《鮫島くんのおっぱい》梨太君のカレー
「いらっしゃー……」
玄関の扉を開けて出て、梨太はそのままポカンと口を開けた。
十八時きっかり、すっかり暮れた秋の夕空を背景に、鮫島と、見たこともない顔が四人と、手錠をかけられた男が一人。
四人は々しい黒の軍服に明らかな武裝、後ろ手を組み仁王立ちになって佇んでいる。
その一番前で、學生服の鮫島が片手をあげた。
「こんにちは。おじゃまします」
「誰っ!?」
絶する梨太に、鮫島はあげていた片手をそのまま水平に均し軍人たちを指して、
「ラトキア騎士団とさっき捕まえたテロリスト」
「豬です」
「鹿です」
「蝶です」
「虎です」
「あ……オレは虻川タロウ」
「なんだよおまえら!」
「みんなで行くって言っただろう?」
なにを驚いているのかと小首を傾げてみせる鮫島。梨太は力なくその場にへたりこんだ。
門扉にすがるようになんとか持ちこたえる。
「……この中で、日本の文字を読めるひと?」
問われて、虎と名乗った若い軍人と、捕虜の男が手錠付きの手を挙げた。梨太は嘆息すると、玄関先でメモを書き、手渡す。もちろん捕虜は無視した。
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虎が読み上げる。
「じゃがいも、たまねぎ、ぶたこまにく四百グラム?」
「そんだけの人數、ご飯の用意なんかしてないよ。まあ食べられるようにはするから、足りない材料買ってきて。あとのみなさんはお手伝いっ」
きびすを返した梨太に、鮫島を先頭にぞろぞろ続く騎士団員と手錠の男。
虎は素直に買い出しに行ったようだった。
「犬居さんは?」
「本拠地のほうで捕虜の見張り當番。いまは鯨もそっちに顔を出している。そのうちこちらへ通信してくるだろう」
あっそう、とたいして興味のない聲でうなずいた。
リビングへ通された騎士団員は、よくいる外國人観客と同じような反応をしていた。騒ぎはしないがきょろきょろ見渡したり、団員同士でアレはなんだろうと囁きあったりしている。
とりあえずそれほど肩肘張って接しなくても良さそうだ。
捕虜を柱へつなぎ終えると、梨太は遠慮なく、騎士たちに料理の手伝いを指示していった。事前に上司から梨太のことと、家主に従うようにと聞かされているのだろう。彼らはみな素直に従い、それなりに役に立ってくれた。米を炊き、サラダを仕込んでいる間に、買い袋を抱えた虎が帰ってくる。
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調理を始めると、騎士団員たちはゾロゾロそろってキッチンをのぞき込んできた。
カレーのルゥを取り出したとたん、わっと歓聲が上がる。
「カレーだ!」
「カレーだ」
「カレーだっ!!」
「耳元でうるさい!」
振り返って怒鳴ると、椅子からを乗り出していた鮫島とも目があった。彼はやはりいつものテーブル席を陣取って、書類作業をしている。
電子レンジと圧力鍋を駆使し、三十分ほどで大量のカレーが完。炊けた米を蒸らしがてらテーブルセットを行う。
もともと三人家族である栗林家の食棚に、七人分ものカレー皿はない。丼や平皿を使い、盛りつけていく。
ひとつはマグカップにれ、それを捕虜に差し出した。
「ちょっと気持ち悪いけどコレが一番食べやすいと思うから。ほら、こっちの手でこうもって、口付けて、小さいスプーンで持っていくの」
と、手錠をつけた両手に握らせてやる。彼は黙ってけ取った。
鮫島も書類を片づけ、飲みの用意を手伝ってくれた。ダイニングのほうには自分と鮫島の二人だけが座り、騎士らにはリビングのテーブルを使ってもらうことにした。彼らもそれで不満はないようで、おのおの著席する。
カレーを前にして、騎士団全員がラトキアの祈りを捧げた。ふと目をやると、捕虜もまた目を閉じている。
