《鮫島くんのおっぱい》梨太君の喧嘩

日曜夜の討伐以降、梨太は數度、くだんのリストの逃亡者討伐に參加した。

笑ってしまうほどバレバレの、明らかにラトキア人という名前も多數あったが、イチローや信長あたりになるとリスキーで、タロウ、ヒロシとまでくると捕まえられない。梨太が直接會って、「違和」を探る問答をする必要があった。

そうして二週間。猿川ひろゆきがポツリポツリと自白をはじめ、そこからの捕りが、非常にうまくいっているらしい。

梨太による名簿の捜索はいったん休止させ、鮫島らはそちらへ忙しく出しているらしかった。また連絡すると途切れて以來、またしばらく、騎士団との流は途絶えていた。

秋がすっかりを濃くしたころ。

梨太はちょっと居心地悪い気分を味わいながら、三年生のクラスをのぞきにいってみた。

鮫島しんのすけを訪ねると、この一週間登校していないという。

「……知らないよ。なんか怖いし」

いっとう生真面目そうな生徒である。彼は眉をしかめて、

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「なんであんなヤンキーが、この學校に編できたんだろ。授業も上の空、テストは白紙、そのうえ半分も登校してきてなくて、夏休みの補習もボイコット。卒業する気もなさそうだし」

そういう反応も仕方があるまい。

梨太だって、よもや異星人で騎士団長でテロリストを追っているなんて知らなかったら、鮫島に不良のレッテルを張っていただろう。

鮫島は高校に在籍は続けているが、績や進學など欠片も必要としていない。教師とてそろそろ諦めて、卒業できる程度には授業に出てくれたらいいなあといったスタンスだ。申評価をごっそり下げつつ、特に指導のようなことはされていないらしい。

「ていうか、ほかにもいろいろおかしいんだよ。無口なのは人見知りなだけかもって、一応ぼくたちも、初日は気を使ってってみたりしたんだ。それでも、ニコリともしない返事もしない。あれだけ運できるのに帰宅部だし」

生真面目そうな三年生は、生真面目そうなメガネを直してグチり続ける。

「あんなに形でピアスなんかもつけてて、それで派衆がの子と遊びに行こうっていもガン無視。顔寫真撮ろうとしたら思いっきり睨まれて、その日一日、クラスが葬式になったよ」

生真面目そうな三年生は、まだまだしゃべる。梨太はいい加減その場を去りたかった。

「休んでたぶんのプリントとかノートとか、ぼくが貸してあげようとしても返事一つしないで、無言でぼくのメガネを奪い取ってさ――」

ちょっと続きが気になり、聞いてみる。

「なんかポケットから工セットみたいなの持ち出して、なんか整備してまたぼくにかけて出ていったんだ。なんなんだあいつは! おかげでフレームがこめかみにジャストフィット、視界が快適で偏頭痛が治ったじゃないか、くそっ! 君、鮫島くんの知り合いなのか? 怖くてなにも言えなかったけど、アリガトウって代わりに言っといてっ!」

「はーい」

梨太は適當に返事して、三年生の校舎を去った。

梨太のいる二年六組と、三年四組のある校舎は、ことのほか遠い。

渡り廊下でつながっていないため、南校舎の三階から一階まで降りて、北校舎の三階まで登り直さなくてはならないのだ。四限が北校舎への移教室でなければ、そう簡単にのぞきにいけるものではない。

これから晝休みである。菓子パンを買っておいたが、教室に取りに戻るのも面倒になり、梨太は學食をとることにした。めったにいかないが、安くておいしくて、暖かい學食は魅力的だ。

一階まで降りて、ほど近い食堂へ向かって歩き出す。

そのとき。後ろから突然、ぐいっと襟首を引っ張られた。

人気のない校舎裏である。

(――テロリスト!?)

