《鮫島くんのおっぱい》鴨ネギワッショイ祭り 終幕

念に、かつ手早く全を洗浄して、歯磨きまで済ませてしまう。リビングに鮫島の姿がないのを確認し、二階へ上がる。扉を前に深呼吸ひとつ。

開けるよ、と聲をかけ、返事を待たずにドアノブを押し――そのままガクリと膝をついた。

「な……なぜ寢とるうぅぅっ!?」

梨太の悲鳴に、クゥクゥと平和な寢息で返事をする鮫島。

エアコンの効いた男子の部屋、シングルベッドで、鮫島が気持ちよさそうに眠り込んでいた。布団を床に敷いていたのだが、そういえばどっちが客用と説明したわけではない。おそらくはなにも考えず、奧へと詰めたのだろう。

うっかり寢落ちした、とも思えない。

ちゃんと枕も敷いてタオルケットにくるまって、當たり前のように、寢ている。

梨太はベッドサイドに詰め寄った。

「おーい、さっめじまくーん。おっきってー」

呼びかける聲に遠慮はない。

「鮫島くん鮫島くん、ちょっと一回起きましょう。えー、とりあえずこっちは僕のベッドだから。そういうことに決まっているから、そこにいたら被さっちゃいますよーおーい」

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マットレスを踏みつけ、重を乗せて揺さぶってみる。

スプリングがギシギシ音を立て、鮫島のがあわせて揺れた。前髪が額を扇ぎ、顎の位置が前後する。緩く開いた細い指が宙を掻く。

ぎしぎしぎしぎし。

しばらく、堪能してみる。

ぎしっぎしっぎしっぎしっ。

「……いや、こういうことで満足する次元じゃないんだよもう、十九歳というのは。とりあえず起きようよ鮫島くん鮫島くん鮫島くん。僕は君とエッチなことがしたいのです。起きてねえお願い。さーめーじーまーくん、タオルはがすよ。宣言したからね。はがすよっ」

と、しっかり口にして、梨太は迷わず掛け布をめくりあげた。

「……おおう」

思わず、聲がでた。

なんと――しい。

まさしくしいの一言。

年向けのベッドの、端から端まで占拠する長。枕に大量の余分をつくる小さな頭蓋。卵形の顔面に完璧な采配で置かれたパーツは、それでいてひとつひとつが丹込めた工蕓品のようだった。

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湯浴みにより磨かれたは一點の曇りもなく、蛍燈を反輝く。

真っ白なに、のど仏らしいものは見當たらなかった。

ゆったりとした裾からは、やけに華奢な手首と足首がびていた。

「うーむ……」

梨太は腕を組んで唸った。

うーむ、うーむ、うなりながら、再度膝を付き、鮫島のを見下ろす。

鮫島の手を持ち上げる。力した腕は思いのほか重く、しかし儚いほどに軽い。ふんわりと開いた指先をつまんでくすぐっても、何の抵抗もなく反応もなく、ただのらかな人形のようだった。

「う――む」

梨太のベッドで、鮫島はぴくりともせずに睡を続けていた。そのあまりにも安心しきった様子に、ほほえましさよりも複雑な心境で歯噛みする。

「……これは、アレか……やっぱり鮫島くんは、男、なのかな」

その結論に行きついた。

鮫島は、馬鹿ではない。梨太が鮫島のに興味津々であることも知っている。梨太が、こんなシチュエーションでもただドギマギするだけで手を出さず放置する年マンガのちょっとえっちなコメディの主人公のような紳士でないことも、まあ多分バレているだろう。隠していないし。

なんにもされないなんて、思っているわけがない。

なのに、こうして寢ている。それはすなわちなんでもされていいと想定してのことか、もしくは――

梨太が服をがしたとしても、萎えさせられるであるからか。

「……さすがにこの二択ならば、現時點、後者……だよなあ」

うーむ、と低いうなり聲。

「……ぱんつがして確認ってのは、さすがに鬼畜だよねえ……?」

つぶやき、栗の髪をかき混ぜて――大きく嘆息。舌打ちと同時に、しょうがねーな、とつぶやいた。

「まだしばらく地球に滯在はしてるはずだし、休憩に立ち寄ってくれるだろう。その時までに話を聞いて、はっきりさせてからがそう」

よしそうしようとつぶやいて、そして梨太は當たり前のように、ベッドの隙間に潛り込んでいった。

とりあえずそれで、なにをするでもない。

年用の小ぶりなベッドに、並んで寢転がる。

鮫島の背中をし押してスペースを作り、梨太は彼と枕を共用した。寢転がったまま腕をばし、掛け布をつかんで掛け直す。

リモコンで電燈を落とすと、部屋は暗闇に覆われた。

それでもしばらく、目を見開いて、隣を見つめる。

目が慣れるよりも以前から、鮫島の郭が見て取れていた。

白い額に、れた前髪をでて戻すと、ちょうど彼が寢返りを打ち、梨太の手に頬を乗せた。梨太の指先に、鮫島のがかすかにれる。

爪でれたら弾けてしまいそうな、薄い皮にみずみずしい膨らみ。薬指でしなぞってみる。一瞬だけ、くすぐったそうにピクリといた。

「……鮫島くん」

誰にも聞こえない聲で囁いて――梨太は鮫島の橫顔から手を引き抜くと、もう一度髪をで、その額に軽く、口づけをした。

湯上がり間もなく火照ったに、エアコンの風が心地いい。いずれタイマーが切れるころには、こうして同衾しているのは暑いだろう。それでも、今の心地よさを優先し、梨太は目を閉じた。

