《鮫島くんのおっぱい》蝶さんの訪問

それから――二日、梨太はほとんど家にこもりきりでひとり過ごした。

商店街の酒屋に電話をし、調味料や飲みなどを注文する。配達は深夜になるかもしれないと返事が來た。

マイカー所有率の高い霞ヶ丘市であるが、この暑さではみんな出掛けたくないらしい。

おしゃべりな酒屋は、忙しくてかなわないという話を電話口でたっぷり二十分ほど梨太に愚癡り、楽しそうに電話を切った。

冷房の効いたリビングで、梨太はテレビをつけてみた。

福岡で強盜、札幌で猛暑、群馬で信楽焼の即売會イベントを伝え、ニュース番組は終了する。

梨太は自分のスマートフォンから、「しらばね、自然公園」で検索をかけてみた。「しらばねの森公式ホームページ」が引っかかり、リンク先へ飛んでいく。

自然の森に作られた、大きな公園らしかった。キャンプやバーベキューの案、ヤギのマリィとお散歩しよう、というイベントの予告があり、それが中止になったという連絡、そしてしばらく閉鎖するとある。

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電話をかけてみたが、不通。

それ以上の報はない。テレビをザッピングし、地方チャンネルをしばらく付けっぱなしにしてみたが、ぶらり駅地下お得なランチ報を延々と紹介するばかりだった。

あれ? としばらく首を傾げてから、手をうつ。

「そっか、今回は日本政府からの駆除依頼で、警察から箝口令が敷かれてるのか」

と、ドアベルが鳴らされた。インターフォンはあるが、梨太はたいていそのまま迎えにでる。

はいはいと返事をしながら扉を開けると、見知ったラトキア人がそこにいた。

「あれっ? チョーさん。どうしたの」

緑の髪の男は、にこやかな顔立ちの橫にまで、右手の荷を掲げて見せた。

「うん、ちょっとね、あがってもいいかな? これ手みやげ。さっき買ったばかりだし溶けるものでもないよ」

どうやら団長の失敗談は本人がらし、騎士達の苦笑をったらしい。

彼はダイニングテーブルの上に持ち込んだ葛餅を置いて、菓子屋で見たおかしな言の婦人の話など語る。

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やたら腰の和な軍人は、騎士団長とは相反し、コミュニケーションを得意とするようだった。梨太がお茶をれ終える前に、先日鮫島と過ごした半日分の二倍、會話を重ねた。

渋めにれた緑茶をすすり、葛餅を含む。咥が完全にからっぽになるより先に、蝶は味いっと柏手を打った。

「こりゃいいや。ホント、日本の食べ味いよね。これ店主が自分でこさえてるんだと。それもすごいし、あのコンビニって言うのも、品ぞろえが富で一日中あいていて、どこにでもあるっていうのがすごい。それで國中同じ価格だなんて、いったいどういう経済システムなんだろ」

「ああ、たしかに。國価には差がないのは日本の大きな特徴だね。地価以外」

自分も頂きながら、梨太。

和菓子はあまり好んで買いはしないが、たまに食べるとその薫り高さにホウと息をつく。自分は日本人だと実する瞬間だ。

「僕もよくは知らないけど、ド田舎にあるコンビニだって、さすがに赤字だったら閉めるはず。販売収は赤字でも、チケットとか公共料金の振り込みとか荷取とか々とあるもんね」

「ふうん? 全然わかんない」

きわめて正直な返事をする蝶。梨太は笑った。

「ちなみに、北海道の某コンビニチェーンは、過疎地の赤字店舗でも維持してるよ。地域貢獻で広告塔になりえるし、工場の稼働率を維持してプライベート・ブランドの原価引き下げにつながるから。いやー実際、あの価格は驚異的だよ。ぜひ全國展開してほしいけど、そしたら流通維持コストが跳ね上がってあのコスパはなくなっちゃうんだろうなあ」

蝶はアハハと軽い笑い聲をあげた。

「ますますもって、さっぱりわかんない。日本経済は何かと不思議なことばっかりだ。民主主義で資本主義で、やっていけてるんだもの」

「うまくやっていけてるとは言い切れないけど。國も借金まみれだし」

「それでも、死者が出たらニュースになってる。それだけ珍しい、めったにないってことだろ。それってすごいことだと思うよ」

梨太は眉をあげた。梨太以上に、多くの國を見てきたであろう騎士がそういうのだから、そうなのだろう。

では、その母星であるラトキアは。

「……ラトキアは社會主義なんだっけ?」

「そうだね。それもかなりカチカチの」

梨太の問いに、蝶は簡単にうなずいた。

小難しい話に言語の壁が立ちはだかるかと思いきや、案外と自言語変換機が機能している。政治経済など、堅い話題ほど厚く作られているのかもしれない。

異文化流に欠かせない要素だし、星大使の一面もある騎士の裝備としては當然と思えた。

「ラトキアは、社會主義制になってから三百年弱だけど、なかなかよく出來上がってるよ。王都で死はめったにないし、経常収支は黒字だもの。

実質、星帝とラトキア軍っていう巨大企業が、國という市場を獨占して、その経営がうまくいってるということだね」

「それって、みんな同じ服や製品ばかり作られてるってこと?」

梨太の問いに、蝶は頷きながら、首を振った。

「政府が作ってるのはね。でも意外と悪いもんじゃないよ。超大量生産だから格安だし、高品質で安全で、ハズレがない。でも個人経営が止ってわけじゃないんだ。輸品や、オリジナルデザインの商品もちゃんとある。だけど客からしたら品質が不安定というか、當たり外れが激しいっていうか。とりあえず値段が圧倒的に高いんだよね」

