《本日は転ナリ。》53.天堂家
心臓の鼓がはしゃぐ仔馬のように飛び跳ね続けている。額にはひんやりとした汗が薄らと広がっていて、手足の覚が遠くなっていく。生きて帰れますように……。ついそんな事が頭に浮かぶ。何バカなこと考えてんだろ、私。
「お邪魔します……」
大きな白い玄関ドアを開けると、ひんやりとした空気と共に嗅いだことの無いハーブみたいないい香りが私を包み込む。それと同時に私の目に映り込んできたのはアパートの小さな部屋くらいはある玄関だ。その大きさに唖然とする私たちを他所に、天堂さんはキラキラと輝く白い石張りの床にたおやかに靴を揃えると、どうぞ上がって。と玄関にき通った聲を響かせた。
その聲がすっと上に抜けていく気がしてふと頭上を見上げるとそこは大きな吹き抜けになっていて、その空間の先には巨大樹の花の蕾みたいな照明がぶら下がっていた。
私はその蕾をジッと見つめた。薄暗いせいでよく見えないけれど、ガラスで造られたであろう蕾に似せた電燈が三つ。その上部には細かな彫刻が施された大きな葉が並んでいる。すると突然、天堂さんの手によってその照明を落とされるんじゃないか、なんて有りもしない妄想が浮かんできて、私はそそくさと靴を揃えてその"罠"の下から避難したのだった。
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玄関からびる広い廊下には、この家に見合った高そうな壺や絵畫が館かのように飾られていて、それは彼の家が稀に見るようなお金持ちなんだということを語っていた。それは私たち凡人との経済的な格差だけじゃなく、どんな事でも権力や金で捻じ伏せる事ができてしまいそうなそんな圧力を私に與えた。そう、ここで何かあっても何も無かった事に出來てしまうようなそんな事でさえも。ただ、そこは"家"というよりは何か別のモノ……、上手く言えないけど私の知る"家"というものとは何かが違うようにじた。もちろんお金持ちの家だから裝や建の造りは立派なんだけど、それ以外……、お金とか趣向なんかとは関係の無い何かが。
天堂さんと麗に続いて廊下を進んで行くと、突き當たりにドアが一つ見えてくる。そして天堂さんは私たちを振り返る事なくそのドアをゆっくりと開く。
ここが天堂さんの部屋かな……?
私は張しつつも、一度深呼吸をしてから部屋の中へと足を踏みれる。すると視界の端に、何故かドアの側に付けられている 木札が映った。
"Aya's Room"
木でできたアルファベットがり付けられた木札は、可らしい花やくまのキャラクターなどで飾りづけされており、それは私の描く天堂さんのイメージにそぐわないものだった。
「って。散らかっているけれど」
部屋の中に目をやった瞬間、私は言葉を失ってしまった。何故ならその部屋は想像を遙かに下回る狹さで、今ここに辿り著くまでにあったどの部屋とも比べにならない程小さかったのだ。まるでそれは置部屋。必要の無いモノを仕舞い込んで置く為の小さな空間……。いや、そんな事はどうだっていい。私の視線を縛りつけたもの、それはその部屋を埋め盡くすように並べられた異様な數のぬいぐるみ達だ。
「わぁっ、可い部屋」
タイミング良く麗がそう言うと、私は我に返ってうんうんと相槌を打つ。すると天堂さんはし照れ臭そうに視線を逸らして微笑んだのだ。そんな、天堂さんの意外な仕草に、彼への警戒心がし和らいだ気がした。
すると彼は私を見つめてこう言った。
「ちょっと手伝ってくれる?」と。
その一言で私に張が走る。それに気付いたのか莉結が慌てて口を開いた。
「えっと、じゃぁ私も手伝うよっ」
しかし天堂さんはし間を開けてから、「瑠だけでいいわ」と言って再び私へと視線を戻す。
指名……か。やっぱりまだ私に恨みでもあるのかな。
そこで私の脳裏に浮かんだのは今見たばかりの彼のらかな表。私には、あれは自然なだった様に見えた。私に何かしてやろうって人間にあんな表ができるだろうか。そう考えると、この頼みも単純な意味合いで言っているんじゃないかって思えてくる。そうであるのならば、私は天堂さんに失禮な事を考えてるんじゃないか。
「いいよ莉結、大丈夫だから。ねっ? 」
莉結は私の言葉に納得していない様子だったけど、ゆっくりと頷いてから私の目を真っ直ぐに見つめてきた。きっと莉結も天堂さんが本當はいい子なんじゃないかって思っているんだと思う。それで私も同じ事を思っているって事も気付いている。莉結の目はそう言っていた。
天堂さんに続いて部屋を出た。いつの間にか廊下は照明のに照らされていて、歩く度にゆらゆらと靡く天堂さんの明るい髪が絹のように煌めき、玄関で嗅いだハーブみたいないい匂いとは別の甘い香りがその髪から風に溶け込んで私の元へと運ばれてくる。一どんなシャンプーを使ったらこんなに綺麗な髪になるんだろう、なんて考えていたら突然天堂さんが振り返って、驚いた私は、つい「なんでもないよっ」なんて言ってしまった。別に何か言われた訳でもないのに……。でも、それを聞いた天堂さんがまたし微笑んでいたように見えたのは気のせいだったのか、の加減だったのか……、でも私には優しく微笑んだその口元が殘像の様に殘っていた。
「悪いわね」
天堂さんに連れられてきた部屋はキッチンだった。まるで生活の無いその部屋は、キッチンと呼ぶにはあまりにも広く、今まで使ったことがあるのかと疑問に思ってしまう程に整然としていた。
「紅茶を淹れるから運んで頂戴」
彼はそう言うと、壁際にある目線くらいの棚の戸を開けた。でもそこには高そうなお皿が數枚積み重ねられているだけで、紅茶のカップやポットは見當たらない。そしてその作が何度か繰り返され、やっと紅茶のポット、そして茶葉とティーカップが私の前に揃えられた。きっと天堂さんみたいな子はこういう事自分じゃやんないのかな、なんて思いつつも、平常を繕う天堂さんが可らしくも思えてくる。
「じゃぁ先ずはこれを……」
天堂さんが紅茶を注いだティーカップを私へと差し出した時だった。
あれ、なんで俺こんなに女子から見られるの?
普通に高校生活をおくるはずだった男子高校生が・・・
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