《鮫島くんのおっぱい》鮫島くんは、どっち?

鮫島くん――鮫という人間は、雌雄のどちら優位とも言い切れない、ちょうど中間のくらいで生まれた。

一般的なラトキア人らしい、周期による変化のギャップが著しく、不安定な生である。

六歳のとき、軍事訓練校へ學。

というと何か々しいが、ラトキアにおける「軍」とは「公」とほぼイコールであるらしい。

軍人、とはひろく公務員を指し、事務職や教職もまた軍人の一端にる。

ただし、當然そこには兵士そのものも含まれる。

鮫島がったのは、日本の価値観にあわせて言い換えるならば、「國立の公務員養専門學校、兵士學科」というところだろうか。

強制洗脳教育などではない、とは、星帝皇后のいわく。

學は徴兵などでなく希者を募っているし、訓練が辛ければいつでも別の科へドロップアウトが可能である。劣等生はそのまま戦場の捨て駒にされるなんてことはなく、試験により落第させられるという。

鮫島年は、學當初から最優秀生として進級し続けた。

子供の訓練とはいえ、それは明日戦場に出ても戦功をあげ生き延びられるようにされるもの。多くの子供たちが落していく中、彼は一度もトップの席から落ちることなく卒業課程を修了。新卒十二歳で、兵団のなかでも名実ともに最高の力をもつ騎士団へ仕

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十五歳、初めての宇宙航海。オーリオウル星の組織拐による要人奪還任務で、騎士団から単獨で參加し、任務を完了、めざましい戦果をあげた。

その武功がたたえられ、十六歳の元服を待ち、騎士団長に就任する。

「オーリオウルの英雄」として、ラトキアでは彼を知らないものはいないという。

そこまで聞いて、梨太はしばし呆然とし――頭にわいた疑問を率直にぶつけた。

「十五歳? それって、あの寫真の、あのっ!?」

「そう。あの寫真はちょうど凱旋直後、航海でびきった髪を自分で切って大失敗、家族に指さして笑われたときのものだな」

平和な思い出し笑いを浮かべる鯨だが、梨太は激しく狼狽した。

「だってそれ、あんな、僕さっきまで話聞いてて、てっきりずっと男の子っぽい外見のまんまだとイメージしてたよ! あんな可い子が軍隊で、大の男を押し退けて戦ってたって!?」

「うむ。そこだ。地球人もそうだろうが、ラトキア人もまた、男よりのほうが、弱い。雄から雌に変わると、その戦闘力は半分以下になる。だからどうしても、騎士兵には雄優位で、雌化の特徴が薄い者が多いのだ」

「俺みたいなのな」

と、ずっと黙っていた犬居が手を挙げた。

「俺も、そして鯨將軍も、ラトキア人だから當然別が変わる。けどその変化はとても小さくてほとんどわからん程度なんだ。ちょっと筋が落ちるとか味覚が変わるとか。……つか、になんてなってる余裕ねえよ。騎士は雌で勤まる仕事じゃない」

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「その點が鮫の違うところだ。あいつは、まあ姉のわたしが言うのもなんだが、戦闘の天才だった。雌化の周期がきて、腕力が平常の半分になろうがに邪魔ながつこうが、訓練校の課題程度は簡単にクリアして、任務も完遂、功績をあげている。犬居の言葉を借りるなら、になってる余裕があった、というわけだな」

「いや、そんなことじゃなくて!」

ラトキア人の臺詞を遮って、梨太は立ち上がった。

溫が上がっている。聲が震えるほど興している自分を何とか押さえ込み、異常な低音ボイスで、吐でもしそうな口調で言葉を吐き出した。

「あ、あ、あの。あんながおっぱいぶら下げて男だらけの軍隊なんかにいて、どこもまれずに、なんにもされずにすむとは思えないんですけどっ!」

ごすっ。

鈍い音は、痛みがくる直前に聞こえた気がした。犬居が肘で梨太の後頭部をどつき、テーブルに顔が埋まっても、その肘に重をのせていた。

「……おい。今の話聞いてたよな。たとえ雌化しても、どの男よりも強かったと」

「はい」

鼻がつぶれているので、くぐもった聲になる。

「団長だけじゃない、多かれなかれラトキア人は皆、雄化と雌化を繰り返す。仮に、になった同僚に不埒なことをたくらんだとて、明日は我が、雌雄が逆転した日にはそのまんま自分に返ってくる。そういう暴挙に出ないよう、共同生活のなかでも、暗黙の了解で、お互いに配慮をして暮らしている」

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「はい」

「それと、もう一つ。……俺たちは団長を尊敬している。騎士団だけじゃない、兵士も、軍人も、ラトキアの民もだ。団長になにかしでかす輩には『明日は我が』のさい、返すのは団長自じゃない。なくとも、二百人の騎士団員からおなかいっぱい返されると思えよ」