短い祈りを終えたものから手を合わせ、そして全員が「いただきます」と合唱した。
二十二畳のLDKに、六人のラトキア人と地球の高校生が一人、カレーを食べる図。
(……なんか、シュールだな)
とは思いつつ。
し離れたリビングのほうから聞こえる「あーはらへったぁ」「日本のカレーって俺はじめてなんだけど」「うまっ」「うまい」などという、にぎやかな聲は悪くない。
捕虜も黙って食べていた。
向かいに座った鮫島は、晝食の時と同じく靜かに皿を掬っていく。彼は二口めを飲み込んでから、梨太をみて、にっこり笑った。
「すごくおいしい」
(……なんだかなあもう)
梨太は返事が出來なくなり、頭をかいた。今度は唐揚げを作ってやろう、と心に誓いながら。
賑やかしいリビングの四人席と比べ、靜かな二人の食卓。
鮫島は、あまり食事中の雑談を好まないようだった。もともと寡黙な方ではあるが、いつも以上に會話に參加しない。
正直、梨太はこの現狀につっこみたいところが山のようにある。百歩譲って騎士団はまだしも、捕虜まで連れ込んでくるとは完全に想定外だった。おそらくだが、連れてこられた捕虜もわけがわからないんじゃなかろうか。
大人數の食事をこさえることに忙しく、聞きのがしてしまったことを、今更たずねる切り口を模索して――
梨太は、思いついたままに口にした。
「鮫島くんって処なの?」
ぶばっ。
その場にいた全員がいっせいにカレーを吹き出した。
捕虜までがむせかえり、騎士達のほうは大騒ぎで、テーブルの慘狀にそれぞれ掃除で大わらわとなった。
鮫島は、口のものが微量で、なんとか無事にすんだらしい。口元を押さえ複雑な顔で、スプーンを皿に落としている。
梨太は平気な顔でカレーを食べながら、
「いや、やっぱ納得いかないんだよね。こないだ犬居さんにはすごい怒られたけど、ふつうに考えて、怒るようなことでもないと思うんだ。
カップル立が力ずくの拐婚がデフォルトってわけじゃないんでしょ? ホントふつうに、君可いねってアプローチするのに、――雌のほうが自分より強いか弱いかって関係なくない?」
鮫島は答えなかった。スプーンを取り直し、食事を再開する。
「それともアレかな、男尊卑的なやつ。男より強いは敬遠されたり、彼氏は自分より強くないとだめみたいな風?」
「……それは、あたりまえのことだ。ラトキア以外でも一般的だとおもう」
答えてくれた。
梨太はうーむとうなる。
「たしかに日本でもそうか。のほうが年上とか上司とか高収とか、背が高いとか。人目を気にするひとっているよね。でも好きになっちゃうときはなっちゃうよきっと。僕なんか全然気にしないもん」
「……」
「というか、鮫島くんが雌化してもに見えないってのは地球人の僕目線の話で、ラトキア人的にはちゃんと枠なんでしょ。だったら、ふつーにモテるはずだよ。鮫島くん、こんなに綺麗なんだもん。ぜったい人になるよね」
「…………」
「鮫島くんは、騎士団で好きなひといないの?」
がしゃんがちゃんがちゃんっ! 食と金屬が派手にぶつかる音が響く。そんなリビングのほうに指さして、梨太は適當なことを言ってみた。
「ほら、あの鹿さん?なんてイケメンだし」
「げふっげふっげほげほげほっ!」
鮮やかな青い髪をもつ青年が悶絶した。隣の虎が背を叩いてやる。
鮫島は一応それをちらりとみて、すぐに目を伏せた。冷靜な所作でカレーを掬いながら、
「ありえない。俺は男だといっただろう」
「それは今の話でしょ。じゃなくて、雌化してるときとか、もっと昔に本當にの子だったときとか。軍ってやっぱり男社會に近いよね。そーだよ、をしたり異がほしいってのは男の専売特許じゃないもの。鮫島くんからはなかったの? 十五歳なんか思春期どまんなか、初っていうにも遅いくらいだ。年上の大人の男から優しくされたりとかさ、あっあのひとカッコイイ~って」
「……………………」
