定さがあった。笑顔は能面のようにり付いている。元に戻そうとした本に気付いた。
「あ、それ、知っているわ。アケトアテンの歴史書」
ラムセスは、ここで歴史を調べ、侵略を企てたのだろうか。でも、引っかかる。
(いくら、わたしがいたからって、王と王妃をイザークに任せて殺害しないなんてあるのだろうか。ラムセスは何が目的で侵略をしたのか。ううん、もしかすると)
國に戻りたくて、歴史書をくまなく読んでいた年の姿は容易に想像がつく。
(ごめんなさい。わたしは王子たちの運命の過酷さなど知らず、宮殿で笑っていたわ)
「おまえとラムセスは間違いなく兄妹だ。ラムセスも、多分、家族を求めて――」
イザークはそれ以上は告げず、また夜空の元へ歩んだ。
***
「サアラの星墮しが見えない。マアト神が世界に來る」
ティティはイザークの大きな手を握りしめた。
ずっと持っているらしい甲蟲石はやはり変なだ。(わたしも)とティティも手の中に甲蟲石を同じように押し込めて、手を重ねた。
――裁かれるだけなら、わたしたちは、どうしてここに生きているの。あのオベリスクが元に戻れば、何かが変わるのだろうか。できるの? こわい――……。
「呪なんか、知らなきゃ良かった」
ぎゅ、と手を強く摑むと、イザークは気付いてティティを覗き込んでくれる。もうティティは知っていた。イザークはティティの不安をすぐに察知してくれる。
塩湖の匂い。テネヴェとアケトアテンの大気は違う。白い水面は時折朱に反し、揺れていた。ぱき。かしゃん。割れた塩の結晶が足元で音を立てる。湖は濃度が高いのか、鏡のように淡くっている厳かな雰囲気。今なら、素直になれる気がする。
「ネフトさまが言ってた。人は心とを同時に結びたがる生きものだと。今なら分かるよ。こうやって手を結ぶのも、とを繋ぐことで、今度は抱き締められたくなる。うー、上手く伝えられない」
イザークは両手でティティの頬を包み込んだ。二人の手から甲蟲石が転がり落ちた。
「その先は?」ティティは言葉を見つけられず俯いて、さっとしゃがみ込んで甲蟲石を拾った。「耳」とイザークの形良い耳元で片手を添えて告げ、頬を熱くした。
視線が合って、一度は逸らし、また灰と朱の眼を見る。イザークは珍しく眼を瞠っている。
(えへ、驚かせちゃった。そう、神さまがわたしたちの想いを裁くなら、わたしたちは、わたしたちで、わたしたちの想いを護りたい)
力強い塩の結晶を踏みしめる音。迷いのない手がティティをしっかりと導く。
「分かった。禮拝堂へ戻ろうぜ。優しく、する」
***
――証拠がしい。手を繋ぐだけでは、口づけだけでは足りない。わたし、変?
禮拝堂で、イザークは何度もティティの痛みを気遣った。小さな衝撃を超えて、ティティがイザークの全てをけれた瞬間すら、夜ののない殘酷な世界とを一緒に噛み締めた気がした。
「どこへも、行かないよね。ずうっと、一緒よね」
背中に回したティティの指は震えていた。
「行かねえよ。どこに、も」イザークもまた何度も言い含める。
潤んだ瞳の端に塩湖が映った。いずれは人間も、塩の柱になる。
「心とを同時に結びたがる生きもの……か。ネフトのやつ、とんだお膳立てを」
のわしは、しだけ罪のと、に包まれていた。
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