《鮫島くんのおっぱい》虎ちゃんと働こう
「なんだ、リタじゃねえか。どうしたんだこんなとこで」
軽い口調で言ってくる、朱金の髪の騎士。
その小脇には、銀の板切れが抱えられていた。スケートボードにそっくりで、あの空を走っていた乗りとは形狀が違う。パーツの一部なのか、変形でもするのか、それとも全く関係のないなのかはわからない。
そして右手に、短剣。梨太が一瞬を引いたのを見て、彼は腰帯の鞘に納めてくれた。
「こんな雨の中散歩か? 風邪引くし、危ねえから帰った方がいいぞ」
「い、いや……あの、バルゴって今この辺にいるの?」
「ああ、さっきこっちに逃げてきたんだ。かなりの大で、『エアライド』で追っかけてきたけど見失っちまったぜ。センサーも反応しねえ。この近くに潛んでるはずなんだけどなー」
きょろきょろあたりを見渡す虎。妙に迫のない様子に梨太は冷や汗をかいた。騎士たちは襲いかかられたとて迎撃できるのだろうが、無力な一般市民としては不安を覚えて仕方がない。
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梨太は騎士から一歩を引いて、
「あのう、鮫島くんは……」
「だんちょー? だんちょーなら今、もうちょっと向こうの、なんか食べ屋の建で絶賛ボス戦中だぜ。たしかお好み焼きプラザとかいう――地下フロアが倉庫みたいになっててよ」
「うわそうか地下か!」
梨太は頭を抱えて天を仰いだ。
「うっかりしてた。僕、やっぱり今日はどうかしてるよ……」
頭を振り、その勢いのままきびすを返そうとする。と、後ろから肩をつかまれた。
にかっと底抜けの明るい、虎の笑顔。
「まあ待てよ、せっかく來たんだから、俺のほう手伝っていけや」
「ええっ? やだよ。僕鮫島くんに會いに行くんだから」
「今行ったって戦闘中で近寄れやしないって。焦んないで、時間つぶしにバルゴ探し手伝えよ。始末つけたら俺も一緒にだんちょのとこ行くからよ」
なんだか知らないがやけに楽しそうにそういって、若い騎士は梨太の背中をバシバシたたいた。
「……しょうがないなあ」
と、嘆息しながらも、これは渡りに船かもしれない。
鮫島を訪ねても、他の騎士から門前払いを食らう可能が高いのだ。この男の手引きがあるならありがたい。
虎は銀のボードをえらく適當に投げ置くと、歩き回り始めた。T字型の無線機械を適當にぶん回しては、畫面を覗くことを繰り返す。どうやらあれが、バルゴを探すセンサーというものらしい。機械の先端を橫でも下でもなく、天空に向けているのを見て、梨太もそちらを見上げた。曇り空には何も浮かんでいない。
「それってGPS?」
「んにゃ、そんな大層なもんじゃねえよ。五メートルくらい上空に電波を出しれしてるやつがあって、そこからまた降りてくるものをキャッチしてんだ」
「……うん?」
いまいち要領を得ず、再び上空に向かって目を凝らす。やはり何も見えなかったが、そこは宇宙の科學力、梨太の想像よりはるかに小さいか、ミラーステルスにでもなっているのだろう。
手伝えといった當人は、梨太に詳しい説明をする気はないらしい。
(ようするに、上空から探知用電波を出して、それが地面に反して報を取り込む。その中にバルゴの生反応があれば、あのモバイルが知らせてくれる。と、いうことかね)
聞きなおすのも面倒で、梨太は勝手に推論を立てた。
「おっかしいなあ、反応しねーぞー。あんなでっかいのどこいったんだろーなー」
ウロウロと歩き回りながら、赤い髪の騎士はぼやいていた。梨太もそのあとに続いていく。
「でっかいって、どのくらい」
「んー、俺くらい」
「……高? 全長?」
「遠目だったからよくわかんね」