一瞬背筋が凍った。だが暴に校舎壁に押しつけてきたのは、黒髪の男子高校生の顔だった。三人。全員みたことはないが、ネクタイので三年生だとわかる。

「おうてめえ、二年だな? 何組の、名前はなんつぅんだ」

巻き舌気味の絡み口調。

ありゃ、と、梨太は心苦笑した。なんかこういうのちょっと懐かしいなあと思いつつ、とりあえず素直に応える。

「六組の栗林です」

「てめえの名前なんか知らねえよ!」

あんたが今まさについさっき聞いたじゃねえかよオイと、つっこみたいのを押さえる。

「六組ったら、特進じゃん。へー、頭いいんだ」

三人とも大柄で、無駄に表をしかめ、ひどく橫暴な口調を演じていた。制服の著崩しは特筆するほどでもない。ここは進學校なのだ。わかりやすく髪を立てたりピアスをさらしたりネクタイを放棄したりするのは鮫島くらいのもので、リアルな不良はそんなファッションをしていない。

どうということはない見かけであるが、この狀況ならばハッキリとわかる。

梨太はいま、不良に絡まれていた。

「えーと……僕になにか用ですか、先輩」

とりあえず聞いてみる。すぐに、彼らは大きな聲で脅してきた。

「てめえ、調子に乗ってんじゃねえぞ。てめえなんかこのまま攫って埋めちまえば終わりなんだからな」

ぴくりと梨太の眉がく。

「……なんだって?」

「のこのこ三年の校舎なんかきてよぉ、アピールのつもりか? 殘念だったな、鮫島は休みだよ。てめえの後ろ盾はきまぐれで、當てにしたほうがバカをみるってことだ」

そのせりふに、梨太はようやく合點がいった。

(ああ、そういう発想をするやつがいるのか)

中で苦笑する。

三か月前に転してきた鮫島は、全校生徒において、有名人である。なにか大きな問題行をしたわけでなく、あの容姿がすでに目立つためだ。

育祭以降、鮫島とは何度か校舎ですれ違い、挨拶をわしている。

二年生の授業中に彼がしてきたのもちょっとした噂になっていた。

不良な転校生と、年下の優等生という奇妙な組み合わせ。

イジメなのかと心配する友人を面倒がって、「そーなんだよなんか絡まれちゃって、怖い怖い」などと流していたのだが、親しげに手を振ってるのを見たものは混しただろう。

不良といじめられっこ、いじめられっこが金を払って舎弟にはいり、それを、まるで不良を用心棒にしたみたいに振る舞っている――この三年生たちは、おおむねそのように解釈したのではなかろうか。

虎の威を借る狐を、虎が留守の間に狩ってしまおうというわけだ。

それにしても、それの何が気にらず、そしてどうしようというのだろう。梨太はしばらく考えたが、理論的な結論はでなかった。きっと「なんか気にらねえ」でしかないのだろう。彼ら自、その理由が自覚できていない。

「何にやにやしてやがる」

壁を背にした梨太に、ひとりの年が拳を握る。それを、刃をちらつかせるようにユラユラかしてみせてきた。

(次の行はきっと、オラッとか言いながら僕の顔面めがけて突き出し、直前で止める。僕がヒィッと聲を上げ目をつぶったら、臆病者だとみんなで指さして笑う)

「おらぁっ!」

年の拳がびる。梨太はそのままそれを目視した。指の産が見え、梨太の睫にげんこつがれる。梨太は、目を閉じなかった。

ぴたりと止まった拳を、じっと見つめた。

  年が拳を引く。

「へ。びびってやんの……」

梨太は表を変えないまま、言った。

「勝てるとわかっている相手に挑むのは卑怯なことだ。負けるとわかってる勝負をけるのはただのバカだ。勝てるか負けるかわからない勝負を喧嘩っていうんだ」

不良どもの眉があがる。下卑な笑みを浮かべて。

「そうかい、わりぃな、たしかに俺たちは卑怯だよ。だけどてめぇも特進クラスのわりに賢かねえなあ。くっそ生意気な目ぇしやがって。さっさと泣いて謝っちまえよ」

「何を誤解してる? 卑怯ものは僕、バカなのはあんたたちだ!」

梨太はズボンのポケットから、素早く獲をとりだした。振りかぶり、それを年たちに突きつける!

「うわっ!?」

ナイフ!? 三人が戦慄し、後ろによろけた。

一瞬、たしかに刃のきらめきを見たような気がした――

だが、それは完全に錯覚だった。

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