《鮫島くんのおっぱい》梨太君の叡智

「この烏に、ボディガードのように追従しているのが天井に頭がつくほどでかい男だ。白鷺という」

「しらさぎ?」

鮫島が眉をぴくりとあげた。

「どうした鮫」

「……? ……いや、やっぱりわからないな」

「団長、白鷺っていったら元騎士団っすよ」

リビングスペースから虎が聲を上げた。

「団長と同期ですねえ」

蝶が言う。

「ロンカバルの作戦でバディ組んだでしょ」

「あなたが団長に就任したとき、こんな子供みたいのに仕切られちゃたまんねえって一騎打ち挑戦してきたじゃないですか」

「いっぱいいたけど、その中で一番最初に昏倒させたのが白鷺です」

「てか去年テロ本部を制圧したときもいたでしょうが」

「右目が二重で左目が一重まぶたの」

「……ああ、あいつか」

ぽんと手を打って、鮫島。ほかに思い出すべき出來事がいっぱいあっただろう、と梨太は中でつっこんだ。

「なんで二メートルのに三神の全図をタトゥにれてるような男を忘れられるんだ?」

代わりに虻川が頭を抱える。鮫島はこともなげに、

「あんまりしゃべったことないし」

と、子大生のようなことを言った。

騎士団の豬が眉を寄せた。最年長だろう、武骨で寡黙な騎士は、苦み走った面差しで奧歯を鳴らし、

「白鷺なら何度か地球に來ている。オーリオウル人とのコネもあるだろう。宇宙船の作もあいつだな」

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鮫島も、名前と結びついてしまえばそれなりに思い出せたらしい。徐々に渋面になる。

「就任式直後に軍を辭めたな。俺のことはもちろん、軍部の決定を恨んでいるようだった。だがテロリストになるような思想があったとも思えないが……」

「傭兵になったか、ただのやけっぱちかもね」

梨太はさらりと流す。

虻川に促すと、彼は続けた。

「この二人はたいていともに行している。白鷺は戸籍を持たないまま、白鷺城なにがしという名前で日雇いに出ていたが、じきに烏の相棒役に専念しているようだった」

「某?」

「シラサギジョウ・ナニガシ」

「すごいバカでしょそいつ」

梨太が言っても誰も理解できず笑わない。梨太はふと考えを変え、口元に手を當ててうなった。

「あ。いや、その名付けを烏が……もしかしたらカツオも?」

しばし、思考の渦にっていく。梨太が時間をかけて考え込むのは珍しく、ラトキア人たちは黙ってしばらく見守った。とはいえ、それは一分程度のこと。梨太は顔を上げると、メモを手に持ち、虻川を睨むように対峙した。

「ボスの居場所を聞いたんだよね。知っている限りを言ってみて」

「ああ……」

し気圧されて、虻川はのどをらせようと水をひとくち飲んだ。

烏と白鷺は、どこかの廃墟を占拠し潛んでいるらしい。宇宙船についていた発電機などを持ち寄って、それなりに快適に過ごしているのではないかという。

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ふたりともあまりそこから外出することもなく、オーリオウルのバイヤーと固有の回線で通信し、猿川などの重役だけがそこに出りして、烏から指示を得ているのだ。

「……廃墟。もうし特徴は?」

「俺は、実を見たことはない。ただ聴こえた話では、壁が白で、すでについていたカーテンおも白。それから冬はよく冷える」

「なにそれ、外から見えない報ばっかりじゃん。一般家屋の壁ってだいたい白だし」

と、半眼になってからふと顔つきを変える。

「……白いカーテンが、ついたままだった? ……公施設かな」

とりあえずメモを取り、梨太はまたフームと思考する。

「たいした報ではないが、廃墟というだけでもしは絞れたといえよう」

鯨が苦笑いし、ひろげた地図の上を回遊した。

「リタ君、もし君が知っているそれらしい廃墟、空き屋があれば、あるだけ地図に記してくれ。改めて周辺を探って、一軒一軒潛してみようと思うのだ。日數がかかるだろうから、その間に學校の友人にも、近所にそういった場所がないかと聞き込みをしてほしい」

