梨太の正面に腰かけて、はうれしそうに微笑んだ。

紅のが薄く開いた、かと思ったら、ひどい早口でまくし立てられる。

「それは、このお茶會？　ならばさっき言ったとおり君と話がしたい。ただの好奇心で他意はない。

それともこのアジトへ潛伏した理由？　ならば、自縦で墜落した船のすぐちかくに、ちょうどいいとこがあって、いまのとこ出ていく理由がないから。意外といごこちよくって。

毒ガスや電磁波兵を作った理由？　まあ追っ手の騎士団対策だけど、なによりクゥを捕らえるためよ。できれば生け捕りに。無理だったら死でも。

どうしてクゥがほしいのか――だったら、これは純然たる趣味」

テーブルの下で、細い腳を組み替える。つま先で梨太のすねをくすぐって、

「他に質問は？」

アダルトムービーの家庭教師、そのままの口調で言った。

梨太は頬を紅させながら、かすかにふるえる手で紅茶のカップを取り、に含む。そして吹き出した。

「ぶはっ！　っあ、わっ。飲んじゃったっ」

慌ててハンカチをだし、濡れた顎を拭う。烏がケラケラ笑った。

ハンカチで口元を押さえながら、こほん、と咳払い。

「ぼ、僕が、聞きたかったのは……もっと、昔の話です。四年前と、二年前、ですか。軍を追放、もしかしたら刑罰をくらう危険を犯してまで兵の研究をしたのと、あなたほど実力があればまっとうな道へ転職できただろうに、テロの鍛冶屋なんかにったこと――その、リスクに見合うメリットが、僕にはわからなくて」

現にそのリスクのほうを引き當てて、居所をなくし、こんな辺境の星へ追い込まれている烏。

彼に、政治的思想があるようには思えなかった。地球ではたまたまボスという立場になったが、もともとはただの裏方だ。

なぜ彼はここに至るのか。

梨太の問いに、烏はどうということもない顔で、簡単に答えてくれた。

「ああ、それも、クゥがほしい理由と一緒。趣味よ。私は……兵開発が大好きなの。

毒や機械を作り、人間の頭蓋骨を開いて、神経をいじくって、ヒトがどうなるのかを観察する。思い通りにいけばご飯が味しいし、そうならなかったら、明日はがんばるぞって熱いシャワーを浴びる。それが私の人生。生き甲斐。そうしていないと、生きていけないの」

「…………」

「あのテロ活は、ろくな志向もない、馬鹿の大聲コンテスト同好會でしかなかったけども、それがとても都合が良かった。自分から腕を差し出したやつまでいたわよ。革命の礎にしてくださいってね。まあ、爪に電流流しただけで泣いて逃げちゃったけどねえ」

烏は軽やかに笑い、紅茶のおかわりを注いでくれた。梨太は諦めたように嘆息し、カップを傾けながら、尋ねる。

「なんで、鮫島くん、なんですか」

梨太の問いに、

「泣いて逃げなかったからよ」

烏は答えた。

梨太はき、またハンカチで口元を押さえる。そして烏を見據えた。

こつこつ、とがった爪がテーブルをたたく。清潔に磨かれた爪だった。

前かがみ気味になった烏の元は、ふっくらとかに盛り上がっていた。全的には不健康なまでに痩せぎすで、うすく肋骨まで見えるのに、そのすぐしたには満なのがある。それがやけに蠱的だった。

「指の怪我をしたことはある、梨太君」

バレリーナの腳のように、二本の指をらせ、烏。

「私もあるわ。まだ學生だったとき、うっかり酸で小指と薬指を半分焼いてしまったの。恐ろしい験だった。そのとき――怪我をしたのは左手指先だったのに、首筋や脇の下に異常な覚をおぼえた。それが衝撃的でねえ。人間の脳とか神経とか、『痛み』って、なんておもしろいんだろうって、もうはまっちゃって。左手の指を全部焼いてみたけどまだまだ足りなくて。それで、軍人になった」

うっ、とく。おそるおそる彼の左右の手を見比べた。同じのにしか見えなかった。

「……梨太君、ラトキアの歴史は知っていて？　意外にも淺い國なのよ。三百年前、それまで原始人同然の暮らしをしていたラトキア人を、異星人の科學力が支配した。その百年後に革命、再び、ラトキア人がその星の王となった。國や星の名前が変わったのもそのあとのこと。

