《本日は転ナリ。》28.山田先生はキザだがいい人

……遠くで誰かが呼んでいる。よく聞き取れないけど、何だか優しくて溫かい。

瑠っ! ねぇ、瑠っ……」

「莉結……?」

「ねぇ……あれって」

そう。あれは間違いなく私の鞄。今朝、バスに乗る前に預けて、みんなの鞄と一緒に宿泊棟に降ろされているはず。

「ねぇ! あの鞄、瑠のだよね……」

間違いなく私の鞄だと分かっているはずなのに、私は頷く事ができなかった。だって……まだ私のだって決まった訳じゃ無い。私の鞄があんな所から出てくるはず無いから。

「これ誰の鞄だ! 誰か知ってる者はいないかっ?」

山田先生が聲を荒げている。でも……"はい! 私のかも知れません"なんて言える訳ない。

瑠……ちょっと別の場所行こ」

莉結に手を引かれ、力のらない足を何とか進めて歩いていくと、私達は宿泊棟のロビーへとった。

そこにはソファーが幾つか並べられていて、そこに座っていた保健室の先生が、私達の存在に気付いて立ち上がった。

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「どうしたの? 合でも悪くなっちゃった?」

すると、莉結は私をソファーへと座らせ、「この子合が悪いみたいなので、ここで休まさせて下さい」と先生に言った。

「それじゃぁ橫になってていいわよ」

私がソファーに橫になると、先生が側に來て、優しくブランケットをかけくれた。そして額にそっと手を當てると、先生は自分の額にも手を當てる。

「熱は無いみたいね。貧気味だったりする?」

「いえ、別に」

私が素っ気無く答えると、莉結は「多分橫になっていれば治るので大丈夫です」と付け足した。

「そう……じゃぁ貴は戻って良いわよ」

莉結が居なくなる事に不安を覚えた私がを起こそうとすると、莉結が私のをそっと戻して口を開いた。

「あの……私も心配なので側に居て良いですか?」

すると先生は優しく微笑んで「貴が良いならそうしてあげて」と言って元居た場所へと腰を下ろす。

「ったくなんて事するんだ、最近のガキは……」

ふとそんな聲が聞こえて來て、り口に目をやると、険しい面持ちの山田先生が私の鞄を手にってくるのが見えた。しかし、先生は私達に気付くと、途端にいつもの優しい顔つきに変わった。

「どうした? 合でも悪いのか?」

山田先生はそう言って、私の鞄を床へと下ろすとし離れた場所に座った。

私がその鞄を確かめる為にを起こそうとすると、先生は「気にすんな」と言って、手を振って"いいから寢てろ"と合図する。

「すいません……その鞄、よく見せてもらっても良いですか」

私がそう言うと、先生は眉を上げる。そしてゆっくり立ち上がって「誰のか知ってんのか」と言って鞄を私の側へと置いた。

……それは、間違いなく私のものだった。焚き木が刺さってしまったのか、鞄には無數の傷や小さなが開いていた。それを見た私は、々なが溢れてきて……気が付くと頬に涙が伝っていた。

……最近、私泣いてばっかだな。

それが、になったせいなのか、々な事があったせいなのかは分からない。だけど、今の私に、溢れ続ける涙を止める事は出來なかった。

そんな私の姿を見た先生は、私を見つめたまめ「そうか……」とだけ呟く。

そして、私達の向かいに座った先生は、いつになく優しい口調で語り出した。

「俺はな、二十年教師をやって何百人と生徒を見てきたけどなぁ、やっぱりどうしようもない事する奴もいるんだよなぁ……靴隠したり、教科書破ったり。なんでそんな事しちまうのか俺にはさっぱり分からん。だけどな、その加害者側のやつっていうのも自己表現が苦手な可哀想な奴なんだと俺は思うんだよなぁ……」

私は震える聲で聞き返す。

「自己……表現ですか?」

「そう、自己表現だ。要は自分の思ってることを上手く言葉にして相手に伝えられないから、そういう嫌がらせみたいな事でしか自分の気持ちを相手にぶつけられないんじゃねぇかなぁってな。だって考えてみろよ? わざわざそんな事しなくたって"俺はあんたのどこそこが嫌いだ"って直接言えるような奴だったらそんな嫌がらせしないだろ?」

「まぁ……それは分かる気がしますけど」

「だからそう言う奴も自分の気持ちの表現の仕方が分からなくて、自分の気持ちを素直に伝えられなくて、苦しんでんじゃねぇかなぁ」

すると、莉結が拳をギュッと握って、先生に向かって怒りをわにする。

「それでも酷すぎます! 瑠はなにも悪くないのにっ! そんな事する人なんて何も可哀想じゃないです!」

「そうだな。瑠さんは何も悪くない。だから人間ってのは難しいんだよなぁ……自分が直せばどうにかなるような事ばかりじゃないからなぁ……結局はこれだけ沢山の人間がみんな仲良くって訳にはいかないって事だろうな」

すると、何かの書類を書いていた保健の先生が、し呆れた様子で顔を上げた。

「結局、山田先生は何を仰りたいんですか?」

「いやぁ……こればっかりは決まった答えってもんが無いですからねぇ、いくら教師の自分でもよく分からんのですわ! ははは! そういえば……これをやった奴に心當たりとかないのか?」

山田先生の表が急に真剣なものへと変わり、私の目を真っ直ぐ見つめてそう聞かれる。

「全く。検討もつかないです」

「そうか……そういう勝手な奴もいるからなぁ。また何かされたら言えよ。あと、鞄の中だけ後で確認しとけ。何か無くなってるものがあったら榊原先生でも俺でも良いからすぐ言いに來い」

「あぁ……はい」

すると山田先生は、ソファーから立ち上がり、し足を進めた所で立ち止まった。そして、前を向いたまま、こう言った。

「お前は悪くない。お前が落ち込むことはないからな。お前をよく思ってない人間が一人居ても、お前をよく思ってる人間は沢山居るからな。そん中の一人は俺だ。忘れんなよ」

そのキザな言葉に私はしだけ勇気付けられた。

……なかなかいい事言うじゃん、山田先生。

山田先生が立ち去った後、ふと目が合った私と莉結の顔には、いつしか笑顔が戻っていた。

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