鯨の言葉を耳にれても、梨太はしばらくかなかった。そして、

「あのさ。もう一回確認」

「うん? なんだ」

「烏ってのは、頭がいいひと。教科書での勉強が優秀な化學馬鹿じゃなくて、テロ活や逃亡の作戦指揮なんかでも活躍できるような、思考の出來る人――だよね?」

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虻川は鼻で笑ったが、他のラトキア人は複雑な表を浮かべる。

「……間違いない」

鮫島だけが頷いた。

「ん、わかった」

梨太はそれをけ止める。

「じゃあさ。鮫島くんたちが乗ってきた宇宙船って、どこに隠してあるの?」

「……ええと。すまぬ、一応、日本政府から伏せるように言われている。こちらから言うことは出來ない約束だ」

「じゃあ本拠地っていうのは?」

「宇宙船そのもののことだよ。我々はそこで生活しながら、捕虜も収監している」

「なるほど。じゃあ、そこに停泊した理由――いや、宇宙船をとめるのに必要な條件ってなに?」

「おおむね、キャンプサバイバルと同じだ。停泊できる平地、清水、火がたける――船に備蓄の食料や水もあるが、長期の作戦になるとできるだけ現地調達で過ごしたい。浄水薬も節約できるよう、なるべくきれいな水や土のある場所に停泊している」

「発電機ってどんなもの? 何が必要?」

「一抱えほどの正方形の箱だ。重量は四十キログラム強。まずは一度カービンを稼働させるために電力がいる。手でもできるが疲れる。そのあとは土と水があれば半永久的に発電できる」

続けざまの梨太の質問に、鯨が答えていく。そのやりとりの早さに尋問されていた虻川が目をキョロキョロさせた。

ひとしきり質問を終えた梨太は、地図をじっと見つめると、ある一點をペンでグルグルっと印付けた。その紙を持ち上げて、鮫島の前に突きつける。

「鮫島くん、ココが烏の潛伏地だと思う。けども罠が張ってあるから気をつけてね」

「……えっ?」

という、疑問符は、鮫島以外の全員があげた。

騎士団長は一度瞬きをしたくらいで、すぐに地図を手に取り、鋭い視線を梨太にあわせる。

「罠? どういうものだ?」

「窓とか、建の外からはれなくして、しかもなるべくたくさん部を歩かせるために細工をしてると思う。障害で迷路にしてるとか。地雷までは手にらないとして、突然刃が落ちてくるくらいは黒板消し落としのいたずらと同じ仕掛けでできちゃうからなあ。地面より天井に注意かなあ」

「天井というと、この家と同じく二百五十センチくらいか?」

「もうちょっと高いと思うよ、だってこの施設は――」

「ちょ、待て! 待て待て待てっ」

鮫島が手に持った紙との間に割り込むくじらくん。カメラに映すためなめるように回遊し、把握して一気に浮上する。

「リタ君、どういうことだ。なぜ一発で、いや、この印は、この位置は!」

「あなたたちの宇宙船があるとこのすぐ近く、でしょ?」

絶句する鯨。

「そして、テロの宇宙船が不時著した殘骸もこのあたりにあった。そうだよね?」

「……そ、そうだ。なぜ……」

「なぜって、條件的にここしかないもの。そりゃそうなるでしょ、こんな狹い町で、同じ條件で二件も探せばご近所になるよ」

こともなげに言う梨太。

「おなじラトキア人、おなじ異邦人、おなじ文明の道を使って生活しようとすれば、理想地はおなじようなものになる。

霞ヶ丘市は治安もいいから、空き屋ならともかく廃墟なんてそんなにたくさんはないよ。男二人潛伏するだけなら、まあ管理が雑なワンルームマンションにでも忍び込めば暮らせないこともないけど、でもコレ、罠だから。騎士団六人をい込んで始末するのに一般住宅じゃ小さすぎるよね」