「あっても、全然不思議じゃないと思うけど。人間なんだからさ」
鮫島は完全に沈黙してしまった。ただもくもくと食事をとる。
彼の無言は肯定である――そう、梨太は解釈している。だがさすがにそれを確定にするのは早計かな、とゆるくけ止めておくことにした。
自分の皿がもうじき空になるころ、「お代わりあるから勝手にとってくださいねー」と聲を上げる。何人かが立ち上がり、騎士団の蝶が捕虜にも聲をかけていた。ちょっとだけ遠慮がちに、それでも二杯目のカレーを喜ぶ騎士団員。
騎士団、軍人、兵隊といえど、がないわけではむろんない。ふつうの青年たち、である。
年程に見える虎を最年にして、二十代を中心に、最年長らしい豬でも三十代前半といったところか。いや、ラトキアでは十六歳以降半分ずつしか老けないと言うから、もっと年長なのだろう。
二十歳の鮫島は、やはり若い。格も、彼が特別大きいということはまったくない。
鮫島は、「弱そうに見える」。現代日本の高校生としては長だが、プロの軍人としてはあまりにも優男すぎた。
梨太にはどうしても、鮫島が男として同僚の猛者たちにけれられているとは信じられなかった。
人間はそれほど綺麗でないのを知っているから。
第一印象、外見というのは大事な要素だ。息をのむほどきれいな薔薇があれば摘みたくなる。そこに反り立つ刃のような棘があると知っていても。
梨太は無言の鮫島から、リビングの方へと向き直った。
「ねーみなさんもさ、鮫島くんがになってるとき、実行するかはどうかは抜きにして純粋に、うわーっさわりてぇ~って思ったことないの?」
「ちょっこっちにきたっ」
「しっ! 目を合わせるな! 聞こえないふりをしろっ」
ヒソヒソ小聲でぶという用な聲音で相談し、うつむく騎士たち。梨太は立ち上がって、リビングテーブルのほうへ向かいながら、
「雌化の周期って人それぞれなんでしょ? だったら自分自男のときに同僚がになってるわけで、それで一緒に過ごすんでしょ? ドキドキしないの? ちょっとしたときにが見えたりとか、個室で二人切りで過ごしたりとか、雑魚寢で真橫に寢てるとかないの? あるよね?」
席のほうへ合流し、至近距離で聞きまくる。
「ふくじんづけってとってもうまいなあ、なんでだろうふしぎだな」
「ああそれは、かわいい七つの神様がいるからだよ」
「そうだったのかしらなかったなあ」
「無防備に仰向けで寢ている鮫島くんのお臍をみて、そーっとTシャツめくりあげてみたひといるだろ」
ぶんぶんぶんぶんぶんっ。騎士団そろって、猛烈な勢いで首を振った。
「じゃあ、それを見てどきっとしたことあるひと?」
全員が沈黙した。
ダイニングでは、いつのまにか二杯目を注いだらしい鮫島がやはり靜かに食事を続けている。
騎士団員たちは猛烈に犬居の合流を願った。
鮫島は、ほとんど表を変えることもなく一連の流れを放置していた。だが席に戻った梨太に、スプーンをおいて進言する。
「リタ。俺は、異星人がラトキア人の生態に興味を持つのは仕方がないことだと理解している。そしておまえにはそれを聞く権利がある。だが騎士団員にはその義務はないし、俺が強制する権限もない。俺自のことは、答えたくないことは黙っているから勝手に聞いてこればいい。けど彼らは勘弁してやれ。そういった話題は、せめて別の機會に、俺を抜いた場でないと答えられないだろう。
それと、そうでなくても、食事中にする話ではないと、俺は思う」
「…………そうですね。ゴメンナサイ」
梨太は素直に謝った。
リビングのほうで、騎士団員たちがほっとをなで下ろす。
「出た、団長のド正論ガチ説教。……あれ堪えるんだよなあ」
などと、聲がれていた。
 
「……なにこれ」
捕虜となったテロリストが、さめた聲でつぶやいた。
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