《鮫島くんのおっぱい》梨太君の質問

「さてと。いろいろ相談する前に、まず最初に確認しておきたいことがあるんだけど」

梨太が言うと、鯨がうなずいた。

鯨に向けていったわけではないが、やはり彼が最高上なのだろう。

「聞いておきたいのは、あなたたちの日本語力」

「うん?」

予想外の質問だったのだろう、全員が表を変えた。

「これから話し合いするのに大事なこと。本當に日本の言葉をきちんと理解して使ってるのかなって。あなたたちの星、ラトキアってとこで日本語教えてるの? まさかね」

「ふむ。リタ君が聞いてなにか不自然なところはあるか?」

「……発音や言葉の使い方に違和はない。けど、ニュアンスは怪しい気がする。たとえば鮫島くん、敬語使わないよね」

「けーご?」

まさか単語の時點で聞き返されてしまった。鮫島の反応に二人のラトキア人が笑う。こちらには通じている。

「団長。けいご、です。けいご」

犬居が言うと、鮫島はアアと諒解した。

鯨が楽しそうに、

「おっと、鮫をアホだと思ってやるなよ。鮫の翻訳機は舊式なんだ。登録単語もないし、方言、同音異義語からの前後文補完も弱い」

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「翻訳機?」

「そう。我々は日本語を勉強したわけではなく、科學のチカラを使っているのだよ。騎士の脳には自翻訳機がっていて、別の言語をチャンネルとして登録しておけば、耳から自的に自國の言語に変換し、ネイティブに理解する。翻訳した音聲を聞いているのではなく、理解するのだ」

「ほほーぉ。そりゃすごい」

「そして、同じように自國の言葉で事を考え、発言すればが日本語を吐き出す。白狀すると、わたしが今話している言葉が本當に『ただしい』のか、おまえにどんな印象を與えるのか、自分ではわかっていない」

「俺は日本にくるのは二度目だしな」

犬居が次ぐ。

「俺はもともと、戦闘よりも諜報や、地元民とのコミュニケーションをとるのが本業だ。ラトキアでの予習はもちろん、地球に來てからもニュアンスを追加で學んでいる。勉強すればするだけ翻訳の度はあがっていく。言語ソフトに登録単語が増えていくかんじだな」

「はあ。それで犬居さんはしゃべり方がカジュアルなんだ。鯨さんはなんとなくちょっと堅いよね」

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「わたしは最新型をデフォルトで使っているからな」

「鮫島くんは」

「団長は……今回が日本初めてだから」

「それにしてももう三か月いるんでしょ。學習すくなくない?」

「……いや、うん」

鮫島がすこし気まずそうに頬をかいた。

「べつに、さぼっているわけでは……。ただ、なにがおかしいのかをわかる機會が無いというか」

「だからもうちょっとクラスメイトと會話しましょうって」

「……苦手なんだ」

げらげら笑う鯨。梨太もつられて笑った。

しばらく思案し、頭の中で企畫をたてる。報を整理して、改めて、鮫島の方へと向き直った。

「ねえ鮫島くん。宇さんが海で怪我して膿がでた」

「うん?」

「意味わかった?」

うなずく鮫島。フムフム納得し、

「ウッちゃんが泳ぎ行ってドジって膿んだ。これは?」

「………?」

首を傾げる。なるほどなるほど、納得する。そして、

「ちんこ。ちんちん。ペニス。男

「……………。」

「ディック。マラ。サオ。棒。。マグナム。ジュニア。ポケットモンスター」

「…………………。」

「いくつ聞き取れた?」

「……三つくらい」

律儀に答える鮫島。

その橫で、犬居のアゴが落ちていた。梨太の目がキラリとる。

腰を浮かせて前のめりになると、言い含めるような優しい聲音で追及した。

「ん? どれとどれ? ちょっと言ってみてよ」

「……その。最初の、ほうのと」

「答えなくていいです団長っ!」

犬居がわめいた。梨太は素直に引き下がる。

「まあいいや、視線のブレでどれが聞き取れたかはわかったし」

「じゃあ今さっき何で言わせようとしたんだコラ」

「聞いてみたかったから」

きっぱりと言う。犬居は機に突っ伏した。

「おまえは星最強の軍人をなんだと思ってるんだ……」

言われたその騎士団長は、それほど気にしていないようだった。無表でアイスティーを吸っている。梨太はにこやかに手を叩き、うんうん首をうなずかせる。

「よし、だいたいわかった。鮫島くんの『辭書』の適応力は、きちんと発音すれば日常會話も大丈夫、ただしスラングには弱い。小學生向けの薄い國語辭典ってかんじだね。確かにこれじゃあ地元民と雑談は難しいよなあ。僕も伝わりやすいように気を付けるけど、どうしてもニュアンスが難しい會話は犬居さんに言って、鮫島くんに伝えてもらうのが確実ですかね」

「そういうことだな」

素直にうなずく鮫島。ずっと黙ってやりとりを聞いていた鯨がいよいよ大笑いした。犬居も頭を抱え、もう笑うしかない。

「でも、それなら敬語は?」

さらに追及すると、鯨はお手上げのジェスチュアをしてみせた。

「それは無理だな。ラトキア語にその概念がないから翻訳のしようがない」

「あ、そうなんだ。あれ、でも犬居さんは」

「ラトキアでも、言葉そのものは同じでも、話し方で印象は変わる。たとえば、相手にこびるときは貓なで聲になるだろう? それが自変換にひっかかると小娘がぶりっこをするような言葉に変わるようだ。敬を込めて、丁寧に話そうという気持ちがあれば、自然と敬語に返還されるだろう」

