《鮫島くんのおっぱい》鮫島くんとあそぼ

仰天、という言葉は間違っていると梨太は思う。

ひとは本気で驚いたとき天など仰がない。目を大きく見開いて、口を開け、首をつきだし、から奇妙な聲をらすだけだ。

「っええぇぇぇぇええー……っ……」

まさに梨太はそのようにして、目の前の、に、なった、三年ぶりに再會した青年を凝視した。

そのつもりになって確認すれば、確かに間違いなく鮫島である。

だが、だ。

まちがいなくだ。

鮫島からしても見上げるほど大きなおっさんの後ろから出てきたからなおのこと華奢で、たおやかな、絶世の

いや、というより――

「か……可い……」

鮫島は、しゃっくりを飲み込んだような顔をした。その頬がみるみる赤く染まっていく。

その赤面を、彼は手のひらで顔を隠した。ほぼ男の時と変わらぬ長い指に、ちいさな顔すべてが覆われる。

梨太はすかさず踏み込んで、彼の手首をつかみ、力ずくで開きにかかった。即座に彼も抵抗する。そうなるともう、梨太が男の力を全開にしてもびくともしなかった。

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星最強の男、英雄とうたわれるラトキア騎士団長の力は、可くなっても健在らしい。

ぐぐぐぐぐ、しばらく二人が力比べをしていると、後頭部をゴツンと結構な強さで毆られた。

「なにやってんだよっ!」

振り向くと、これも知った顔。赤銅の瞳がちょっと離れがちに配置された、のある顔がたち。特徴的な赤い髪は、今は茶いニット帽のなかに押し込められてた。

不機嫌に歪めた顔に、梨太は明るい聲であいさつした。

「あ、犬居さんだ。いたの」

「いて悪かったな! 俺は騎士団の第一調査員で、団長の補佐役。団長の小隊がくときは絶対いるんだよ。つかなんだお前、そのメガネ。オタクくせぇ」

「あっ、いきなりひどい言い方。日本じゃ男はメガネで一段上がるっていうんだよ。まあメガネ子萌えもわからなくはないけど。そういえば犬居さんも帽子変えた? 素敵だね、似合ってるよ」

「っ、……え、あ? そ、そうかな――」

「という見えいたお世辭にすぐに騙される。うん、犬居さんも相変わらず、からかうとほんと面白いね」

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「このくそガキがっ!」

犬歯を剝いて飛び掛かろうとする、犬居の肩に下げた巨大な鞄から、ピンクのくじら型機械が飛び出した。

「わたしもいるぞー!」

モニターに、うねる黒髪の豪奢なが映る。彼は満面の笑みを浮かべ、畫面に向かって両手をぶんぶんふって見せた。

「リタ君ひっさしぶりーっ! やあやあ、よくもまあ男前に育って、あのちんこ坊主が」

「綽名の発端あんたかっ!? 心の底からやめてください」

「いやはやまったく、その姿をみれて、おねーさんは本當にうれしい」

「恐です。たまにまだの子に間違われるけどね……」

くじらくんはいかにも機嫌良さそうに空中を回遊した。モニターの鯨が、赤いにほほえみを浮かべる。

「本當に、また會えてうれしいぞ。はもう大丈夫なのか? 三年前は挨拶もせずに帰還して……本當にすまないことをした。責められる覚悟はしている。わたしの代わりに犬居をとことん毆ってくれてかまわない」

「ええっ!?」

犬居が悲鳴を上げた。彼と、鮫島以外がドッと笑う。

梨太は、それじゃあお言葉に甘えてととりあえずノッてから、もちろん拳を引いた。

手のひらをヒラヒラちらつかせつつ、軽薄な口調で言う。

「そりゃ、ラトキアでトップクラスのオエライサンが、いつまでも民間人にかかりきりじゃいられないでしょ。病院では手厚く看護してもらいましたし、大金もけ取ったし、お気になさらず。また會えて嬉しいです、鯨さん。あなたもますますおしいですね」

ほほほと高らかに笑う鯨。

「妙齢のに、変わらず若い、というのをほめ言葉に使わないところが君のいいところだな、年。……おっと、もう年ともいうべきではないのか。いま二十歳か」

「いや、ギリ未年。誕生日が秋だからね。でも、外見年齢は鮫島くんとほぼほぼ並んだかな?」

名を呼ばれて、鮫島は顔を覆っていた手をゆるめた。赤みの差した目元がのぞく。

すかさず梨太はその腕を再度捕まえてガバリと開いた。不意打ちに、むき出しになった彼の顔をのぞき込む。

ぱちくり。大きく瞬きをする鮫島。

梨太は目を細めて笑った。

「あー……ほんとに可い。すごい。僕、こんなにきれいなひと初めて見た。また會えてよかった……」

彼はふたたびシャックリして、梨太の手を払い逃げ出した。といってもすぐ隣の豬の背中に隠れただけで、としては広い肩がはみ出ていたが。

鯨は眉をしかめ、弟のほうを指さし、怪訝な聲を上げる。

「可いかあ? 君のセンスはどうかしている。ほとんど男のままではないか。相変わらず想もないし無駄にでかいし、そのくせはド平面で、いったい何を持って雌だと判斷できるんだ」