私はもちろん生まれていないけど、まあ、慘な戦さがあったのは想像にかたくないわよね。

侵略、奴隷、迫害、そして革命――それはそれは、つらい百年間。ラトキアはもう戦いたくないのよ。みんな仲良く平和に生きよう、をキャッチフレーズに掲げて建國した手前、舊統治者と同じことをするわけに行かないしね」

梨太は、ふと、鮫島の言葉を思い出した。

星最強の男――そうよばれたのは人を死なさず勝つことができたから。

現地では神格化すらされているという鮫島の評価の理由である。

 　烏は、そんなことは興味がないようだった。話を急ぐ。

「だから、兵の開発自、すごーくいろんなしがらみがあって、平和的使用目的と名目をつけてようやっとマウス。人実験なんてもってのほか。兇悪犯罪の死刑囚ですらも安楽死。意味不明。まったくうんざりよ。いつかこんな國を出て、オーリオウルに行こうとはずっと思ってた。

 　ほんとうに不自由だった。理論的には完しているのに、実現させることができない。かくなるうえは自分のクローンでも作るかと思い立ったとき――あの子に出會ったのよ」

烏の表に、幸福があふれる。

「毒耐ワクチン――その完品の臨床実験。出來るだけい、子供がましかった。訓練學校に號令がかかり、有志をつのって――あの子ひとりが手を挙げた。とても可いの子だったわ。

意識が混濁するほど高熱を出して、つらいともやっぱりやめるとも言わないで、歯の殘る歯を噛みしめて……私の質問に、すべてきちんと答えた。

私はしたの。あんな子いないわ。

それから、毒の種類はどんどん追加されていったけど、彼は一度も拒否しなかった。激痛にも、ただ悲鳴をあげるだけの屑と違って、どこそこがどんなふうにじると回答してくれる。本當に、本當に、ありがたい。クゥは天使よ。あの子と一緒に過ごした八年間は私の人生でもっとも幸福な時。

――泣かない。逃げない。これは何と聞きもしないで、手渡した毒を飲み干して。また何日後にきてねとだけ言えば、自分の休日、仕事のあいまに研究室にやってきて、ベッドに座って私を待ってる。なにより生まれつきの頑丈さ！　壊れない！

軍を追放されてから、何人も試してみたけどクゥより便利な被験はいなかったわ！　私にはクゥが必要なの。クゥだけいればいいのよ――！」

梨太は立ち上がった。テーブルの下で、ぎりぎりまで絞っていた引き金を引く。

ドラマで知る、銃撃音よりもはるかに小さく間の抜けた発砲音。銃弾は、烏の肩を撃ちぬいた。

「もうたくさんだよ変態っ――！」

睨みつけるまなざしに、たしかな殺意があった。

細く小さなカプセル弾は、烏ので薬をぶちまけた。ダメージは太い針を刺した程度。だが強力な麻酔薬は、ひとの意識を即座にもぎ取る、はずであった。

烏は、銃弾を撃ち込まれたその腕を持ち上げた。おもちゃのような小銃を連、銃弾の無い衝撃派のような攻撃が、數十発撃ち込まれる。

梨太の悲鳴が、甲高い騒音に飲まれる。

烏はなんのためらいなく撃ち込んできた。引き金を引いている間ずっと放たれる仕組みらしい。崩れ落ち、床に転がる梨太を銃口が追いかける。防護スーツに無數のがあき、鮮が床を染めていった。

かなくなった年を見下ろし、烏はようやく銃をおろした。

「七年ほど前だったかしら。その麻酔銃の薬を調合したのも私。免疫をつけて、対策をしていて當たり前」

自のと、梨太の返りに汚れた白をぐ。半袖のシャツ、細い腕の傷に口づけた。傷口を吸い、二度三度床に吐く。

「生きてるわよね梨太君？　これ面白い武でしょ。私が作ったの。傷口は私よりも淺いはずよ。それだけだらけだと痛いでしょうけど」

改めて白を羽織りながら、彼は歩み寄ってきた。橫たわる梨太の目前に、烏のくるぶしが映る。

「……さて、けるかな？　いますぐ起きなきゃ殺すよ」

梨太は激痛に耐えながら、を起こそうとした。しかし肘がたたず、再びはいつくばる。烏がニヤリと笑った。

「紅茶、毒がってないわけがないじゃない」

「う……ぅ、っく」

うめきながら、なんとか腕立て――手のひらがですべり、派手に顔面を落とした。額にこぶを作った梨太を、烏が笑う。

蠱的な赤いは、まみれの梨太を見てなお艶を帯びていた。