目を覚ますと、部屋はすでに灼熱の熱気につつまれていた。枕もとのスマートフォンを確認すると、AM１０：００の表示。

まだ午前中。しかし日本の八月はもう冷房なしで過ごせる気候ではない。

梨太は布団からを起こし、タオルケットを橫によけた。

「んー……っ」

聲をだして、大きくび。思い切り酸素をとりこめば、惰眠で緩んだ年のは覚醒とともに引き締まっていく。

十九歳。それは、年が大人の男になるための準備期間であった。一見華奢で、頼りない木のような。しかしその樹皮の下には決して手折れぬしなやかな繊維を湛えている。

艶やかな筋が盛り上がり、ほんの一瞬だけ男のを映し出す。そして力され、ゆるやかに年のものへと戻っていった。

背丈は平均をほんのし下回り、骨が細くお世辭にもたくましいとはいえない。明るい栗の髪、丸みのある琥珀の瞳。寢ぼけ眼でぼんやりと天井を見上げる眼差しには、まだじみたすら覗かせていた。

いだパジャマを、巨大なトランクへ。代わりに洋服を取り出して羽織った。

テーブルの上に置かれた黒縁の眼鏡を裝著し、前髪をすこしだけ整える。

そうして、彼は客間をあとにした。

部屋を出てすぐ、吹き抜けになった一階リビングが見下ろせる。梨太は小さく嘆息した。

「……これちょっと苦手なんだよねえ」

呟き、手すりにつかまって、螺旋階段を下りていく。

リビングは、ちょっとしたスポーツでも出來そうなほど広い空間になっていた。ナチュラルウッドでテイストをそろえた、華ではないがセンスのいいインテリアである。

この家の造りは、梨太はとても好きだった。かすかに口元をほころばせ、一軒家の中でもっとも巨大な空間である、リビングへっていった。

明るいの差し込むフロア。キッチンスペースを隔てるバーカウンターテーブルに、夫婦が並んで腰掛けて、遅い朝食をとっている。明るい談笑の聲。

仲むつまじい夫婦の後姿に、梨太は三メートルの距離をおいたまま、頭を下げた。

「おはようございまーす、おとーさんおかーさん」

ピタリと、の手が止まる。男の方は言葉だけをなくした。

梨太は勝手に、カウンターとは離れた位置のダイニングテーブルへ腰掛けると、コンビニ袋から菓子パンを取り出す。それを朝食にして、食べ終えたゴミをトランクへれる。そしてふと、無言のまま食べ続けている男のほうへ聲をかけた。

「飲みをもらってもいいですか？」

返事をしたのはの方だった。

「それは契約にはないことだわ」

梨太は肩をすくめ、立ち上がる。

「水道水くらい飲ませてよ。冷蔵庫にもらないから」

「あなた、今度はいつ行くの」

が言う。

梨太は皮げに顔を半分ゆがめ、それでも笑って答えた。

「昨夜かえってきて、寢て起きたとこなのにそれを聞きますか？　ええと、八月半ばにイベントがあって、発表するものがあるからそれまではいるよ。そのあとは適當に。休みは九月半ばまであるんだけど、もうし早くあっちへ行くかな」

「去年は、二日もここにいたわ」

は、話を聞く気はないらしい。

さめていく目玉焼きをじっと見下ろしたまま、ぼそぼそと早口で続ける。

「いつあっちへ行くの。あっちがあなたの家でしょう。あの家はあなたに売ったの。もういいでしょ。あっちの家へ行ってよ。定期的にひとをやって、メンテナンスはしてあるわ。いつでもあっちで暮らせるように、せっかくしてあるんだから、あっちへ行ってよ――」

梨太はちいさく息を吐いた。

「水を飲んだら出るよ」

しかし他人の家で、食棚を開けるのは憚られた。モーニングコーヒーでも飲んだ後だろう、かわいらしいデザインのペアマグカップが水籠に置かれている。

どちらを借りようか、梨太は短い逡巡をした。

「――親の顔に似てきたわ。もうだめ。私、耐えられない」

手が止まる。のない男の聲が続いた。

「がんばりなさい。あれももうすぐ二十歳、いましばらくの辛抱だよ。今年きりのことじゃないか」

「もうだめよ。もうだめ。怖いわ。気持ち悪い。吐きそう――」

梨太は踵を返した。結局水を飲むこともなく、トランクを引いて、家をあとにした。背を向けた門扉には、栗林との表札。

飲みは家の向かいのコンビニで買った。