《本日は転ナリ。》42.重なる影

私が男の側に歩み寄ると、太い腕が私の首の後ろを通って顎の下を回る。男の服は泥塗れで、土と汗の混ざった嫌な臭いが鼻に香る。下から見上げる男の顔は、無髭で覆われていて、元々はも白い方なのだろう、黒く汚れたに、所々地の白さが目立つ。男は走った目で辺りを見渡すと、二、三回瞼を強く瞑ってから足場の悪い森の中を進みだした。

「おじさん寢てないの?」

暫く歩いた所で思わずそんな事を口にした。不思議とこの男に恐怖心を抱かなくて、それが直前に天堂さんに殺されかけたからなのか、この男に殺気をじないからなのかは分からない。

すると男は私の方をチラッと見て「寢れる訳……無いだろ」と言った。

男の荒い息遣いと針葉樹の葉や枝が積もった斜面を踏み締める音だけが響く中、先の見えない森の中をあても無く進んでいく。

「おじさんは逃げ切れると思ってる?」

私がまたそう言うと、今度は私を見ずに「うるさいっ、黙れ」とし聲を荒げて言った。それでも私は懲りずに、し間を開けてこう言う。

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「警察の人、沢山居たよ?」

返答は無かったが、きっと捕まる事は自分でも分かっているんだろう。その表には、焦りと恐怖、そして後悔のり混じっているような気がした。

「ねぇ、何で強盜なんてしたのっ?」

強盜という一言に、男は一瞬驚いたような顔をして私を見た。でも、その瞳は私を見つめているのに、何処か違うを見ているような、不思議な……優しい目をしていた。

「君には……関係の無い事だ」

それから男は私の問い掛けに答える事は無かった。無言のまま木々の間を抜け、道無き道を進んで行く。

地面は積もった葉に覆われていて、何処からか水が湧いているのか葉の表面が濡れているのが分かる。當ても無く彷徨い続けるこのおじさんは、何を思っているのだろう。

すると、ふとした拍子に足をらせてしまう。ガクっとバランスを崩した私は、そのまま地面に……倒れる事はなかった。

「さやっ……」

その太い腕でを支えられた私は、おじさんが言い掛けた言葉の意味を考えていた。

「ありがと……」

犯人に対してお禮を言うなんてどうかしてる。そう思いつつも、相変わらず無想な男を見上げた。

「おじさん家族は?」

その言葉におじさんのが反応した。それを隠すように私を睨んだその目は、何故か寂しげだった。

そして、進む先に警察の気配がして道を戻る、という事を二回程繰り返した時、そろそろ時かな……と思った私は賭けに出た。

「お父さんっ」

そう言った瞬間、おじさんのが大きく反応した。やっぱり、この人、子供が居るんだ。私と同じ歳くらいの子供が。

そしてその一瞬の怯みを私は見逃さなかった。の力を抜き、重心の移で男の腕をすり抜けると、その勢いを利用して男ののバランスを崩す。

「ごめんっ、私っ、元男だからっ!」

そう言いながら倒れかかっているおじさんの鳩尾へと私の全重を込めた肘を打ち込む。するとおじさんは、変な聲を上げて膝を著き、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。

私は男が気を失った事を確認して、男の攜帯を手に取ると、切ってあった電源をれた。

「やっぱり……」

ロックも掛けていなかった攜帯の待畫面には、私と同じ歳くらいのの子が無想にピースサインを作っていた。

……だってさぁ、私の事人質にしてる癖に優しく扱いすぎだって。

きっとあの男はこの子と私を重ねて酷いことができなかったんだろう。でも、その中でもじた"父親"の雰囲気は、何だか私の昔の記憶が蘇ってくるみたいで、なからずとも私に親子という覚を思い出させてくれた事は確かだ。強盜犯と人質なのに……頭おかしくなっちゃったのかな。

そして私は、"娘"として、男の攜帯を手に取ると、倒れたままの男にこう言った。

「もう目、覚めてるんでしょ? そんなに長く気絶するような事してないしさ。ねぇ……おじさんっ、警察に電話掛けるからあとは自分で言ってよ? その方が罪軽くなるだろうからさ。ま、この子に免じて人質になった事は言わないでいてあげる」

そう言うと、私は一、一、〇、とボタンを押し、電話が掛かったことを確認してから男の口元へと攜帯を置いてその場を去ったのだった。

……そして、事件は一件落著。付近を捜索中だった警がすぐに駆けつけ、この騒は無事終わりを告げた。

私はあれから天堂さんの元へと戻った。肩へ腕を回して何とか立ち上がり、歩き出そうとしていると、タイミング良く、莉結とほのかさん達が戻って來た。

もちろん莉結達は何も知らず、ほのかさんも、天堂さんに"協力してしい"と言われて、何も聞かずに私達を二人きりにしたのだそうだ。

そして私は、莉結には全てを話したけど、他の人には何も無かった事にしておいた。もちろん警察にも天堂さんやあの男の事は言わないつもりだ。

だって全てはけ取り方次第。私は別に被害者だと思ってはいないから。

でも、そんな風に自分に言い訳をしているだけで、本當は自分がそんな目に遭ったって事を隠したかっただけなのかも知れない。

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