《本日は転ナリ。》61.昔のジブン

あの頃……、私が"俺"で、まだ小さかった頃。その頃から母さんは仕事ばかりで、家に帰ってきたかと思っても最低限の家事をこなすとまた家を出て行った。

それでも昔の"俺"は母さんと會えるその僅かな時間が楽しみだった。

夕方の五時半前。その頃には學校の宿題や風呂、食事まで一人で済ませ、リビングのソファーで興味の無いテレビを付けたまま"その時"を待っていたものだ。

でも、いざ母さんが帰ってくると、それまで話したかった事や見せたかったものなどがに溢れていたのに、忙しそうなその姿を見ると……、何も伝える事が出來ない。

そして積み重なった想いが、母さんの足元に抱きついて離れないという行へと変わり、支度に忙しい母さんを困らせたのだった。

もっと一緒に居たい、もっと話したい。そう思っていてもそんな言葉が口から出ることはなく、それを汲み取ってくれるのをただ待つばかり。でも忙しい母さんにそんな私のを汲み取る余裕なんて無くて一方的な會話で終わる日々。

「それじゃぁお留守番よろしくね。ちゃんと歯磨きしてから寢るのよ。火と電気を消すのだけは絶対忘れないでね」

背中に向けられた視線など気付く事も無く、母さんはいつも通りそう言って家を出て行く。

……そんなあの頃の自分が玄関の隙間に見えた天堂さんに重なった。

天堂さんの家からの帰り道、そんな事を考えていた。し前を歩く莉結の背中がいつもより小さく見える。あんな事があったせいか、話し掛けようと口を薄く開いては言葉が出ずにまた閉じる、そんな事を繰り返した。

街の景が慣れ親しんだものに変わった頃には、空はすっかり暗くなり、雲の隙間にはぼんやりとした月が浮かび上がっていた。

「ねぇ、瑠

まだ寒い風が莉結の聲と共に私の鼻へとった春の香りをふっと屆けた。

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