《鮫島くんのおっぱい》蝶さんの訪問②

蝶の話は面白かった。

ラトキアの文化、政治経済、歴史について、梨太は興味をそそられる。

だがラトキア人自にはあまり、愉快な話ではないらしい。蝶は話題を、本人が話したい仕事のほうへと持っていく。

「それから百年後、王都は解放戦爭によって開かれたけど、今更野生と共生なんかできない。森は焼かれ湖は埋められて、下町までが石畳で整地され、畜産業は政府が徹底管理。街で見られるバイオ植には、蟲すら寄り付かない。ヒト以外のは、都民にとってはもう伝説でしかないんだ。

だけどやっぱり、本能っていうのかな。いまから三十年前、都民はどうしても、との共生をしたくてたまらなくなった。

そこに目を付けたのがオーリオウルの貿易商。

もともと、彼らがラトキアと流を始めたのは、星環境が同じだからなんだけどね。オーリオウルじゃ、バルゴ産ペットは環境にも適合可能で大人気、玩はセレブのライフスタイル。ペットは家族の一員です。ラトキアさんもいかがですかというわけ。

それでバルゴは、貴族や金持ち連中間で一気に流行――そして、五年で廃れた」

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「……どうして?」

「育てやすいなんて、真っ赤なウソ。バルゴは思いのほか育てにくかったし、なによりラトキア人はもう、すっかり都會の暮らしに慣れきっていた。リアルなってものに夢を打ち砕かれてしまったんだな」

「ははあ、可いチビスケも大きくなるし、鳴くしイタズラするしウンチもする、臭くて汚くてめんどくさかった、と」

「ま、そういうこと」

蝶は苦笑してうなずく。

そして、世話仕事に耐えかねたラトキア人は、スラムの生ごみ畑に『家族』を放ってしまった。やがてそれが大繁――町はどんどん不潔になっていった。飢えたバルゴによって、人死にもあったらしい。

「……で、二十年ほど前、いまの鯨將軍がスラム環境改善に著手、それでようやく駆逐されたんだ」

梨太は無言で、渋面になっていた。

前回聞いたときもそうだが、やはり、糞が悪い。

ラトキア人の気持ちもわかるし、鯨將軍が間違っていたともいえない。なにより日本人である梨太は、この國で年間どれだけの犬貓が殺処されているかを知っている。

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ひとのことを酷いと責める権利はなかった。

それでも、糞は悪いものは悪い。

しばらく不機嫌な面を曬して――梨太はアレッと聲を上げた。

「……二十年前に駆逐された? だったら、普通に考えて今回地球に出てきたのはバルゴ星の原種だか、まったくほかの星で飼われてたものが運ばれてきたってことだよね。ラトキアに何の責任も無い。それでなんで、ラトキアの騎士が呼ばれたの?」

梨太の問いに、蝶はいよいよ嘆息した。

「……それが問題。どうも、かつてのラトキア人のペットそのもので間違いないみたいなんだよ」

「どうしてわかるの?」

「リタ君もみただろ、バルゴの奧歯。キバじゃなくて、なんかみたいなモサっとしてたの。あれってオーリオウル人がラトキア専用に品種改良――伝子適合手を行ったものらしいんだ。二十年前の資料に、バルゴ星とのやりとりが記録されてた。原種にそんな特徴はないし、そもそも輸出なんかしていない。ラトキアに輸出されてきたのは獲されたもので、しかもそれを機に絶滅したんだと」

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「二十年前に取り逃してたってこと?」

「いや、ラトキア王都のものはすべて駆逐されてる。現にいまの王都で、一匹も見かけないよ」

「じゃあ……王都の外に出てたやつが、繁してたんじゃないの?」

「その可能はかなり低いね。王都の周りは、ぐるっと高い塀で取り囲んでいるから。関所には門番がいるし」

梨太は首をかしげた。國土の規模がよくわからないが、それは大変な工事なのではないだろうか。

梨太の疑問をみてとって、蝶は的な數字を上げてくれた。

「ラトキア星の大きさは、地球と同じほど。そのなかでもっとも暮らしやすいとされる盆地、およそ3萬平方キロメートルほどが、かつてのラトキア人の聖地であり現在の王都だ。ときの支配者たちは、木の杭を打ち込んでいたところを石壁に作り替えたんだよ」

