《鮫島くんのおっぱい》鮫島くんの殺戮
捕虜のつぶやきと、ちょうど重なるように。
ビビビビッと羽音のような音を立て、梨太のポケットからメタルのくじらくんが飛び出してきた。
晝間、梨太個人の攜帯無線機として貸し出されたものである。ほかのくじらくんと連させることもできるらしく、鮫島のもつ一號機も同時にき、モニターに鯨史が映し出された。
「鮫。リタくん。騎士団もみんないるか。虻川は変わりないな?」
艶やかな黒髪をかきあげて、史。彼は星帝皇后よりも將軍という立場から、騎士団へ告げた。
「待たせたな。本國との確認がとれた。これより虻川に尋問を――……なんだおまえら、また食事中か。なんでわたしがアクセスしたときに限って味そうなものを食っておるのだ」
「おまえが飯時にってくるからだ。またリタにごちそうになっている。中座も失禮になるだろうから食べ終わるまで待つか、騎士が食べながら聞くのを許可しろ」
鮫島が偉そうに言った。
鯨は若干ひきつりながらも、
「ま、まあ、いいだろう。星帝皇后にして、將軍である、ラトキアで三本の指にはいる権威をもつものに対して、せめて口の利きかたくらいは気をつけろと言いたいが、リタ君への配慮は必要だとわたしも思うからな」
「現地での騎士の行は騎士団長の俺に一任されている。こういう細かいことでお前に指図される筋合いはないな」
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「そーゆーことじゃなく、お姉さまを慮らんかと言っとるんだ鮫っ!」
「なんでだ。必要ない」
また始まった……と軽く頭を抱える騎士団。どうやらよくある景らしい。これは姉弟喧嘩というより、ただの挨拶の定型文なのだと梨太は思うことにした。
そんな言い合いをしている間にみんなが食事を終えていた。空いた皿を回収しながら、ようやく梨太はここにいたる展開の説明をもとめた。
「學校で、鮫島くんから話があるってだけ聞いたけど。騎士団これるだけ揃って犯人まで連れてきて、僕になんの用?」
「すまんねリタ君。人數が増えたのはり行きだ。ちょうど用事が重なってしまってな。食費は手間賃も足して犬居に請求を回しておいてくれ。君にしてほしいのはこの虻川の尋問だ」
「……それって拷問? 勘弁してよ。二次だったら嫌いじゃないけど、実寫だと萎えるよね。噛むとかもちょっと」
「うむ、何の話かは線するからあえて聞かぬぞ。拷問はしないよ、ラトキアの法律で原則止されているしな。そもそも虻川はすでにこちらへ投降しており、司法取引の意志がある」
「というと――仲間の居場所を?」
「ただの仲間じゃない。リーダーだよ」
言ったのは、虻川だ。
褪せた赤い髪の、三十歳ほどに見える男である。梨太の方を挑発的な目つきで見上げた。
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「俺はそもそもテロ行為に參加するつもりも、ましてやラトキアを亡命するつもりもなかった。ただの傭兵だ」
自稱傭兵、虻川はなぜか威張ってそう言った。
梨太の胡な視線を敏に察し、自分で、痩せたを叩いてみせる。
「俺は貧民街の育ちでね。腕自慢だから傭兵になったわけじゃない、それしか食える職がなかったからだ。傭兵派遣所に登録し、上から言われるままに、そのとき求められる部隊に加わる。二年前、呼ばれた先があのテロ集団だった。それだけだ」
「なるほど。テロの思想も、ボスへの忠誠も仲間意識もないわけだ」
梨太は理解し、うんうんうなずいた。
「だから信用がなくて仲間でも孤立して、泥水すするようにして働いて、それだけ日本語が達者になったんだね。俺は一人で生きてきたぜっていう自尊心があるから、組織への義務は何もない。……ということで噓を言いはしないけど関係は希薄で期待は出來ない。ボスの居場所などはウワサ程度、それを土地勘のある僕に分析してほしいってことかな。でも、先に似たような話を猿川が吐いたんでしょ? 晝休みには鮫島くん、そっちを連れてくるつもりだったんだよね? このひとを連れてきたのはどうして?」
「……猿川より、この虻川のほうがあとで捕まえた分、報が最新だから。それに、猿川は重要人だ。萬一、逃走などされたらたまらない」
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虻川が口をぱくぱくさせている。リビング席のほうで、蝶という緑の髪の騎士のつぶやきが聞こえてきた。
「……今、だれか先にそんな話してたか?」
首を振る三人の騎士。
鯨が笑って、梨太のほうへモニター畫面を向けた。