「……鮫島くん、鯨さんにおもいきりタメ口だよね」

「尊敬してないからな」

アイスティーを傾けながらさらりと言う。そしてふと眼差しをグラスに落として、

「おいしいな、このお茶」

「水出しの白桃フレーバーティーでございます」

「はくとうふれぇばぁてぃ」

「ノンシュガーでほのかに甘い、ジュース覚を味わえて、健康にもお財布にも、心にもやさしい商品ですぅ。僕自好きで作り置きしてるんだけど、お客さんにもけがいいんだよね」

「うん、おいしい」

「おい、貴様。わたしは將軍だぞ。星帝皇后だぞ」

さすがにたまりかねたのか、鯨がを乗り出す。ハスキーボイスに怒りが含まれ、首筋がしびれるほどの威圧を発する。が、鮫島はどこ吹く風。

「俺が生まれたときからそうだから、で、っていう」

「騎士の給料は國庫から出ている、そこんとこ忘れるなよ」

「軍人への給與不払いは法律違反だ。金額も軍規で決まっているだろう。踏み倒すなら逮捕するぞ。そういえばこの間、実家で聞いた。母が、俺が訓練校の寮にってる間にお前に預けたという五年分のお菓子はどこだ?」

「おまえの元服式に裝を仕立ててやったのは、優しいこのお姉さまだ!」

「式の最中にズボンが落ちそうになって三神の言葉が耳にらなかった。気持ちだけで結構、二度とお前は針をもつな」

「くそ生意気な! 脳筋弁慶、若年寄り、馬鹿弟っ」

「高飛車、若作り、アホ姉」

ぽんぽんと小気味よく言い爭う、二人の男をしばしぽかんを見送って――梨太が視線を巡らせると、頭痛を抑えるような仕草の犬居と目があった。

姉弟喧嘩が靜かに終わる頃、カラになったグラスにお代わりを注ぎ、梨太はコホンと咳払い。

「では、たずねておきたいことその2。この仕事の機についてです。えーと、僕が聞いてもいいことと聞いても教えてくれないこと、それから僕から他人にバラしてもよいこととしちゃったら最期お前のクビがなくなるからなってことを、それぞれ先に言っといてしいんですけど」

「ふむ。簡潔な質問を評価しよう。それに答えて簡潔に言えば『ほとんどない』だな」

「え、そうなんだ」

「でなければ高校に鮫を送ってない」

なるほど、と一瞬で納得する。鯨は小さく嘆息をして、

「まあ一応、地球側との盟約でいくつかは公言しないようにとされているが。正直、なぜ伏せるのかもよくわからないので厳守する気はなく、もしもリタ君かられたとしてわたしたちがそれを責めることはないね」

「ラトキア星人――地球人じゃないとバレても別に問題はないんですか」

「無い。我々は気にしないが地球人側がパニックを起こすだろうから気を使ってやってる、というだけだ。地球ではまだ、地球外生命や文明の存在を伏せているんだろう?」

「はあ、まあ。オカルトの部類ですね。……ということは、一部には知られてる?」

「もちろん。日本円だって必要だしな。そのへんの手配や、あの高校に鮫をいれるのに手引きしたのは日本政府の某機関だ。そこから末端、教師などには伏せられてるが。いくら私立でも公的手続きは日本人の手がないと難しい。

そういった協力をする代わりに公言をしないこと、そして地球人に被害が出るまでは地元警察もかないことが條件。

でもまあ、バレたら困るというのは日本側だけのことだ。我々はどちらでもいい。もちろんテロリストどもに捜査の詳細までバレたら困るわけだが」

なくとも鮫島くんはバレてるよね」

「……各地のアジトに乗り込んでいったの、だいたい俺だし」

「國営放送で中継したしな」

「それ以前からラトキアで団長の顔を知らないひとはいませんよ」

犬居がいう。なんだかわからないが、鮫島は本國では有名人であるらしい。騎士団長というのがどのくらいの地位なのかピンとこない梨太であるが、まあこのルックスならばメディアに出ればちょっとした話題にはなるだろう。スポーツ団競技でも、見目のよい選手だけ周知されるのはよくあることだ。

鯨が悠然と笑う。

「そこはこちらも折り込み済みだ。あっあいつラトキアの騎士じゃないか? と気がついて、襲いかかってくれたら最速で捕獲できる」

「……鮫島くんを餌にしてるってこと」

「絶対に折れない鋭い釣り針つきのな。事実、もう三十人ばかり釣れた」

「地球人のちびまで釣れたけどな」

「誤認逮捕おつかれー」

「きさま……」

「犬居さんはそろそろ僕に口で勝てないことを學ぶべきだよ」

まさに犬のようなうなり聲をあげる犬居に、上司二人はとくに助ける気構えはないらしい。鯨に至っては面白そうに笑いながら、モニターの向こうでを張った。

「我々は暗殺者ではなく、正義の味方だ。犯罪者ならば警察に追われるのが當然であるように、彼らもまた、我々騎士団に追われていることは知っている。捜査だって搦からめ手を使っているわけではないし、今更やつらに知られたって困らんよ。たとえばリタ君がテロ組織に拐されたなら、拷問に耐えたりせず即座に我々の報を吐きなさい」

頼もしいことをいう鯨に、梨太はをなでおろした。

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