「はい……」

テーブルに埋まったままうなずくと、ようやく犬居は肘をどけてくれた。

折れるまではいかずともなにか角度がゆがんだ気がする鼻をつまんで直しながら、梨太はホウと息を吐く。

そういえばまだ完食していなかった食事を再開しつつ、鯨に向きなおり、問う。

「……じゃあさ、つまるところ。鮫島くんは、またその周期がきたら、、じゃなくて雌化するんだよね?」

犬居の視線をちらちら気にしながらも、追及はやめない。

ラトキア人ふたりが「いい度だなぁ」と考えているのが表から見て取れたが、これは、自分の仕事の報酬として約束されたものだった。

空気を読んで引く、などと、ライトノベルでに囲まれながら最終話まで貞を守り通す主人公のような繊細さは、梨太にはない。

だが、鯨は殘酷な笑みを浮かべた。ほほほ、と軽やかに笑う。

「さて、ここで殘念なお知らせだ。鮫はもう、以前のような雌にはならないのだよ」

「ええっ!? なんで!?」

別が変わるといっても、質量保存の法則が歪められるわけではないのだぞ。

たしかに雄、雌格は変わるが、それは『その日』に劇的に変わるのではなく、周期に応じて日々しずつ、月の満ち欠けのように変容していく。日々の食生活によって、に筋がつき、量も増し、全あちこちにある『空』にタンパク質等が満たされ、背丈もびて、骨格から外見が変わる。逆に、男のからおなじようにしずつから汗や排泄を介し排出され、何日もかけて、しずつしぼんでいく」

「……うん、まあそうなるでしょうね。ランマニブンノイチじゃないし」

なんとなく、梨太は急激なダイエットとリバウンド、あるいは第二次長と老化骨鬆癥を繰り返しているような畫をイメージしてみた。

まったく気にかけるし不健康な気がするが、ラトキア人のがそのように仕組み作られている以上、地球人ので想定するものではないのだろう。

「もちろん、男にありになく、にあり男にないものも変容するわけだが――」

「あ、そうそう、みなさんちんこどうなってるんですか?」

梨太の質問は、なぜか完全に無視された。

「つまり、その『空と余分』の枠でしか型は変化しないわけだ。的には背丈でも五センチからせいぜい十センチ、脂肪率もプラスマイナス五%ほど。第二次長前のや中的な人間ならばともかく、人し雄、雌として完したら、たいていは、変化したところで知れたものとなる。

  想像してみるといい。いまの鮫が、あれよりちょいとばかり小柄になって、ちょいとばかりあちこちらかくなって――それで終わりだ。斷じて、『あのが育った大人の』、にはならない。それを、健全な高校生男子である梨太くんは、『』と呼べるかな?」

「……うー? ……うーん」

梨太は腕を組み、真剣にうなり聲をあげた。

最後のガーリックトーストを口の中に放り込み、もぐもぐ噛みながら、その間に真剣に考える。

目を閉じて、さらに考える。

「うーん…………」

アイスティーで飲み込んで、結論を出した。

「実を見てみないとなんとも」

「想像ができなかったか?」

言われて、梨太は頬を膨らませ、

「想像はしたけどわかんないよ。だってそんなの、數字じゃないもん。まるきり男みたいにデカくてごつくてペッタンコだろうと、不細工でもデブでもお婆ちゃんでも、格が最低で大っ嫌いでも、だよ。起できるかどうかは別の話ね」

「ふむ、道理だ」

率直な年の意見に笑う鯨。

「逆に言えば、どんだけ見た目が人でも、男は男だし。これはもう直接會って、なんならちょっとるくらいしてみないとわかんないんじゃないかなと思う」

「今の鮫も、完全に男というわけではない」

鯨は斷言した。

「限りなく男に近いだといっても、まあ、噓ではない。――で、どうだ?」

「……鮫島くんは、男の人だ」

「ならばきっと、雌化したところで男にしか見えないだろう。そういうことだ年。期待したような話ではなかったかな?」

モニターの、星帝皇后にして將軍であるは傲然と笑う。

その笑みは、これまでにないほど意地悪な――なにか、処刑人じみていた。

梨太は、ここまでの話よりも、この鯨の表に驚いた。

「こんなこと」と、弟に向かっていったのは彼であるが、むしろ姉の方が、地球人にラトキア人の生態を話すことに抵抗があったのではないか。ふと、そんな風に思った。

悪いことを聞いてしまったかな――と、思うような、常に全力で不用で素直、トラブルメイカーだがそれゆえに多くの者をひきつけてやまない年マンガの主人公では梨太はない。仕事の報酬に得た権利を貪に追い求めた。

