《本日は転ナリ。》11,學校
俺が教室の後ろのドアを開けると、現代文の授業が行われていた。そして案の定、クラスメイトから不思議なモノを見るかのような視線を浴びせられる。
……大丈夫、そんなこと慣れっこだ。
    俺はそう心の中で繰り返し、何事もなかったかのように席へ座った。
「えっと……瑠さんもう大丈夫なの?」
教卓からそう言った先生に「はい」と小さく答えると、俺は鞄から教科書を取り出した。
すると俺の橫顔に千優さんの小さな聲が響いた。
「瑠ちゃん、大丈夫?」
    よほど俺が男だった時は喋りかけづらかったんだな……と思いつつも、俺は微笑んで返答する。
「ごめんね、私あぁゆうの無理っていうか苦手でさ……その……千優さんありがと」
千優さんはし驚いたような表をしてコクリと頷いた。俺はそんな千優さんの一言にが溫かくなる。こんな俺にも優しくしてくれるクラスメイトが居たんだな、って。
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そしてふと前に目をやった時、俺の方を振り返っていた莉結と目が合った。俺は小さく手を挙げたが、莉結はそれに答える事なく前を向いてしまう。
なんだよ……冷たいなぁ。
そしていつもと変わらない、穏やかな時間が過ぎていく。
ふと窓の外に見える桜の木を見ていると、その枝に止まった小鳥がチロチロと囀って飛んでいった。
……あの鳥は自分の見た目なんてこれっぽっちも気にしていないんだろうな……結局、見た目を気にして生きてるのなんて人間だけ。
……時折、誰かの視線をじる事があったけど、俺は気付かないフリをして授業に集中した。
それからは、休み時間になっても好奇心旺盛なパパラッチ達は息を潛め、俺に話しかけてくる事は無かった。しかし、ふとした瞬間に耳にるのは俺についての話題……
聲を潛めて喋るくらいなら直接聞きにくりゃいいのに。
やはり瑠としての學校生活など、想像した通り、良いものでは無かった。そしてきっとこれからまた"いつも通り"の生活に戻るんだろう。それはそれで良いんだけど。
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    夕方のホームルームが終わると、俺の所にやってきた莉結が周りに目をやってから小さな聲で言った。
「なんか初日から大変だったね」
「結局こうなるんだよ、俺は」
「また"俺"って言った!」
「あ、ごめん」
「でも周りの子達ともきっとすぐ仲良くなれるよっ、頑張ろ」
「別にお……私はどうでもいいけど」
    すると、何処からか廊下をバタバタと走る騒がしい音が聞こえてきた。忙しない奴だなぁ、なんて思いつつ帰り支度を進めていると、教室の後ろのドアが勢いよく開いた。
視線は自然とドアに向けられる。するとそこには、息を切らし下を向いた子が立っていた。
その子はふぅ、と息を吐いてから顔を上げる。すると、思わず俺の口から「うわっ」と聲がれた。
「瑠ちゃんっ! やっほ!」
    麗の屈託の無い笑顔が俺へと投げかけられる。
すると麗は俺の側に駆け寄り、突然俺の手を取り、その両手で包み込んだのだ。
「言ってくれれば良かったのにっ」
「えっと……何を?」
「何をって、一緒の學校って事だよっ! 超可い転校生きたって聞いてさぁ、よくよく話聞いたら瑠ちゃんって名前だって聞いたからさっ! 思わず走って來ちゃった!」
    ……だからなんなんだ。
「そっか……えっと、よろしくっ! それじゃ……ばいばいっ! 莉結、行こ」
「ちょっと待ってよぅ! せっかく一緒の學校になれたんだし良かったら學校の中案とかされたくないっ? されたいよねっ! もちタダなんて言わないし……あっ、購買で何か買ってあげるからさっ」
押売業者かこいつは……
「あの……麗ちゃん、今日は瑠も疲れてると思うからまた今度でもいい?」
    気を利かせた莉結がそう言うと、麗はあからさまに殘念そうな表を浮かべて俺の顔を見つめてからこう答えた。
「うん……そうだよねっ、殘念だけど嫌われたくないし、そうするしか無いじだよねっ……うん、了解っ、楽しみに待ってるからねっ! んじゃ瑠ちゃんまたねっ!」
    麗はそう言うと、満面の笑みでウィンクをして、足早に教室を出て行ってしまった。
