《本日は転ナリ。》59.2nd Love

部屋に戻るとすぐに莉結と目が合った。そして安堵したように「おかえり」と言った莉結。しかし何故か私は「ごめん、トイレ借りてて」なんて噓をついてしまう。

その言葉に反応したのは天堂さんだ。獨り言のように小さな聲で"優しいのね"と呟くのが聞こえた。

別に私は優しくなんかない。ただ、天堂さんのめた心を知ってしまったような気がして、罪悪とまではいかない鬱々としたような気持ちが纏わりついていて、それを誤魔化す為に噓をついたのだ。

それからは麗が一方的に話しかけては天堂さんがさらっとした返答をする、という事が何度か繰り返され、"友達の家に來た"とは言えないようななんとも複雑な空気で時間は流れていった。

「じゃあそろそろ……」

遠慮がちにそう切り出したのは莉結だった。想の無い返答に飽きてきたのか、麗もそれに乗るように腰を上げる。

そして、それとなく帰る雰囲気になった私達がそれぞれに殘った紅茶を啜り始めた時だった。

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「最後に瑠さんとお話ししていいかしら?」

聞き逃してしまいそうな程に小さなその聲には生気が無く、私にはそれが"最期"と聞こえてならなかった。

「えっ、うん。それじゃぁ莉結と麗さんは先に玄関行ってて」

私はそう言って二人の背中を軽く押すと、莉結にぎこちなくウィンクをして大丈夫だという事を伝える。

「うん……、じゃぁ玄関で待ってるね。麗ちゃん行こ」

扉が閉まる直前まで私に送られていた莉結の視線には不安が漂っていた。でも、今は逃げたら後悔する。そう思えてならなかった。

「話って?」

足音が遠くなった事を確認して私は口を開いた。

「見たでしょう? あれがこの家、私の住む場所の姿なの」

天堂さんは座ったまま、テーブルに殘されたカップを見つめている。

「天堂さんは……」本當の家族じゃないの? そう言いかけてやめた。でも天堂さんにはそれが分かったみたいに「実の子よ。姉も、私も」と天堂さんは言った。

「姉は素晴らしいわ。私とは違って」

その言葉でなんとなく理解できた。天堂さんは"普通"なのだ。私達と変わらない、秀でた能力も"一般"の範囲に収まっているごく普通の子。でもこの家の基準は普通では足りない。そう思った。

「そんな事……ないと思うよ」

我ながら何のする事もできていない酷い言葉だ。でも私は天堂さんの事を何も知らない。というより知ろうともしていなかった。

「やっぱり貴は優しいのね」

私は黙ったまま天堂さんを見つめた。別に私は優しい言葉なんか掛けていない。ただ曖昧な返答をしただけだから。

すると天堂さんの指がティースプーンを挾み、空になったカップを鳴らした。

「私はこのカップのようだわ。ただ注がれるのを待つだけ。長い間棚の奧に仕舞われていても自らを壊すこともできずにただその時を期待して待ち続ける。……哀れなものね」

「そんな事を言いたかったの?」

つい本音が出てしまった。ただ自分を哀れんでそれを私に聞かせたかったのか? 私に優しい言葉を掛けてしい訳でも無さそうなのに。そんな天堂さんの態度がし腹立たしくなってきた。

「そうよ。でも貴と出會って"彼"は変わってしまった。貴と出會ったから彼が変わってしまったと言うべきかしら」

「彼って誰? 天堂さんじゃないの?」

「私……であって私ではない存在……。それでも私には掛け替えの無い存在よ。そうでしょ?」

天堂さんは私には視線を向けずにそう言った。まるで橫にもう一人誰かが居るみたいに。

「話が全然見えてこないんだけど……。何が言いたいの?」

「今日も貴は此処へ來た。私は貴を消そうとしたっていうのに」

「もう気にしてないから。話は終わり?」

「ひとつ、聞いていいかしら?」

私は無言で頷いた。いい加減こんな無意味な話、終わらせてしまいたい。

「もし、この紅茶に毒がっていたとしたら?」

「私のだけなら悔しいけど諦める。だけど他の三つにもれてたんだとしたら……、今すぐ天堂さんを毆ってやる」

すると天堂さんは微笑んで「やっぱり貴は優しいわ」と呟いたのだ。

気がつくと私は天堂さんの両肩を摑んでいた。

「なんも優しくなんかないっつうの!」

腹の底から聲を捻りだし、華奢な両肩を力一杯握った。

すると俯いたままの天堂さんが小刻みに震えだした。かと思うと、口に手を當ててくすくすと笑い聲が聞こえてきたのだ。

そして凝視していた私の視線に、天堂さんの……、目に滴を実らせた笑顔が映った。

「そうね、そうよねっ。貴はそうなの」

そして肩に置いた私の腕を細くびた指が握る。

「私は貴の事をもっとよく知りたいわっ。好きよ、如月瑠」

それが、想像もしていなかった、天堂彩からの、私……如月瑠への告白だった。

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