《本日は転ナリ。》43,の闇
「おはようございます。お嬢さん、時間です」
今日も無機質な聲で目が覚める。目が覚めると言っても、その聲が私を夢の世界から連れ出したって訳じゃ無い。夢と現実の狹間から、し現実寄りの所で心地良く微睡んでいた私を、その不快な聲が現実世界へと突き出した。
そして、目を開けると"いつもの顔"がこちらを見て、気味悪く口だけがいていた。
「本日からお嬢さんも高校生です。もう大人として區別されてもよい分です。今までよりも節度ある行をお願い致します」
……普通は學おめでとうとかじゃないの? ま、どうせ父さんに"こう伝えておけ"とでも言われて、それをそのまま再生しているだけの機械人形だからしょうがないかしら。
思わずグッと寄ってしまいそうになった眉間を無理矢理引きばすと、私はその心が表に出ないように奧歯に力をれた。
それにしても"お嬢さん"って呼び方、本當に嫌い。
私には天堂彩(てんどう あや)っていう名前があるのに、このお人形はそんな事も知らないのかしら。お嬢さんなんて……今の時代、子供騙しの語でしか呼ぶヤツなんていないのに。
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「いつも有難うございます。お言葉の通り節度ある行を心がけます」
わざとらしく丁寧にそう言いながらも、頭の中で何度も目の前の"人形"を滅多刺しにしてやった。
こうしていつものように寢起きの悪い朝を迎えさせられた私の高校生活は靜かに幕を開いた。
田舎とも都會とも言えないこの地域で、その名前を見ない場所は無い程のゼネコン"天堂建設"。その代表取締役社長の肩書きを背負うのは、私の父親である天堂誠一(てんどうせいいち)だ。そしてその右腕である代表取締役専務の地位を與えられた天堂由子(てんどうゆみこ)は、一応私の母親。っていうのも紙切れの上での話で、本當の子供として扱われているのは仕事の出來る……いや、利益を生み出す社員だ。
あ、そういえばあの二人には子供が居たっけ。名前は……お姉さん。
"アナタ"の姉である"お姉さん"は昔からずっと天堂夫妻の子供として育てられた。よくある話。できる姉と落ちこぼれの妹。
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笑っちゃうくらいよくできた話。
才兼備のお姉さんは、言葉の通り誰にでも好かれていた。そう、私からも。
でも、お姉さんは私の事など気にも留めず、まるで同じマンションに住む他人のようだった。
そのうちに、私の中で"お姉さん"の呼び名は、姉妹の意味合いから年上のを指すものへと変わっていった。
學校では"金持ちのお嬢様気取り"、家に帰れば"出來損ないのお嬢様"。
高校生になったら、學校だけでも普通のの子として過ごせると思っていた。だから私は中學の同級生が誰一人行かない高校を選んだ。
でも世間はやっぱり狹かった。そんな淺はかな願いも、"どこかの馬鹿"によって壊される。
學早々、私の事をこの學校の子に喋った奴がいたみたいで、見ず知らずの他人であるにも関わらず、"お嬢様のクセに頭が悪い"なんて理不盡な事を広められた。
それも結局は親が金持ちだからって僻んでるだけってのは自分で分かっているけど、実際は親としての役目を果たしていない人達の子供として扱われているのが不快だった。
私の父は、軍人だった曽祖父の影響を濃くけた祖父に育てられた事もあって、一昔、二昔前の父親がそのままタイムスリップしてきたような人だった。理論で語るよりも先に手が出る。カッとなって頭ごなしに怒鳴りつける癖に自分が間違っていても態度は絶対に変えず、時には"教育"と言って理不盡な拳を振り上げた。
そんな家庭で育てられた……いや、育った私は、両親どころか誰に対しても自分の気持ちを伝えることができなくなった。
"アヤ"以外には。
私には"アヤ"がいる。どんなことでも優しく聞いてくれて、私の気持ちを唯一理解してくれる家族が。
そして、時にはアヤは私が言えないことも代弁してくれた。臆病な私の前へと立ち、私を庇ってくれるその姿は、まさに私だけの"お姉ちゃん"と言えた。
そんな私にもある日、転機が訪れる。ある男の子が私の事を好きだと言ってきたのだ。こんな私の事を好きになるなんて有り得ない、そう思った私はアヤと相談をして……、斷った。
それは正しい判斷だと思った。私の事を何も知らないで好きなんて言ってくるなんて、きっとそれは私の親が金持ちだから。でも、その男の子は何度斷っても告白をしてきて……、ある日こんな事を言ったのだ。"天堂さん、天堂さんってあの天堂建設の娘ってほんと? "と。私が、そうよ、と答えると、その男の子は何故か深く頭を下げて"全部忘れてくれ"と謝ったのだ。
その男の子こそが、今、私の橫でお弁當を食べてる健太くんっ。
健太くんはサッカーが凄い上手くって、よく分からないけど県で一番だという。
私の王子様にぴったり、そう思った。
私はどんどん健太くんに惹かれていき、遂にはもう健太くんが居ない人生なんて考えられない程になっていた。
珍しくアヤも健太くんの事を好きになってくれたみたいで、寢る前には健太くんの良いところを二人で話したりもした。
毎日電話して、一緒にお弁當食べて……クラスが違う事が本當に辛い。
だけど晝休みには健太くんがきてくれる。
私のモノクロだった毎日に虹のパレットが落とされた。
必要にされているってこんなにも幸せなんだ。
私の心は日に日に幸せに満たされていた。
付き合い始めて半年が経つ頃、健太くんと會えない日々が増えていった。
サッカーが忙しいって。最近はサッカーばかりで何も會えていない。電話もメッセージも前より返信がなくて、私のが締め付けられる回數が増えていった。
それでも、もうすぐ林間學校がある。部活も無いこの機會に、二人で行して想い出を作ってやり直せばいいって思っていたのに。
それは林間學校前日の夜だった。突然健太くんからメッセージがる。高揚も束の間、畫面のバナーに見えた"ごめん"の文字に、私の心臓が鼓を早めた。
震える指で容を確認すると、私は悲鳴にも似た聲を上げて攜帯を放り投げた。
"ごめん、別れよう。本當に勝手なこと言ってごめん。自分でも最低だと思うけど、どうしてもこの気持ち抑えれなくて。
転校してきた瑠って子の事一目見て好きになった。彩の事は嫌いになったわけじゃないけど。俺、ハンパな気持ちで付き合ってられないし、噓つきたくもないから正直に言うけど、林間學校んとき告白するつもりだから彩には伝えておかなきゃと思って"
し気持ちを落ち著かせてから、またメッセージを読み返した時、このの震えが先程とまた別のだと気付いた。
……怒りだ。しかしそれは、言わなくてもいい事を馬鹿正直に文字にして送りつけた健太へのものでは無かった。
神様なんて信じない。存在していたとしても私がこの手で殺してあげる。
私の幸せを奪うなんて許さない、転校してきたならまた転校すればいい。"部外者"は私の世界にらせない。
……絶対に許さないから。
私の中でアヤが大きくなっていくのをじた。臆病な私は、アヤに全てを託し、溢れる涙を揺りかごに眠りについたのだった。
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