「まあそういうことだリタ君、話が早くて助かる。よろしく頼むよ」
「いいけど。うーん、僕はまだ高校生だから、知っていても行ったことないとこなんていっぱいあるよ? そんなに期待しないでね。地域の地図は必要?」
「あるかね?」
「紙のものは今、簡単なレストランマップしかない。パソコンにもグーグルマップがってるけど、スマホのナビのほうが度高いと思う。印刷したほうがいい? 範囲は?」
「そうだな、學校から半徑二十キロで、一枚畫にならなくていいからなるべく詳細なものがほしい」
「先に言っといてよねえ。トナー大丈夫かな。印刷機は二階だからちょっと待ってて」
梨太がリビングを出ていくと、鮫島も立ち上がり、一瞬あとについていこうとして――考え直し、また腰を下ろした。
鯨と梨太が活を始めると、この騎士団長は発言をしなくなる。暇つぶしに、捕虜のグラスにお代わりを注いであげる鮫島。
し離れたリビングスペースから、騎士団員はその様子をなんだか居心地悪そうに傍観していた。
やがて梨太が戻り、二十枚ほどになった印刷をテーブルに広げる。橫にノートパソコンと紙のメモ用紙。虻川から話を聞きだしていく。
なにが役にたつかわからないので、雑談、噂話、下世話な日常、虻川自の印象や勝手な想像もすべて聞いた。
梨太はそもそも、このテロリストたちが二年前、ラトキアで行った暴の機――つまりは、彼らなりの言い分というものを、これまで聞いてこなかった。
彼らは快楽殺人鬼などではなく、必ずしも悪とは言い切れない民間人。いまはただの亡命者でまったくの無害。それを討伐に立つ鮫島の心境を思えば、あまりテロリストたちの「人格」を実したくなかったのだ。
悪の組織A、悪人B、こちらは正義の味方の騎士さま。現地協力者としてはそれ以上踏み込みたくはない。
虻川が語った二年前の事件、発端は、聞かずとも想像できたようなありふれたものだった。
ラトキアの星と國が長するための過程として変革された新制度や法への理解力が足りず、己がうまく立ち回ることに失敗した者達による現政治への批判デモ。貧民だけではなく、元富豪や落ちぶれた貴族が発起人とあってデモは大きく、力があった。
その中心部が武力を得たとたんに、民間人による中規模デモは、ごく小規模ながら過激なテロリズムへと気を変えていく。役場の前でぶだけならいざしらず、弾を手渡された者は大抵、あわてて離した。
思想に傾倒した過激派と理解できず狀況に流された愚者と、虻川のような割り切った傭兵だけが殘ったのである。
鯨曰く、前回つかまえた猿川などは思想家、カツオとワカメあたりは愚者であったらしい。
思想家は仲間を守るを持ち、愚者は立ち回れずに思想家を頼っているのだ。
「テロは王都のあちこちで起きた。破、拐、子供の學校を占拠したりな。最初のうちはそれなりにうまくやってた。要求が通ったものもあったし現地で略奪して資金も得た。……楽しくやってたよ。力があればそれだけでひとは惹かれる。規模は濃なまままた大きくなって、いよいよ、本當に國が取れるんじゃないかって気がしていた」
「さすがにそれはないけどな。『星最強の男』という火力を溫存したままで、とりあえず狀況を見ていただけだ」
鯨が水を差す。虻川は舌打ち、険な目つきで、斜向かいの鮫島をにらみあげる。
「――そうだ。こっちの盛り上がりを、一気にぶちこわしたのがそこの騎士団長だよ。どっかの星へ出征していたのが、帰還したとたんに大活躍。占拠地は毎日ひとつずつ奪還されて、幹部は全員とっつかまっちまった。あの『オーリオウルの英雄』が出てきたと聞いて、元軍部の兵隊は逃亡、傭兵も離散。民兵もあっさり投降し、自分自がテロに捕縛されていた被害者でしたと名乗りだす始末だ。
……これまで俺たちは、民衆にも人気があったんだ。テロに參加はしなくても、軍が俺たちに翻弄されるのを、のすく思いで見ていた連中はたくさんいたんだ。それをでじて、志気にしていた。
それがクルリとひっくり返ったよ。笑えるくらいだ。國営放送が流れたとたん、あっと言う間に俺たちは小悪黨、軍人さんカッコイイ――はは、俺ぁリアルタイムで部にいたのに、未だにわけわかんねえ!」
そういって、げらげらと笑い出す。鮫島はそれを、なにも言わずにただ聞き流していた。
虻川はすべてを知っているわけではない。おそらくかなり偏っているだろう。だが流れそのものは事実に違いない。
的に聞いてみたい気もしたが、鯨にも鮫島にも誇らしげなものが一切ないのを見て、梨太は虻川を遮ろうとした。
口を開いたとたん、指を突きつけられる。
