《本日は転ナリ。》15,203

消えたい……消えてしまいたい。

俺は……何のために……誰のために産まれて……気持ち悪い……自分が気持ち悪いっ!

暗い夜道を、何かに追われる様に全力で駆け抜けた。

分からない、何も分からない。分かりたく無い……

すると、不意に力の抜けた足が小さな段差に引っかかり、俺のが宙を舞った。

それと同時に響く地面がれる音。

「痛っ……」

砂まみれの両手から、細い線を描いてが滴る。俺は立ち上がる気力もなく、地面に座り込んだままその手のひらを見つめた。

「えっ……瑠? 大丈夫っ?! どうしたのっ」

    々に砕けてしまいそうな俺の気持ちをそっと包み込んでくれるような、そんな聲が聞こえて顔を向けると、偶然か、それとも運命というものなのか……顔を上げた先に心配そうに俺を見下ろす莉結の姿が見えた。

そしてその瞬間、何故か俺の目に大粒の涙が溢れてくる。

しかし俺は、地面に視線を戻すと、「ごめん」と小さく呟いて立ち上がった。そして、溢れる涙を置き去りに、再び夜の闇へとその足を進めていたのだった。

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「瑠っ!」

    背中に響いたその聲も……もう、手の屆かない遙か遠い場所から響いているように思えた。

あれからどれくらい走ったんだろう……莉結は今……もういいや、そんな事。

滲んだ涙を腕で拭うと、目の前には見覚えのある巨大なコンクリートの塊があった。

「ここは……」

俺が辿り著いた先は莉結が昔住んでいた県営団地だった。

ここはし前に耐震基準を満たせないとかいう理由で取り壊しが決まり、今はもう人の気配は皆無だ。そんな場所へと足を進めていた俺は、無意識のうちに"あの頃の溫もり"を求めていたのかもしれない……

    あの頃……い頃の純粋な思い出。決して褪せることの無い、無垢で純粋な幸せに包まれていた頃の記憶。

    ………………

「りゆちゃんあそぼー!」

「あ、るいくん……はいっていいよ」

「あれっ……大そうじ?」

「………」

「今日はひとりなの?」

「うん……わたし、ひっこすことになったって」

「え?    あ、そっか……そうだよね……おじいちゃんのところ?」

「うん」

「じゃぁぼくの家ともっと近くなるねっ」

「うん……だけど、わたしはずっとこの家がよかった」

「お父さんとお母さんと住んでた……から?」

「うん……」

「そっか……じゃぁこうすればいいじゃん」

「え?    なぁに?」

「ぼくが大きくなったらこの部屋に住むからさっ。そうしたらりゆちゃんもいっしょに住んでいいよっ!」

「ほんとっ? ぜったい?」

「ぜったい!」

「ぜったいのぜったい?」

「ぜったいのぜったいのぜったいのぜったい!」

「なにこれぇっ」

「へへ、りゆちゃん元気でてよかった」

「うんっ! るいくんのおかげっ。ねぇねぇ」

「なに?」

「じゃぁ……約束のチューしよっか」

「むむむむむムリに決まってんだろっ!」恥ずかしいもん!」

「あはははっ、うそだよっ! るいくんったら顔がトマトみたいにまっかっかだよ」

    ……そんな過去の甘酸っぱい記憶がぼんやりと浮かんで……すぐに消えた。

……俺は、団地を囲ったバリケードの橫を無気力に歩いていく。先程の記憶の痕跡を辿るかのように。

そこで何かに導かれるように、ふと見つけた隙間を抜けると、懐かしい風景に囲まれる。しかし、"あの頃の記憶"が頭に浮かんでくる事は無かった。

そして気が付いた時には"203"と書かれたドアの前に立っていて、俺は心の中で"開く筈ない"と思いつつも、何かを確かめるようにゆっくりとドアノブを引いた。

……靜けさの中に大きな金屬音が響く。

    堅く閉ざされたドアから手を離すと、俺はドアに背を預けるようにして地面に腰を落とした。

そうだよな……もう葉う事は無いんだから。

   踴り場の開口部から見上げた空には、消えてしまいそうな三日月がぼんやりと輝いている。それをぼうっと見つめているうちに、思い出に囲まれた、この団地の中で人生を終わりにしても悪くないかな……なんて思えてきた。

いや……もう、いいや。なんか……疲れた。

そう思った時だった。"タンタンタン"とコンクリートの壁に乾いた足音が反響するのが聞こえた。

俺はその音に、追いかけっこをして遊んでいた昔の俺達の姿を彷彿させられた。

    …………

「るいくんまってぇー」

「またないよーだっ!    タッチできたらオニ代ね!」

    ……

「瑠っ! ねぇ! 瑠っ!」

    次の瞬間、俺の目に映ったのは"あの頃"の莉結。俺を見つめる、無邪気な笑顔だった。

「……りゆちゃん?    ……ごめんね」

「なに言ってんの! 大丈夫ッ? とりあえず帰ろっ! ほら、肩かして」

懐かしく思えた"もう一人の莉結"の聲に続いて、い頃の俺の聲が聞こえる。

「おねぇちゃんっ、どこ行くの? 離れちゃだめだよ……きっと、嫌なことたくさんだよ?」

    ……私だって戻りたくないんだよ。現実に……

「じゃぁ鬼ごっこの続きしよっ! ……よーい、すたーとっ!」

その聲と共に、俺の意識はすぅーっと闇の中へと吸い込まれていったのだった。

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