「ごめんなさい……でもこうするしか無いの」

すると突然、顔に冷たいが広がった。それは……そう、霧吹きで顔に噴されたような、そんな覚。

そんな事を考えているうちに、自分の意思に関係無く、私はを地面へと打ち付けていた。

倒れる、そう分かったのに手が……がかなかった。中にピリピリとした覚が走っていて、例えるなら、中が正座をし続けて痺れた足先の様な覚なのだ。

人形のように地面へと倒れ込んだ、混が解けないままの私の視界に天堂さんの靴が映ると、すっと影が広がり、耳元に囁き聲が響く。

「ごめんなさい……トイレの件や鞄の件は、気付いたら"私が"してしまっていたの。貴は何も知らないまま終わらせてあげるつもりだったけれど……すぐ終わらせるわね」

次の瞬間、剎那に響いた天堂さんの小さな聲と共に、私の顔にらかな土の冷たいが伝わる。するとそれと同時に、聲にもならない悲鳴のようなものが私の耳へと屆き、それに続いて電波の悪いラジオのようなの子の聲が聞こえた。

「あら……、どうして來てしまったの？」

天堂さんの冷たい聲。それから地面を後退りするような音。そしてその直後に微かに聞こえた天堂さんに助けを求める聲が、その正がほのかさんである事を私に認識させた。

再び聞こえたスプレーのような音に続き、落ち葉の潰れる音と同時に私のへと伝わる振。私の心臓はストッパーが外れてしまったみたいに荒打ち、頭の中には倒れ込むほのかさんの姿がぐるぐると渦巻いた。

「貴に恨みは無いのだけれど……、二人仲良く崖の下で眠ってもらうわ」

その悪魔の囁きの直後、小さな悲鳴と共に何か固いものが私の背中を二、三回突いた。天堂さんだろうか、もがくような吐息と服のれる音が響き続けている。するとまた聞いた事の無い、今度は低い男の聲がした。

「神経系の毒か何かか……」

それは明らかに聞き覚えの無い壯年者の聲だった。私は更なる恐怖を覚え、やっとの事で視線を聲のした方に向けた。すると視界の端に暗いの服を著た大きな男と、その腕を首元に回されもがく天堂さんの姿がぼんやりと映ったのだ。

「ねぇ！　やめてっ、汚い手でらないで！　私は……健太くんっ、助けて」

天堂さんが必死にもがいている。しかし所詮はの力だ。大人の男に勝てるわけもなく、風に揺れる風鈴の短冊のように、天堂さんの手足だけが宙を舞っている。すると男は、その腕でギュッと天堂さんの首元を締め付けると、聲を潛めつつ、それでも力強くこう言った。

「黙れっ！　靜かにしろっ！　大人しくしないなら殺すぞっ」

よく見ると、男の手には鈍いを反する刃みたいなものが握られていて、その男の表からは、極度の疲労と興狀態が伺える。そうなるときっと……、いや間違いなく逃亡中の強盜犯だということになる。最悪の展開だ。どう転んでも私にはこの森を生きて出られる気がしなかった。

痺れは治りつつあるが、まだにうまく力がらない。あともうしだけ……。私はそう神に願って何事も無く時間が過ぎてくれるのを待った。

「殺したければ……殺せばいい」

突然聞こえたのは天堂さんの聲だった。あのトイレで聞いた、低くゆっくりとしたあの聲だ。

「私を殺せば必ず貴方は捕まる。どうせ私はここで死ぬつもりだったんだから、強盜犯に殺された悲劇のヒロインってのも悪くないと思うの」

森の中に、小さな気味の悪い笑い聲が響く。死ぬつもりだった……？　私はなんだか遣る瀬無い気持ちに包まれる。私を殺して、自分も死ぬ？　そんなの許せるわけがない。すると私は、にまだ殘る痺れをじつつも、男に向かってこうんでいた。

「人質なら私が代わる！　だから……その子を離して！」

そう言うと、男と天堂さんの視線が私に向けられる。

「なんで…….？　分からない」

天堂さんが私を真っ直ぐ見つめる。その瞳には様々ながり混じっていて、不思議なその覚が私の脳裏にはっきりと刻まれる音がした。

すると鈍い音と共に男の腕から天堂さんのが地面へと崩れ落ちる。そしてゆっくりと私を見た男が、震えた聲でこう言った。

「そう……だな、君の方が良さそうだ。大人しくしろよ……來いっ」

こうして馬鹿な私は、自ら強盜犯の人質となってしまったのだった。