《鮫島くんのおっぱい》鮫島くんとバナナシェイク

そのまま、梨太は三人としばらく談笑し、接続を解除する。続いて他の人間がやってくる。梨太はそうして十人余りと接した。

何度か言語を変えながら、二時間近くしゃべり通す。

さすがに口と脳味噌が疲れてきて、梨太はその場のメンツに挨拶をし、パソコンを切った。

時計を見ると、午前九時を回っている。

「……ちょっと遅いなあ」

つぶやく。と、まさにそのタイミングでドアベルが鳴らされた。

「はーい」

來客はいかつい中年男だった。商店街にあるなじみの米屋で、配達のサービスをしてくれる店主である。車のない梨太は、高校生の頃からなじみであった。年の利用客は珍しいらしく、懇意にしてくれていた。

「毎度」

想の悪い米屋の店主。しかし、今日はいっそう無想、というより、なにやら上の空だ。金を払いながら、どうかしたのかと聞いてみる。

「いや……栗林さん、屋瓦の手れでもしてるんですかい?」

「いえ? なんで」

「なんか、あんたんちの上、さっきからずっと人が座ってますぜ。それがどうものように見えるんだが……。職人さんなら、危ないっつうのは余計なお世話だがよ、そういう格好でもないし……」

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梨太は顎が落ちそうになった。

想な店主が帰った後、梨太はすぐに表に出て、しばらく呆然と屋を見上げてしまった。

鮫島、である。

昨日と同じ、ラトキアの白い服。二階建ての一軒家、屋の上に、昔からある置のようにちょこんと座り込んでいた。なくとも戦闘中ではなく、偵察などしているようでもない。

ただ、じっと座っている。

「さっ……鮫島くん。さめじまくーん!」

聲を上げると、彼は無表の顔を向けた。こともなげに、ひらひらと手を振ってみせたりする。

「なにやってんの!? あぶな……くは、君はないんだろうけども、目立ってるよー!」

鮫島はうなずくと、二階の屋から、外塀、地面の二ステップで降りてきた。

トン、と軽い足音ひとつ。梨太よりもしだけ高い背丈をまっすぐにばし、何事もなかったかのようにそこに立った。

「おはよう」

「お、おはよ……なにしてたの」

彼は食べかけのパンを掲げて見せた。もう片方の手にはコンビニの袋がぶらさがっている。

の上でブレックファスト?

問いかけるよりも早く、彼のそばに雀が集まってきた。手のひらに小さくちぎったパンくずを載せ、雀を止まらせる鮫島。

雀たちは警戒するようすもなく、鮫島の手からパンをつついていた。その様子を凝視しつつも無表で淡々と、彼は言う。

「かわいい」

「……。可いね……」

「屋の上を歩いてたら、いっぱいいたから、餌付けをしてみた」

「へ、へー、ふーん。街で雀って懐くんだねえ」

つっこみどころが多すぎて、うまく相槌が打てなかった。

鮫島が腕をばすと、そこを電線や枝と見なしたか、雀たちがきれいに並ぶ。

不思議な景だった。

試しに梨太もパンをもらって試みたが、寄りつこうとしない。ラトキア騎士団長にはなにか野生の警戒心をとく特殊な空気でもあるのだろうか。

苦笑する梨太を見て、鮫島は何か、気を使ったらしい。

自分の肩で羽繕いしている一羽を、電石火でその手に摑んだ。

一瞬、なにが起こったかわからず固まる雀。すぐにピイピイと激しく鳴き喚いた。その恐慌ぶりに彼も驚き、手を離す。

飛び去っていく鳥たちを見送って、梨太は首を振った。

「だめだよ鮫島くん、小鳥をあんなふうに握っちゃ。骨折しちゃうよ」

「手加減はしたぞ」

「自分で暴れて折ってしまうんだよ。野生の鳥が翼を折ることはそのまま死につながるんだから、いや鳥に限らず、をいきなり摑むのは良くないと思うよ」

「そうか……悪いことをしたな」

彼は納得して、し気落ちしたように肩をすぼめた。

この素直さを、自分はいったいどこに忘れてきたのだろう。そんなことを思いながら、玄関の方へ彼を招く。

「手を洗った方がいいよ。病気や寄生蟲とか持ってるからね」

彼は頷いて、黙って梨太のあとに続いた。

洗面所で手を洗う間、彼はコンビニ袋を床に置いた。それを見下ろし、梨太は聞いてみる。

「もう仕事に行ったのかと思ってた。どこ行ってたの?」

「起きて、おなかが空いたから、朝飯を買ってきた」

袋を持ち上げる鮫島。にっこり笑って、

「パンと、おにぎりと、適當に。あと、アイスクリームっ」

最後の単語が妙に力がっている。梨太は半眼になって尋ねた。

「……それ買ったのどのくらい前?」

問われて彼は、自分の臍のあたりに手のひらを當てた。

「二時間くらい前?」

「いま腹時計で測ったね、宇宙船でワープゾーン越えてやってきたような高度な科學の星の騎士が。ところで鮫島くん、地球の雑學だけども、アイスクリームって暑いと溶けるのは知っている?」

「え」

彼は今更コンビニ袋を開き、顔をつっこむようにして中を見た。

「……あー……」

梨太は頭を抱えた。鮫島はしばらくそのまま愕然としていたが、やがて大まじめな顔でつぶやく。

「そうか……アイスクリームの、アイスとは、氷のことなんだな。それは、溶けるよな。なるほど。……道理で冷たいと思っていた」

ぶふっ! 梨太は激しく吹き出し、床にはいつくばって悶絶した。

もう一度凍らせたら食べられるだろうかと聞いてくる彼に、首を振る。

「そりゃ、傷むほどの時間じゃないから食べることはできるけど、分と水分が分離して凍っちゃうから、スプーンがらないくらいくなる。味も変になるよ」

「そうか……アイスクリームを作ると言うことは大変なんだな」

なんだかよくわからないことを言う。梨太は、結で萎れた紙カップを見つめて、しばらく思索。

「ま、おいしく消化はしましょうね」

そういって、キャビネットからミキサーを取り出した。

のついたガラスの筒に、バニラアイスだったを投。昨日買ってきていたバナナ、さらに氷をぶち込み、ふたをしてスイッチオン。刃が中のものを刻んでいく。ガリガリという音がしなくなったら一度ふたを開け、冷たい牛をコップ一杯。氷もしだけ追加して再度スイッチ。

泡出すほどにかき混ぜられたそれを、二つのグラスに分けて注いだ。

「はい、なんちゃってバナナシェイク。期待したものとは違うだろうけど、これはこれで」

手渡すと、鮫島はすこし不安そうな顔をして、どろりとした白濁をじっと見下ろした。

「……苦くはない?」

「甘いよ」

言われておそるおそる飲んだ鮫島、二口のんで、梨太のほうに顔を向けた。

「すごい! 梨太って、すごいな!」

梨太は大笑いしたい衝を抑え、どんなもんだいと大仰に振る舞って見せた。調子に乗るなと笑われる展開を期待したが、鮫島はそんな様式にならう気もなく、もくもくとグラスを傾ける。

彼はとても短い時間で飲み終えた。

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