それからしして麗と稚華さんがトイレに立つと、私はその隙に莉結の耳元で自分の考えを告げた。しかし、それを聞いた莉結の反応は思ったよりも薄く、顎に指を當て暫く考える素振りをした後にこんな事を言った。

「でもさぁ、それだけで決めつけるのにはなんか足りない気がするんだよね。だって瑠もそうだったけど、自分だけ人と違う事ってなるべく隠そうとしない？　病気だとか傷跡だとかは特に」

言われてみればそうかもしれない。だけどそんなのは人それぞれだと思うし、もし自分の持病が"世間の一般"と何ら変わりのないものとして認識しているのだとしたら気にする事は無いと思うのだ。それに、中には自己憐憫に浸りたいが為にわざと周囲の目にれるようにする人間だっているはず……だけれど、そう考えているうちにそれらが麗に當てはまらない事に気付く。そして莉結はそれを見かしたかのようにこう続けた。

「ねっ？　瑠もそう思うでしょ。麗ちゃんとはそんなに深い仲って訳じゃないけどさ、私は麗ちゃんが瑠と同じ病気とは思えないんだよね。だけどひとつだけ言うとしたら……」

莉結が付け足すように言ったそれは、私も気になっていたあの事だった。麗の會話にほんの僅かだけどじた違和。そう、それはちょっとした挙の違い。たぶん麗の一言一句一挙一に目を見張っていた私と莉結だから気付いた事。そしてそれを聞いた私はやっぱり自分のその疑念を晴らしたくなって、最後に一度だけ麗に確認を取ってみたいって事を莉結に伝えたのだった。

……麗たちが戻って來てから私はそのタイミングを見計らった。これはみんなの前じゃ言えない。だからどうにか二人きり、若しくは莉結を含めた三人になるタイミングが訪れるのを待った。もちろん待つだけじゃなく他の子たちと麗を引き離そうと々な策を講じ、実行に移したのだけれど……。そんな努力の甲斐もなく、そのタイミングが訪れずに、無にも刻々と時間だけが過ぎていった。

そしてのが落ち著き始めた頃、遂に焦りをじ始めた私は多強引だとは思ったけど"トイレの場所を教えて"と麗の手を取ったのだった。

「えぇっ、ほんとすぐ分かるよっ？　別に……、嫌じゃないけどさ」

「ごめんねっ、私方向音癡だから心配で」

私はその場凌ぎの噓で誤魔化して麗を連れてトイレへと足を進めていった。そしてトイレ付近に差し掛かると、私は進路を変え、人気の無い木へと麗を連れ込んだ。

「えっと……、トイレはあそこだけど」

麗は不思議そうにし先に見えるトイレを指さした。でも私は表を変えることなく麗の目を真っ直ぐに見つめてこう答えた。

「うん、知ってる。実はそうじゃないんだ」

"トイレなんてのは噓で、聞きたいことがある"

頭の中でその言葉を一通り読み上げると、私は覚悟を決めてスッと息を吸い込んだ。

「もしかして限界っ？　でもさすがにここはまずいよっ」

口先まで出た言葉を遮った麗の回答に私は思わず噴き出して笑ってしまった。真面目な顔でそんな事を言われては折角の覚悟も形無しだ。

「いやっ、こんなとこでしないって。ごめん、そうじゃないんだ。あの……、変な事聞いてもいい？」

私がそう言うと麗の肩が強張るのが分かった。しかし麗の頬が火照ったように付いているのが見えて麗が何か勘違いしてるんじゃ、と思った。でも私は敢えて何も言わずにそっと口を開いた。

「その腕の跡、本當は何っ？」

私がそう訊ねると、麗の目が僅かに見開き、視線が泳いだ。麗も私の単刀直な言葉にし揺したのか、し裏返った聲を出すと、咳払いをしてからこう言った。

「えっ……、何でっ？　さっき言ったじゃん。注の練習臺だって」

麗は明らかに揺していた。つまり何かを隠しているのは明らかだ。

「だけど聖英病院みたいに大きなとこじゃそんな事……許されないと思うんだ。だから麗さん本當は……」

その時、突然麗がパンっと音を立てて両手を合わせた。そして麗はそのままサッと頭を下げると、"みんな……いや穂と佳奈には言わないでっ"なんて事を言い出したのだった。

「えっ……と、どういう事？」

「実はさ……」

麗が口にしたのは私の想像を覆す事実だった。

「ごめん、そういう事だから言わないで」

麗が話してくれた事は噓には思えなかった。それは理に葉っていて、麗の人柄からしても信用に足る話だったから。

「分かったけど別に隠さなくたっていいじゃん、そんな事」

「私はどうでもいいんだけどあの人そういうの気にするタイプなんだよ。しかも怒るとうるさいのなんのって」

結局、私の疑念はただの勘違いだった。あの腕の注跡。それは麗の言う通り親戚のお姉さんの練習臺になっていると言う事で間違いなかったのだ。でもそこにお姉さんの私が絡まったが為に、私は麗に対して疑念を抱いてしまったのだ。

なんでもその親戚のお姉さんはプライドが高く、負けず嫌いの格から常に績はトップを爭うほど。そしてい頃からの夢だった看護師を目指して日々努力を重ねた結果、市有數の大病院に就職が決まったのだそうだ。しかし、そんな話を聞いてから數ヶ月経った頃、麗が街中を歩いているとそのお姉さんが小さな診療所にっていくところを見かけ、その背中に聲を掛けた。するとお姉さんは麗に"今日見たことは誰にも話すな"と強く念を押し、実は聖英病院はもう辭めてこの小さな診療所で働いているのだと教えてくれたそうなのだ。お姉さんは"あの病院じゃ私の能力を活かしきれない"なんて言っていたそうだけど、麗にはなんとなく"こんな格だから人間関係でめたんだろう"と分かったそうだ。そしてその時に"採の練習に付き合ってよ"と頼まれ、その小さな診療所に通う事になったらしい。

しかしその"練習臺"を何度か繰り返した頃、穂と佳奈の二人にその跡が見つかってしまった。そしてその跡の理由を訊ねられたものの噓がつけない麗は"本筋さえ話さなければいいか"と、お姉さんの病院で採の練習臺になっている、とギリギリのラインで真実を話したのだ。そして元々お姉さんが聖英病院で働いていると話を聞いていた二人は、自然に"聖英病院で働いているお姉さんに採の練習をさせてあげている"という解釈に至ってしまった訳だ。

「お姉さんの気持ちを考えると言えないかも知れないけど、噓は良くないよ」

私みたいに変な勘違いをする奴だっているかもしれないし。

「そうだね、稚華にもおんなじ事言われた」

「うん……、えっ？」

私は思わず聞き返した。何で稚華さんがそんな事を言ったのかって。すると麗は"さっき稚華とトイレに行った時、瑠ちゃんと同じ質問をされたから"と言ったのだ。私は何か不思議なのざわめきをじてこう言った。

「他に何か言ってた？」と。

そしてその答えは私の思考を止めた。麗の口から出るはずのないその名前を耳にして。