「鮫島くんが、こんど雌雄化する周期っていつなの?」

尋ねる。犬居が不愉快な顔をした。ラトキア人にとって、それは個人のに直結する報になるのだろう。犬居という男は、元來真面目な男らしかった。あけすけな梨太から視線を外し、仏頂面で吐き捨てた。

「そんなの誰も知らねえよ。ひとそれぞれだ。本人に聞け」

「そっか。そうする。ねえ鮫島くーん」

犬居があわてて止めようとして、そのまま真橫に倒れた。鯨も一瞬アゴを落とし、すぐにくじらくんをとばして駆けつける。

その直前に、梨太は鮫島のいるソファへ到達した。斜め後ろから彼に寄って、

「あれっ?」

前の方へ回る。

深く腰掛けた鮫島は、俯いて目を閉じていた。三人が正面からのぞき込んでもかない。よく耳を澄ますとかすかな寢息が聞こえる。

睡していた。

しばし、靜寂。スウスウという平和な呼気だけがリビングルームにこだまする。

「えぇーっ……」

かなり時間をついやして、梨太はようやく、それだけ聲が出た。

鮫島とてヒトである。食後のひとときにうたた寢することもあるだろう。だが、すぐそばでと部下と他人が自分のの話をしているのに、気にせず睡できるものだろうか。犬居はさんざん梨太を図太いというが、鮫島のそれには完敗だ。

鯨が笑い、犬居は真面目な聲音で、

「軍人たるもの、休めるときは休む。そのオンオフも仕事のうち」

などと、なにやら弁解していた。

梨太は、鮫島の正面に腰を落とし、その顔を間近からじっと見つめてみた。

うつむき、閉じた瞼から真っ直ぐに降りた睫に、一點のくすみもない白い。先ほど自分でレポートを書いたとおり、ラトキア人は極端に顔面にない種のようだった。髭はおろか、頬に産も見えない。磨きあげた白磁のようである。顔の中心に鎮座する高い鼻梁と、その下にある小さな口。

厚みも味も薄いは、寡黙な彼ゆえに平常あまりかされることなく、真橫に結ばれていることが多い。なんとなく堅そうなイメージだけがあったが、偏見をなくして見ればそんなわけがない。

淡く桃がかった、らかそうなである。

「うーん……」

唸り、梨太は鮫島を、じっくり見つめる。

すこし距離を置いて、角度を変えて観察し、

「ねえ、鮫島くんって、何歳いくつ?」

鯨に聞く。

「生まれてからで二十年。來月で二十一かな」

「お、じゃあ僕の四つ上だ。誕生日が近いっ」

どうでもいいことを言って、ふむふむうなずく。

「ラトキア人は、地球人と年のとりかたが違う。十五までは同じように育つが、それ以降は地球人のおよそ半分ほどしか加齢しない。地球人の覚では、的には、君の一つか二つ上になるだろう」

「へえ、じゃあラトキア人ってすごく長生き?」

「いや、要するに妊娠できる期間が長いということだろう。七十歳を過ぎたあたりで一気に加齢し、百まで生きられるものは稀だな」

「ふうん、壽命は地球人と同じくらいだね」

  と、さほどの興味もなさそうに話題を打ち切って、再び鮫島の姿を見つめた。

――男、である。

だが、たしかに、あの寫真の面影はある。きれいな人。第一印象からあったそれは、きっとこれからも変わらないのだろう。

目を閉じて寢っている彼に、テロリストと戦う軍人の迫力は無い。くすら見えた。

「まだ二十歳……は十八? そんな若いんだ。……うん、なんとかなりそうな気もするな」

「なにが?」

鯨の問いには答えず、梨太は鮫島の鼻先を指で挾んだ。

犬居が仰天する。

「ちょっ」

「まあそれはそれとして、いい加減起きなさいよ鮫島くん。人んちのソファでどんだけ睡してんだよ」

犬居は眉を吊り上げたが、それでも梨太の弁に一理ありとしたか、黙ってを引いていた。

こういうところ、犬居は常識人なのである。

しばらく鼻を摘んでみても、鮫島はまだ起きる様子がなかった。梨太の指にちょっとずつ力がこもる。

「起きろっておい。あのね、くつろいでくれるのは嬉しいけど、ここまで許可した覚えはないよ。初めて來た人んちでそれはマナー違反ですよ鮫島くん。僕、そういうの結構うるさい男ですよー。おーい」

起きない。梨太は舌打ちした。

「犬居さん、代わって」

「えっ? お、おう」

言われて反的に従い、上司の鼻をつまんでしまう犬居。

梨太は立ち上がると、自の腰に巻かれたベルトを解きはじめた。金屬音をカチャカチャいわせながら、剣呑な聲でいう。

「そのうち息苦しくなって口が開くでしょ。突っ込んでやるからそのまま押さえといて――」

その作業が完了する前に、犬居はあわてて全力をついやし、鮫島を叩き起こした。

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