「臺風みたいな奴だな……」
「あの子いつもあんなじだよ? だけどなんかいつもよりテンション高いかも」
「あ、そうなんだ……」
    そんなどうでもいい麗の報を得て、俺たちは夕が差し込む教室を後にしたのだった。
「今日も疲れたぁ」
ようやく自分の家に戻った俺は、周りの目を気にする必要が無くなった開放に包まれていた。
「"瑠ちゃん一日目"お疲れ様っ」
「お疲れ……にしてもやっぱ自分の家って落ち著くよな」
俺はベッドの上で大の字に手足をばし、上下左右へとかして開放に浸ってみる。
「ちょっと、足開き過ぎっ! 普段から気を付けないとふとした時に出ちゃうんだからねっ!」
「いいじゃん、自分ちくらい。學校じゃ頑張ってたんだからさぁ」
「學校でも出來てなかったから言ってんじゃん……てかさぁ、の子らしい仕草と言葉遣いっ、それだけでしょ?」
「"だけ"って、十何年の癖はそう簡単に直んないの。まぁ……出來る限り気を付けるけどさ」
「ぜぇひっ、気を付けて下さいねっ! あ……そういえばさぁ、瑠のお母さんってこの事知ってるん……だよね?」
急に真面目な話題に切り替えた莉結の顔へと目をやると、心配そうな表を浮かべて俺……私を見つめてきた。そのまま私はそっと視線を下へと向けて答える。
「會ってないし、俺には何も連絡無い……普通、病院は一番初めに親とかに連絡するはずだから……知ってると思うけど。まぁ……やっぱ俺の事なんてどうでもいいんじゃないっ? 莉結が一番良く知ってんじゃん」
    俺の母さんは記憶が殘る頃からずっと……いや、父さんが死んでからだったか。仕事が生き甲斐のような人間になってしまった。朝日が昇る前には出勤していき、深夜遅くに帰宅する。それならまだいい方で、何も連絡もよこさずに家に帰ってこない日が何日も続く事だって良くある事だ。
勿論、生活の為に四六時中働いてくれている母さんの事は尊敬しているし、めちゃくちゃ謝している。
だけど……それだけじゃない気がする。
やはり俺のことを避けているような気がしてならないのだ。仕事が空いた日も何かと理由をつけて家を出て行く母に、いつからか嫌悪すら抱くようになった。
……きっと俺が邪魔なんだ。苦労ばかりかける"普通じゃない"俺が。
「瑠?    聞いてる?」
「えっ、うん! 私は別に気にしてないから大丈夫っ」
「そっか、まぁ瑠からもちゃんと話すんだよ?」
莉結はそう言うと、俺の顔を見て"ふふっ"と微笑んだ。
「え、なに? いま笑うとこ?」
「いやっ、何でも無いよっ、瑠」
    なんだこいつ。それでもやっぱ母さんとの事、気に掛けてくれてたんだな……
「まぁ母さんとは會った時にぶっつけ本番で話してみる。電話じゃなんて言ったらいいか分かんないし、直接このを見てもらった上で話したいし」
「そっか、瑠らしいやり方かもね」
「んなことより明日も學校か……今日も泊まってってなんて言ったら怒る?」
「えっ? 全然怒んないよっ! 瑠が慣れるまで何泊でもしてあげるっ。あ、おばあちゃんに言っとかなきゃっ」
何泊でもって……それは何か俺が恥ずかしいって言うか……まぁ莉結はそんな事何にも考えてないよな、きっと。
「ごめんな。何か一人になりたくないっていうか、別に寂しいとかじゃないけど……分かるだろっ?」
「分かるよっ、私に側に居てしいって事でしょっ?」
    俺は、そう言って無邪気に笑った莉結の言葉を否定できなかった。そんなを隠すように俺はを起こして莉結に不用なウィンクを飛ばした。
「よしっ、今日は初登校記念にピザでも頼むかっ!」
「ほんとっ?    やったぁ! えーっ何にしよっかなぁ……久しぶりだから絶対決めらんないっ! ねぇ、メニューとか無いのっ?」
ったく子供かよ。だけどそんな純粋なとこがいいんだろうなコイツは。
そんな莉結の姿を見て、夕と影が混じった小さなこの部屋に、あの頃の俺達が薄っすらと見えた気がした。あの頃にはもう戻れないけど、これから、あの頃みたいに何も考えずに生きるのも悪くないのかも、なんて考えてしまっていた俺は、結構寂しい奴だったのかも知れない。
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