梨太は十九枚の地図を余所へ避けて、印のついた一枚だけを改めて指さした。印からしだけ南に下り、

「ココが學校。僕らの通う、私立霞ヶ丘高校。鮫島くん、今日の放課後に襲撃があったんでしょ」

うなずく鮫島。それも、梨太はまだ報告はけていない。なぜわかったと鯨が聞いてくるだろうと思い、梨太はそのまましゃべった。

「晝食に軽い神経毒を混ぜてくるってのは、それで弱らせて、あとから校外で襲撃するためだ――犯人は調理場に忍び込んでこっそり毒をれたんじゃない、學校部で働いてる、もしくは學生として潛してなじんで生活してる。でないと毒を盛れる狀況じゃなかったからね。だからこそ學食でバッタリ死なれたら困るから弱らせるだけにした」

結果として、鮫島に毒はなんら効果をもたらさず返り討ちにあったわけだが。四人がかりで待ち伏せし飛び道を放ってもかなわない騎士団長をつぶす作戦としては悪くない。

「と、騎士団のみなさんにそう思わせるために、効きもしない毒を盛らせた」

鯨が息をのむ。梨太はさらに続けた。

「で、その実行犯は學食のおばちゃん。それは間違いないとして」

「えっ?」

という聲は、騎士団があげた。襲撃者は迎撃で捕らえても毒のほうはわからなかったらしい。なぜわかると言われたら狀況的にそれしか可能がないからなのだが、重要ではないので梨太は話を流した。

「まず、宇宙船が停泊できるところってのがこの町じゃこのへん、學校の裏山あたりしかない、だから、テロたちの宇宙船が墜落したのもこのへん。

それが十ヶ月前ならば、ちょうど去年の夏休みだ。

で、學校ってのは潛伏して住処にするにはほんとうに何でもそろってるところでさ。清潔な水だって晝間に使われる量が大きいから深夜にちょいと拝借しても何ら問題はない。よそのほうは知らないけども、うちの學校は男子校のせいか警備がざるなんだよねえ。僕も友達と花火しにきたことあるもん、夜に忍び込むのは難しくないよ。鍵も余裕でピッキングできるレベル。使っていない倉庫や部室棟に、數日寢泊りするくらいできるだろうね。ほうほうのですぐそばにそんな施設があればそりゃ住み著くでしょう。テロたちは、墜落直後數日は、あの高校部に潛んでいたんだ」

「……その通りだ」

虻川が言う。

「だが、學校の連休が明けて生徒たちがあふれたらさすがに無理だ。だから、墜落してすぐに烏はオーリオウルのバイヤーに連絡をつけ、俺たちは散り散りに町で暮らし始めてる。いつまでもこんな近くにはいられない、この高校にはもう誰も」

「うん、もう暮らしてはいないだろう。だけど、數日間、學校の設備は利用していた。もし烏という化學者が、毒や薬製できる知恵があるなら、自家製造してバイヤーに流す商売をやるね。當座の資金を得るのに、學校の設備は寶の山だ。なんせ化學教室の備品と、食堂、巨大な調理室があるからね。烏はしばらくここを利用して、そして開発品と備品を持ち出した――――でもさ、そのあとどうなるかわからないし、なるべくこの學校から離れたくないよね。近くで暮らしていたいじゃないか」

梨太は指でぐるりと、地図の學校周りをたどった。

「高校のまわりで廃墟なんかまずないよ。空き家だって買い手、借り手があまただし、學生街では治安を気にして、そういうものはすぐ取り壊してしまう。実際難しいんだよ、このあたりで、住民票をとらずに屋のあるところで暮らすのは。

だけどいかにもそれらしいものが見つかった。僕も行ったことはないけども存在は知ってる。十二年前、霞ヶ丘市に新快速線路が通り、霞ヶ丘高校前に駅ができるまではにぎわっていたという、舊學生寮。ここならばあらゆる條件がそろってる」