暗闇の中、左側に、人間の気配がする。

かすかな寢息。溫。それになにかふんわりとほだされる、いい匂い――同じ湯につかり同じ石鹸を使ったはずなのに、明らかに自分とは違う、甘い香り。

鮫島がそこに寢ている気配がする。

「あああぁぁうううぅぅーっ」

顔を覆って、呟く。

「くっそぉぉおおっ……、が、し、たいぃっ……!」

わざと、大きな聲を出したが、鮫島が目を覚ますことはないまま夜は更けていくのだった。

閑靜な住宅地は、日暮れとともに急速に靜寂に包まれて、穏やかな闇となる。

住宅街を抜けると、風景は急に都會じみてきた。商業ビルに分譲マンション、飲食店。霞ヶ丘市は、ほんの小さな半徑に、住民の生活すべてが詰め込まれている。

それは、ラトキア王都では見られない景であった。ラトキアでは、軍施設の立ち並ぶ帝都があり、市民居住區、商業區、工業區、第一次生産區と、目的ごとに區畫分けされている。個人が自車を持つことは許されていないので、周回バスが常に走り回っている、あの都。そうでなければ、軍陣の威は示せないし、運公園のすぐ隣に住む者はうるさくてかなわないだろう。

それなのに――なぜこの町は、これほど穏やかに闇を抱くことができるのだろう。

サングラスの奧、犬居は赤銅の目を細めた。髪をつめこんだ季節外れのニット帽。己のにある赤い部分をすべて覆い隠している。

真橫を浮遊していた鯨に、彼は黒レンズ越しの視線を向けた。

「ほんとにいいんですか、行かせてしまって」

その聲音に不機嫌さを隠していない。

鯨は肩をすくめた。

「仕方なかろう、本人が良い、いや、行きたいというのだから。一軍人の休日の過ごし方まで関與できるほど將軍はエラくはない」

「……前回、リタが達した仕事の報酬はもう金品で支払ったはず。も回復したのだし、団長が気に病むことはなにもないはずです」

「わたしも同じことをさんざん言ったわ。しかし聞かぬ。

……まあ、わからんではないがな。わたしとて、リタ君があれほど勇猛だとは思っていなかった。あんな児のような子供が……己も傷だらけになって、騎士団長を背負って出してくるなど……いまどき、レトロな英雄奇譚ヒロイック・サーガもないものだ」

鯨は赤いを持ち上げ、眉を垂れさせて、どこかさみしげに微笑んだ。

「それで勇者花と散るとくればせめて綺麗に結べるものを、昏睡狀態のまま、別れの言葉もなく置いて帰ったのだ。さしもの樸念仁も相當堪えたらしい。気に病むなというほうが殘酷だろう」

「だからってっ」

犬居はをかんだ。

「その詫びに、をささげに行くだなんて。英雄のやることじゃないっ……!」

「……大仰にするな。あれはではない、あくまで男だ。雌化周期で、ちょいとばかりらかくなった板をまさぐられるだけの話」

「だって、あのリタですよ!?」

犬居はとうとう悲鳴をあげた。

「それだけで済むわけないじゃないですか!」

「お前、何を言っているんだ、犬居」

背後からかかった聲は、虎のものである。彼は鮮やかな朱金の髪を惜しげもなくさらし、機嫌よく言ってくる。

「あのだんちょーが組み伏せられるわけねえだろ。あの人が嫌がればリタごときどうにもできねえって」

「そういう、ことじゃ……!」

「ま、ま、おれ達がヤキモキするのはやめよーよ」

今度は蝶が橫に並んだ。彼は毎度のにこやかな顔立ちで、軽薄な口調でなだめてくる。

「なにがどうなったって、一度や二度で雌化優位になるわけじゃなし。おれ達になんの支障もないじゃないか」

「自分らに出來ることは、あの方の希を葉えるため盡力するのみ」

前方をゆく豬が続けた。

「騎士団長殿のため、同胞のため、我ら騎士はその力を振るう。ただそれだけである」

「……そういうことだな」

鯨はうなずき、そして、遠くかなたへ視線を逸らした。

「それに……あの大ボケのことだ。そうそうリタ君の思う、アタリマエの展開にはならない気がするし」

モニター畫面が大きく揺れた。の姿から、地域の鳥瞰地図へ切り替わる。畫面の中に赤い點滅。姿のないまま、將軍の聲がする。

「バルゴの生反応だ。西に二キロ。北東へ分速二十メートル程度で移している。ゆくぞ、ラトキアの騎士たちよ!」

「ラジャりましたー」

その言葉は虎だけが言った。

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