「誰だよこの人に追跡させたの……」
梨太は半眼になって、若き戦士の軀を見上げてみた。
虎の型は、雄であったころの鮫島にかなり近かった。細の長。だが雄として完している彼はやはり無骨で、鮫島よりも雄々しさがある。
水滴が顔面にあたることに、ストレスをじないらしい。とがった顎からボタボタと滴を垂れさせながら、金の目を大きく見開いてあたりを見渡す虎。
その様子は彼の名前の通り、貓科の食獣を思わせた。
小雨の降り続く公園を、男二人で捜索する。頭の中にマスを描き、同時に獣が潛めそうな茂みを探す梨太に対し、虎はざくざくと土山をけりとばしながら適當に歩き回っていた。
雑な男である。
「……虎ちゃんって、僕と同じ年なんだよね?」
ふと思いついたまま梨太が聞くと、彼はうなずいた。
「若いよね。もしかして今、騎士団の最年?」
「たぶんな。あんまりみんなに年聞いたことねえから知らないけど。団したのが十五歳で、団長に次いで最年記録ってのは言われた」
「へえ。もしかして虎ちゃんって、エリート?」
虎はぎゃははと野卑な高笑いで一笑した。
「ばーろぉ、俺ぁただの戦闘バカだよ。一応座學の及第點は通っちゃいるがギリギリさ。ほかに出來る仕事がねえから腕力つかってるんだ。それにしたって団長のほうが強ぇしよ」
「はあ……」
だろうね、とうなずきかかるのを寸前で止める。
だが虎の方は、仮にそう言われても笑っていそうだった。なんら己を卑下する様子もなく、続ける。
「エリートってのは青い髪と相場が決まってる。俺たち赤い髪の人間は、どうやったって奴隷階級。いっとき貴族稱號なんかもらえてもしょせん仮だ。今は王都の屋敷でメイドつきで暮らしてる親兄弟も、俺が騎士を辭めればもとのスラムに逆戻りなんだから」
彼にとってそれはただの事実であり、そうであることが當たり前で、今の暮らしがあることは自慢なのだろう。むしろを張っていう。
虎の分厚い靴底が、重ね敷かれた小枝を踏む。雨に濡れた枝は折れることはなかった。
彼の重をけて、小枝がきしむ。
「雇用や婚姻の差別が止されて、十五年。法律上は『同じ人間』になってるけども、國民ってやつはまだまだだ。生粋の青い連中は、俺らを道端の石としか思ってない。邪魔だったら蹴り飛ばすし、役に立ちそうなら利用する。……つまりは、拐して人買いに売るってことだけど。
蝶のやつは俺を無神経だってよく言うけど、そりゃ騎士団の威ってのがあるからだ。でなきゃ王都一等地にった途端、この赤い髪めがけて石を投げられるもんよ。さすがに俺だって笑ってられねーぜ」
そういいながらも、虎の歩みには威風堂々とした強さがある。投げられた石を即座に投げ返すだけのエネルギーが、彼にはあるのだ。
無神経、という言葉は改めたとしても、やはりそれに近い評価はされてしかるべきだろう。
梨太は苦笑を浮かべ――ふと、その脳裡に、鹿の姿がよぎる。
虎の子を生み、妻となり、別れたラトキアの騎士。
たっぷりとした癖のある髪を頭頂で束ね、分厚いメガネの向こうで、涙を湛えたように輝く青い瞳の青年――
「……あの……」
伺うように聲をらした梨太を、ん、と振り返る虎。
聞いていいのだろうか。だが彼本人以外に聞いてはいけない――そう思って、尋ねてみる。
「鹿さん……綺麗な、青い髪だったね」
虎は、笑った。
友人を基地へ招待したような表で。
「おおよ。たっぷりあってらかくてでがいがある。いいよなあれ。俺はあんだけイイは他に見たことがねえ」
梨太の深意とはまったくもってズレた返答が來た。梨太はいよいよ、笑うしかなかった。
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