「いや見ればわかるでしょ。ですよ。可いよ」

梨太はきっぱりと斷言した。

確かに鯨の言うとおり、三年前から、さほど大きく変わったわけではない。

かつてより長がみ、格は一回り小柄になった、それだけである。

髪型もそのまま、印象に強い學ランや凜々しい軍服から中的な布の服に変わったほか、的に指さしてどこが変わったとは言いづらい。

しかし、梨太はもう一度深くうなずいた。

「いまの鮫島くんは、の人だ。間違いない」

巨漢のからそうっとのぞかせた顔半分と視線が合う。梨太は手を振った。赤面したままかない彼を見つめて、へらっと相好を崩す。

「うっはーあぁもうなにあれ。どうしてあんなんなっちゃったの鮫島くんってば。可いなああ」

「……君を男子高校にれたのは、ご両親の英斷だな」

鯨は、なぜか苦みを含む聲でつぶやいた。。

こちらと絡んでいる間に、蝶や虎がトランクの荷を片づけてくれていた。大量の著替えと宿泊用品などを見た犬居が眉を寄せ、

「ん? なんだおまえ、旅行に行くのか」

「いや、逆。昨日やっと帰ってきたんだよ。僕いま留學してるんだ。普段は學生寮にいるんだけど、あっちはいま夏休み――というか新學期準備期間がこの時期なの。だからじきまた向こうにいく」

「えっ!」

突然大きな聲を上げたのは鮫島。

全員が視線をやると、また慌てて姿を隠した。衝立代わりの武人は居心地悪くはないようで、泰然としている。

「リタ殿。いつまでこの家に?」

珍しく口を利いた。

豬は厳つい顔立ちをしているが、深い彫りの奧に輝く水の瞳はき通り、優しい。梨太は上空二十センチの武人を見上げて、

「ひとつきくらい。ちょっと先にこっちでイベント――學生研究発表會ってのがあってさ。八月いっぱいは居るつもり」

「うむ」

「おお!」

「そっかー」

「よし、よし」

「ほうほう」

騎士たちがめいめい発聲した。

「……うん? 何?」

しかし梨太に解説はくれず、小聲で相談をはじめる。

トランクを梨太に手渡しながら、虎がニヤリと笑った。

「ま、立ち話もなんだな。人目もひくし、そろそろ引き上げようぜ。俺ぁ日本は好きだけど、このくそ暑い夏だけは耐えられねーや」

「軍服げばいいのに」

「これは見た目よりはるかに涼しいようにできてんだよ。つか日差しのほうがつらい。たぶんラトキア人は日本人よりが弱いんだ。そういうことだから、団長が茹であがっちまう前に家にれてやってくれ」

顎をしゃくる年。梨太は、自分自もすっかり汗だくになっているのにようやく気がついて、あわてて自宅の門扉をくぐった。

半年ぶりの我が家。

(……メンテナンスはしてるって、いってたけど。うっかり野良貓なんかってませんように)

などと、祈りながら鍵を開く。

扉をあけると、三年前よりも若干景観を寂しくした玄関があった。思っていたよりも熱気がこもっていない。數時間前には換気されていたようである。梨太はとりあえずエアコンを稼働させ、騎士たちを迎えに玄関へと戻る。

しかしそこにいたのは鮫島ただひとり。騎士たちは門扉のむこう、道路のほうで手を振っていた。

「あれ? みなさんらないの?」

「だから、俺たちはほかのとこ行かなきゃいけないんだって。ここにはたまたま、リタの顔見に來ただけ」

「つか団長送りに」

「リタ君、団長をよろしくー」

「では、失禮」

「は?」

後ろを振り向くと、鮫島の正面にくじらくんが浮遊して、やけに真面目ぶった聲を出していた。

「鮫。己の時間だ、好きにすればいいが、騎士団の長であり並みならぬ立場にあることだけは忘れるなよ。そして地球人に無禮のないよう、節度を守ってな」

ラトキア國家の権力者であり、將軍であり、年の離れた姉である彼は、いったいどの立場から話しているのだろうか。梨太には見て取れない。鮫島はなにも言い返さずに、素直にうなずき、敬禮してみせる。

鯨はそれで満足すると、騎士団員たちの後を追っていった。

賑やかしい集団がいちどきに去り、住宅地が靜寂に包まれる。遠く聞こえる蟬の聲――梨太は目を丸くして、鮫島の橫顔をみる。視線があわさった。

鮫島は、バラをちょっとだけかした。最初の挨拶以來、やっと言葉を話す。

「リタ。あのね、俺も、休み」

「へっ?」

言われて――改めて、彼の全を確認した。

今日の彼は、軍服を著ていなかった。ゆったりとしつつきやすそうな、アオザイに似たしなやかな白の貫頭。ラトキアの市民服だというそれは、つまり私服ということだ。

「休み? ……今日? もう? いま?」

うなずく鮫島。彼は頬をまた冷やすように手のひらを當てて、きらきらした瞳を細めた。

小さな聲で、だがはっきりと。

「あそぼ」

呆然と、口が開く。こくこくうなずくと、鮫島は眉を垂れさせた。斷られるんじゃないかと一応張していたらしい。おじゃましますと呟いて靴をぎ、なんだか嬉しそうに家にあがっていく。

「え……ええと……」

梨太は、今朝目が覚めてからの二時間で我がに起こった神の溫度差に、頭がうまく切り替わらないままだった。

鮫島との初対面、彼がビルから飛び降りてきて踏まれ手錠をかけられ宇宙人だと発覚したときよりも、よほど理解しがたいこの狀況。

「ええと……」

リビングをのぞくと、鮫島がエアコンに向かって目を閉じていた。梨太に気が付くと、こっちへおいでと手招きしてくる。

梨太は鮫島の隣に並んだ。心地よい風が火照ったを冷ましていく。栗の髪をはためかせ、梨太は視線を漂わせ、ぼそりとつぶやく――

「これって、あれかな。……鴨ネギ的な」

日本語に聡くない鮫島が、意味が分からず小首を傾げる。

「鴨? たべものの話?」

「……うん、よし。今夜食べましょうね。いっしょに」

鮫島はふふっと小さく聲を出し、笑った。

まるで無垢の児のような笑顔に、梨太は視線をやることもできず、エアコンの羽をじっと見つめていた。

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