「……3萬キロって……ったら、日本の十分の一!? 四國一周だ。すんごい大規模工事!」

仰天して喚く。

「そんだけの工事、時の支配者って連中もよくやるもんだね。すごいお金がかかる。政治力高かったんだなー。それは野獣から町を守るため?」

「……奴隷にしたラトキア人を逃さないためさ。石垣はラトキア人自らが側から積んだ」

梨太は息をのみ、言葉を失った。

やはり、蝶はそれをあまり話したくはないらしい。手を振って話題を打ち切ると、すぐに仕事の話へ戻す。

「まずバルゴが生き殘っていたことが謎その一。そしてそのバルゴがこの地球にいるってのが謎その二。それからもうひとつ、発見が、ラトキアで駆逐されたときから二十年もたった今であるのも不思議。謎その三だね」

「なるほど。チョーさんの僕に聞きたいことってそれですね?」

「うん、まあね。でも前回の時みたいにリタ君の地の利や知識がモノを言う容じゃないから、ズバッと解答を期待してるわけじゃないよ?」

ぱたぱたを手を振って笑う蝶。

「ただほら、ちょっと參考にしたいというか。ディベートしながら考えがまとまっていくこともあるだろうし、考察の刺激になるんじゃないかなと思って」

妙に軽い口調で言う。

梨太はその様子をじっと見つめて、やがて、にやりといじわるな笑みを浮かべた。

「報酬は?」

「……え? い、いやあ。そんな。これはおれ個人でいたことで、軍から経費のでるものじゃないから」

「チョーさん、騎士団の年収どんくらい?」

「え。……その。たいしたことないよホント。それにウチ小遣い制だから、今の収よくわかんない……」

「地球のお土産代くらいは持ってきてるよね?」

「そ、それは、房に浴帯を買って帰る約束で」

「早くラトキアに帰りたいんでしょ?」

「脅すなよぉ!」

眉を垂らして泣き聲をだした騎士に、梨太は笑った。

「冗談です。いつか、僕のお願いを聞いてくれたらそれでいいや」

「言っとくけど、おれは雄で完してるからね」

みません! あのね、僕、おっぱいだったらなんでもイイ時期は過ぎてますよ」

梨太は笑いながら言ったが、蝶は、し予想外の反応をした。

ただ笑って流されるべき言葉だったはずだが――彼は、一瞬ひどく顔をこわばらせ、の気を引かせたのだ。

(……?)

その反応を見逃す梨太ではない。追及しようかとした瞬間、すぐに蝶は平常の和な笑みを浮かべた顔に戻し、梨太に、仕事の話題を促した。

「そういう言い方するってことは、もしかしてなんかピンときたの?」

「ピンとっていうか……それしか考え付かないんだけど」

「うん」

「犯人は、殺処分業者のオーリオウル人」

「……へっ?」

いきなり本星を突く指摘に、蝶が素っ頓狂な聲を上げる。梨太は気にせず言葉を続けた。

「まず、二十年前、バルゴの駆逐は騎士や警察じゃなく、外部業者に頼んだっていう推測が前提だけど。でもたぶんそうでしょ。さっき聞いた歴史の流れ上、王都のなかに、野生を捕獲する裝備や安楽死させられる施設なんかできる余地がないもの。

もちろんただ殺すだけならなんとでもなったろうけど、仮にもペット――家族ってれこみで飼われてたんだ、さすがに見つけ次第慘殺というのは國民的によくないし、人手もかかってしまう。バルゴ星では厳守が絶滅してるってのに、トドメさしちゃまずいでしょ。

その條件なら、きっとこうなる――ラトキア政府はかつての輸業者を呼びつけて、『回収』しろと命令。違法獲のうえ飼いやすいっていうのは詐欺じゃないかとクレームをつけて、手數料を払うことなく、バルゴ星へ返還してくるように――って。鯨さんなら、そうするでしょ」

「え。ええと……あれっ、そうなのかな。そういや、そのへん何も聞いてない……」

「でも、それはラトキア政府にとっても名目。回収依頼の真意は、やっぱり全頭殺処分」

「……どうして?」

「だってもともと悪質業者だよ、バルゴ星ってとこへわざわざ移送する航海コストをかけてくれる? ……鯨さんだって、彼らがそうしないのは想像がついていて、そのうえでバルゴを委任した。真実、ラトキア政府がんだのは、オーリオウルには當たり前にあるだろう、殺処分施設への運送だったんだ。いわくオーリオウルにはペットを飼うという文化がある、ならばその捕獲、殺処分、安楽死といった設備もぜったいあるはず。どの産業も、生産と廃棄は必ずワンセットで必要な設備なんだから」