「なるほど、そらそうだね。無難なものじゃコストパフォーマンスで國営に負けちゃうんだ。個人でやるなら、本気で高級志向に走るか、もしくは奇抜で獨創的かでないと」

「そ、そ。お金にあかせば々と手にるよ。地球の洋服とそっくりなものもあるんだから。おれは服にはそんなコダワリはないけど、タバコとか嗜好品は輸品だ」

それだけしゃべって、お茶をすすった。

「ああ、味い。リタ君って、凝ったことをするわけじゃないけど、溫度とか濃さの加減が絶妙だよね。安定しててすばらしい。おれの嫁さんに見習わせたい」

リタは顔を上げた。

「チョーさん、既婚者だったんだ?」

「だよ。職業柄ほぼほぼ単赴任狀態で、嫁さんも一人暮らしみたいなもんだろうけど」

そういってヘラヘラと笑った。

「それ寂しくない? 子供は?」

「騎士は確かに何ヶ月も遠征があるけども、そのぶんだけまとまった休みを取れるんだ。ほら、任務中は、休日って言う休日はないから、出征が長いほどそれが溜まって、帰還後は何日もべったりいっしょに過ごせるようになってるんだよ」

梨太はなるほどと頷いた。たとえば週休一日制だとしたら、七日ごとに丸一日の休日をストック。二ヶ月出征すれば、帰還後には一週間以上の連休。実質、航海中以外は自宅でのんびりしていられるわけだ。日本の単赴任サラリーマンの事を鑑みれば、なかなか良心的といえよう。

「それでも耐えられないは耐えられないだろうけどね。うちの房は自立してるからさ」

口調にどこかノロケている。梨太は葛餅を食べながら、はいはいごちそうさまと相づちを打つ。

そして、梨太はそのままの口調で続けた。

「――で、僕んちにこうして來たのは何? 一緒にお茶がしたくって、ていうほど、僕らは仲良くないよね?」

穏やかに、単刀直。蝶はニヤリと口元をゆがませた。

生來、笑っているような造形の顔は、真実の笑みを浮かべるとなぜか凄みを帯びる。

ラトキアの騎士は眼球が見えないほど細められた目のまま、しばかり聲を低くした。

「実は、リタ君にちょっと相談に乗ってもらいたくてさ」

「マンネリ夫婦のセックスレス解消法なんて、僕は答えようがないよ」

「違うし、君には聞かないよっ!」

ぶ蝶にとりあわず、梨太はお茶をすすった。

人好きのする風のこの騎士が、見た目ほど人懐っこい質ではないと、年はすでに見抜いている。

雑談や私的な悩み相談になどくるわけがない。なくとも軍服を著てきている間、彼は軍人、ラトキア騎士団として、梨太を訪ねてきたのだ。

「バルゴ、だったっけ。この間、ちょっとだけ僕もみたけど、今回の騎士団の仕事はクリーチャーのセンメツ? いかにもSFっぽくって、いいね」

無駄に猥談をれ込んだ割にはあっさりと本題に年に、蝶は毒気を抜かれて苦笑い。

「クリーチャー……というのがよくわからないけど、その通り。あれらを死滅させるのが今回の騎士団の任務だ。……ええと、ラトキアでバルゴが駆逐された顛末は話したっけかな?」

梨太が、しだけ、と答えると、蝶は改めて説明と補足をしてくれた。

「ことのおこりはいまから三十年ほど前。ラトキア王都のオーリオウル人バイヤーが、バルゴ星で捕獲、玩用にと販売してきた」

玩って、皮や食用の畜産じゃなく普通に、家族の一員みたいに可がるペット?」

念のため梨太は確認した。

「確か、ラトキア王都にはが全くいないって聞いたんだけど……」

「そう。……このへんは、ラトキアの歴史に絡んでくる話なんだけど。およそ三百年前、異星からの侵略者によって星を支配されるより前、星にいたさまざまな民族はみな、原始人にが生えたような、ほとんど自給自足の暮らしをしていた。宇宙だの異星人だの、宇宙船開発はおろか天文學っていう概念もなく、たちを狩り家畜を飼って、森と大地に寄り添って暮らしていたのさ」

「へえ? 原始人がたった三百年で宇宙航海? すごい発展……どうやったの?」

「だから、それこそが侵略の恩恵ってやつだよ。いまのラトキアの文明は、ほとんど侵略者によってもたらされたものだ。侵略者は高度な科學力を持っていた。知恵と兵によってあっという間に星を支配したあと、彼らは自分たちが暮らしやすいように、大地を開発していったんだ」

「あ、なるほど」

「だから、ラトキア星は王都以外に都市らしいもんはほとんどないよ。そしてそこに住んでいるのはラトキア人だけ。ほかの民族はまだまだ原始人さ。

王都だけが、孤獨なんだ。

三百年前、侵略者たちはかつてのラトキア人の神――現人神信仰のあった聖地を占拠して、王都と名を変えて、食用にならないような不潔なたちはすべて滅ぼしたのだから」

ほぉー、と、梨太は思わず面白がるような聲を上げた。

興味深い話だ。歴史もSFも、語を読むのは好きだった。激の歴史展開に、を躍らせて聞きっていた。

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