「おい小僧、さっき、おもしろいこと言ってたな。鮫を口説かないのかだなんて、ラトキア人でそんなこと聞く奴はいないぜ。こいつがカワイイの子だった時のことは俺も知ってるよ。ああ、可い顔をしていたぜ。抱けばそりゃあ楽しいだろう、らかそうなで――オーリオウル人百五十人の首をはね、無傷で帰還したんだ――」
リビングのほうで、騎士団四人がをこわばらせる。虻川は、金にる険悪な目で、鮫島を睨みあげた。
「今回、おとなしく麻酔刀なんか振るってるのはたまたまこっちが丸腰同然、その殘黨狩りだからだ。これが戦場なら皆殺し。銃弾と刃で死骸の山を築いてるだろうさ! なあ団長さんよ、これまでどんだけの現場に出た? 貴族様が綺麗な面で高潔ぶって、私は下々のものと分が違いますのよってか。てめえは俺たち傭兵よりも、ずっと多く殺しているくせにっ――」
ぶ、その聲が、途中で止まった。
ヒートアップしていた虻川が、あっけにとられて沈黙する。
彼の正面で指を突きつけられていた梨太が、笑っていた。
あはははは、と、軽やかに、楽しげに、喜劇でも見ているかのように明るく笑う。
年のなごやかな笑い聲が、靜寂のなか広がって――梨太は、笑いの衝をゆっくりを治め、水を飲むと、ぱたぱたと手を振った。
「あ、ごめんごめん。で?」
「……だ、だから……その………………」
ちらりと、虻川は鮫島のほうに視線をやった。彼もまた、複雑な表で梨太の方を見ていた。虻川の発言そのものはあまり気にしていないらしい。それより、梨太の反応に驚いていた。鯨も同様だった。梨太は構わず話の続きを促す。
「リーダーっていうのは、そのテロで當時どの位置にいたひとなの? 名前はわかる?」
梨太の質問に答えたのは鮫島。
「わかる。ラトキアでの名前を、烏からす。元、軍の科學研究部の化學班最高責任者だ。兵の開発で功績をあげた。四年ほど前、人実験を裏に行い、被験者への待行為という罪で解雇されて以後消息不明だった。テロ活のなかではなにをやっていたかは不明だが、奴のキャリアを考えたら武の開発に関わっていたのではないかと思う。非力でも、頭が回る。俺が本部を落とした後、護送車のほうを襲撃し車ごとさらったのが烏の配下。その手際から、事前に作戦立てしていたと思われる。鮮やかに走をすると、そのまま軍の宇宙船を強奪した」
こういう話題にはちゃんと舌が回る騎士団長である。
「テロ組織の発起人は、すでに逮捕している。逃亡者たちのなかでのボスというならば、人をもちいて難民を面倒見ていた猿川のほうだろう。だが奴だけでは出銭が足りない。烏はその最大のパトロンになっているのではないかと考えられている」
「パトロン……どうやって?」
リビングのほうから、鹿と呼ばれた青年が継いだ。
「彼は一介の技者などではありません。天才的な開発者でもあり、彼個人に多くの信奉者がいました。
……烏の脳に言語変換裝置はっていませんが、その開発者こそが烏です。オーリオウル語はもちろん、地球の言葉もいくつかれます。
ラトキア軍の部にいたわけだし、その知識と知能、脳にあるものがそのまま金になる。オーリオウルのバイヤーとつながって現金を得れるでしょう」
「うわ、知能系かー。めんどくさいなー」
梨太は頭をかき、虻川に向き直った。
「烏の現在の名前は聞いたことある?」
「……いや。そのまま烏と我々は呼んでいた。仕事とか、住民登録をしているかどうかは……」
「ま、そうなるか。こないだもらったリストに烏とつく名前は無かったね。ちょびっとでも頭が回れば、の名前を偽名に使ったらばれやすいのはすぐわかるし、実際に日本人と流すればタロウやハナコは數人口だってのもわかる。僕だったら戸籍はどうあれ職場では通名名乗るようにするねえ。住民票がなくても仕事はできるし。オーリオウル人ってのが商売相手ならなおさらだね」
さりげなく「ちょびっとも頭が回らない」扱いされて、むっとする虻川タロウ。それは鮫島とて同じだが、追う側と潛む側とでは真剣味がちがって當然である。
「容姿は?」
「暗めの青い髪で、背丈は俺とおなじくらい、細で貧弱なオッサンだよ」
「六年前ならば顔寫真があるぞ」
くじらくん一號機が一度暗転し、やがて、つり目がちの神経質そうな男が映し出された。
レシートサイズの畫質の悪い印刷がされる。虻川がそこに、髪型の変化とメガネを追記した。
虻川の言うとおり、貧相な男であった。ハンサムでもない。だが――
「……なるほど。ラスボス、ってかんじするね」
異様な迫力のあるまなざしに、梨太はそうつぶやいた。
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