「な、なるほど。……たしかに。うん。奴らが馬鹿正直に、バルゴ星まで解放しにいくとは思えない。自星で殺処分したほうがはるかにコストは安い……。鯨將軍なら、そう考える……。でも、それだとバルゴはオーリオウル星にいるはずでは?」

「ここからは現狀からの逆算での推理さ。証拠はないけどコレしか考えられない――その業者は、さらに悪どいことをやらかした。その時ちょうど、彼らは地球での買い付けと周回していて――」

「あ! じゃあバルゴを下ろせば、荷臺が空くからっ?」

「ということ、でしょ」

梨太はにっこり笑って見せた。

「バルゴ星からオーリオウル業者、業者からラトキア、そしてラトキアから業者まで、すべて一本の線でシンプルにつながってる。だったらそこにいきなり現れる地球のバルゴは、その延長線上のものって考えて當たり前じゃないか。とりあえず考える限りこのルート以外に道はないんだからコレでしょ。ね?」

突然質問口調で振られて、慌てて首を縦に振る蝶。

梨太は笑ってつづけた。

「んで、ここからの推理を展開するには、蝶さんに確認しなきゃいけないことがあるんだけど」

「うん?」

「オーリオウル星と、バルゴ星と、ラトキア星。この三つは、星環境、気候やらなんやらが似ているから流や貿易が始まった。と、いうことだけど……その、環境の調査みたいなのは、どうやってされたの」

言われて、蝶はしだけ迷い、回答する。

「いやそれは、簡単だよ。年間平均気溫と度、それから降雨量と酸素濃度くらいのもんだけどさ。無人調査艇にその數値を力して、宇宙空間にポイッと投棄。あとは自でその環境を調査艇が探し出して、本國にその座標が屆けられる。貿易ができそうなら有人宇宙船にその座標を力して、あとは冷凍睡眠で寢てれば著く」

「著陸地も自で検索?」

「そうそう。おれたちもそうやってこの霞ヶ丘に――」

「ならもう、謎三の答えも出たよ」

梨太の言葉にぽかんとする蝶。梨太は気にせず続けた。

「僕ら地元民ならではの報がキーだから、蝶さんらがわからなくても仕方ないけどね。

まず、そうして二十年前に日本へとやってきた、バルゴを乗せた輸船――それはあの、裏山に著陸してたんだ。霞ヶ丘高校の裏山、ゆるい丘の深い藪ね」

「へっ? て、それ、今おれ達が停めてるとこ?」

「そ、そ。ほら烏のときもそうだったでしょ。結局はそのまんまそういうことなんだよ。ラトキア人が快適に暮らす王都ラトキア、その気候に近くて暮らしやすい、植しやすい條件を自的に算出した町の、著陸しやすいところに向かって自縦。出発點がそこなんだから著地點も三年前と同じだよね。

いや、実は前んときもちょっとひっかかってたんだよ、なんでこんな田舎町に、テロだのオーリオウルバイヤーだのが集中して來たんだろうって。

たまたま、ラトキア王都と気候條件が同じだったんだね……」

言いながら、梨太はふと口元をほころばせた。まだ見ぬラトキアという星に一瞬だけ思いを馳せて、そしてすぐに意識を戻す。

「……これがアタリならあとは簡単。二十年前にあの裏山に放たれたバルゴは、ちょうど學生寮の閉鎖にともない人気のなくなったその地で、野生として地道に生存していた。たまに一匹、町に降りてくる分にはちょっと変わった雑種犬、として殺処分されてたんだろう。

ところがですねえ、実はあの裏山、今年から開発事業がったんだなーこれが。當然業者も出りしまくるし、野生は捕獲され、重機をれるための下地の伐採くらいはぼちぼち始まってるよ。住処は荒らされるしエサになってたもなくなるしでたちまち飢えて、街中のほうへ一気に全頭があふれてきたんだ。それで悪目立ちして、問題になった。これで確定でしょ。謎はすべて解けたっ、と」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待って。メモを取る、てか鯨將軍に連絡するっ。んで、二十年前の狀況をちゃんと聞いてくる!」

「あとそれと、宇宙船停泊してるのかしたほうがいいんじゃない? 今んとこ山林なぎ倒しまではされてないけど、お盆休みあけたら一気に進むんじゃないかなー」

「ああああっ、それも伝えなきゃ!」

蝶は慌てて自分のカバンをひっくり返し、手帳と、モスグリーンのくじらくんを取り出した。

ごゆっくりどうぞ、と放置して、梨太はお茶をすすった。

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