「……學生寮」

地図を凝視し、鯨がつぶやく。ふと気がつくとすぐそばに騎士団四人も佇み、のぞき込んできていた。

梨太は怖じせず話を続けた。

「いまは利用者はいない。けど、OBたちの同窓會でネタになるかもなんて考えると取り壊しづらく、害もないからそのまんまになってる。

僕が亡命者ならばぜひここで寢泊りしたいと思う。

だから、ココに居る。

……だけどそれは、あまりにも簡単すぎる答なんだ。宇宙船の殘骸跡から距離が近すぎる。おそらく追っ手のラトキア騎士団も近くに停泊するだろう。そして高校が怪しいと気づくだろう。高校に潛し、報収集すれば近いうちに舊學生寮の存在は知られる。烏ってのが知恵者なら當然それを恐れるよね」

「うむ、この騎士団長がもうすこし日本語が達者で社があれば、夏が終わるまでにはたどり著いていた可能は高いな。それで?」

鯨が皮を言いつつ先を促す。鮫島にはその眉をかす効果もなかったが。

「そして、現実に、騎士団はやってきた。しかも高校に『あの鮫』。アジトを変えて逃げ出すか? いや、この建は惜しい。ならばいっそこの地を最大限利用して、追っ手から逃げるのではなく撃退してやろう。テロ組織を壊滅させた憎い鮫への復讐も兼ねて――と。いうことで、罠を張って僕らを待ってる。この虻川に中途半端な報を聞かせてわざと捕まえさせたんだ」

「なっ――なんだと!?」

「あなただけじゃないよ。こないだの猿川が本命だったんだと思う。猿川に、もし捕まったなら騎士団をアジトへ呼び寄せるようキーワードを握らせていただろうね。鯨さん、彼から似たような話は聞いたよね? それとなくアジトを匂わせるヒントを。それでもなかなか乗り込んでこないから、焦れた敵は、さらにヒントを追加するために一人捕虜に放ったんだ」

  鯨が眉を上げた。

「ほう。なぜわかる」

「だって猿川は重要ポストで、こいつが捕まったらどうせ亡命者たちは大部分崩壊するんでしょ? なら當然そういう手配をしとくでしょ。

それに、こないだもらったリストに虻の名前がなかったから。それでは騎士団は捜索ができない、なのにとっつかまってるってことは、この人から襲いかかってきたと考えられる。今日の放課後の襲撃者ってのはこの虻川だ。烏が軍の化學者、さらに側近が同僚だったなら、騎士団長の鮫島くんが毒に耐つける訓練をしてるって知ってるだろうに、しれっと効かない毒を盛って、鮫島くんに毒味で警戒だけさせて、その上ひとりで襲撃させた。忠誠心のない虻川に、毒で弱らせた『英雄』の首を取るチャンスだとけしかけたんだ。これは鮫島くんや鯨さんへのメッセージだ。今日これから襲撃しますからうまく捕まえて、司法取引で報を得てくださいよ、と。罠を張ったアジトに騎士団をい込むために、アジトはココが最適――と、そういうことで、あらゆる方向から考えても、結論はココにしかならないんだよ」

早口で言い捨てて、梨太は鮫島のほうへ再び向き直る。自分の推理の理論展開などどうでもいいことだ。それより考えなくてはいけないのは、これから攻め込むさいの作戦である。

鮫島の顔を、正面から見つめる。なんら恐れのない、近くに控えた決戦に向けて覚悟を決めている青年の、悍なまなざし。その深海の瞳に、梨太の眉をしかめた顔がうつりこんだ。

「相手は、鮫島くんのことをよく知ってる。その上で勝てる算段をたてているんだ。……気をつけてね。僕が送り出した場所で死なれたりしたら、僕はしばらくEDになっちゃう」

鮫島は笑った。困ったような、嬉しいような、苦笑い。

「まあ、頑張るよ」

そう言って、うなずいた。

呆然とり行きをみていた騎士団は、その言葉でようやく現実を理解した。きたるべき決戦前夜、それが、今日になったことを。

だれかがゴクリと息をのむ音が聞こえた。

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