《鮫島くんのおっぱい》ラトキア人とカタツムリ

ラトキア騎士団。軍人。戦士。

宇宙を渡り、命を懸けて戦うことを生業としたものたち。

男は青い瞳を據わらせて、梨太を見下ろしていた。のない聲で、つぶやく。

「よし。殺すか」

(……本気で言っている!)

そうじた、とたん、腹部に鋭い痛みが走った。

刃で刺されたかと思った。しかしそれは、ただの男の拳である。

しかし胃袋が裂けたような激痛を覚える。一瞬でホワイトアウトしかけた視界に、別の男の拳が寫りこんだ。梨太は反的に奧歯をかみ顎を引いて、全の筋を収斂させる。

毆打はまた腹に來た。先ほどより、防態勢であるぶんダメージははるかにない。それでも騎士の拳骨は梨太の腹筋を劈いて、奧の臓までも揺さぶった。

「……げほっ!」

梨太は嘔吐した。

騎士がを引く。

「……ふうん?」

彼は面白そうな聲を上げた。

「このガキ、いま防しやがった。格闘技をやっていたとは思えない、貧弱な筋だが、反応はいい」

「目がいいんだろう。おまえの拳を視線で追いかけてたぞ」

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「それだけじゃない。こいつ、毆られ慣れてる。……いじめられっ子か? いやそれにしては、目が――」

「おい! なにをしてる! やめろっ!!」

制止の聲は路地の方から飛んできた。駆け寄ってくる長の男。緑の髪に、のある面差しをこわばらせた、蝶だった。

「チョーさん……」

助け船に梨太は相好を崩したが、心底から安堵したわけではない。騎士団において階級はない。蝶は彼らの上司ではないのだ。

やはり、四人は蝶の命令を聞くことはなかった。しかし同僚から制止され、とりあえず気を治めたらしい。冗談だったとでもいいたげに手を振って、それぞれ適當に解散していった。

蝶も息を吐き、梨太の背中をさする。溫度のある手のひらに絆されて、梨太はようやく力した。

「あ、ありがと。助かった……」

「ごめんね。大丈夫? ごめんね……」

梨太を介抱しながら、蝶は謝罪を繰り返した。なぜ彼が謝るのだろう、梨太に、彼はさらに詫びを重ねる。

「……本當にごめん。敵が手強くなってきて、殉職者まで出たからみんな気が立ってるんだ。いつもそんな気の悪い連中じゃないんだけど」

困ったように眉を垂らしてほほえみ、蝶は聲を落として囁いた。

「でもマジな話、いまこの霞ヶ丘市はバルゴが集まりすぎてる。もうちょっと遠くへ行っててもいいはずなのに。誰かが恣意的にこの町に導してるんじゃないかって、會議でも話が出てるんだ。疑心暗鬼になっても仕方ないんだよ」

「……。あ……。あの」

「うそをついてごめんね」

「……それ、より、聞きたいことが」

ん? と首を傾げてくる蝶。

梨太はともすればひっくり返りそうになる聲音を押さえ込み、跳ね上がりそうな聲量を、を絞って低くして、蝶へと質問をぶつけた。

「鮫島くんは、あのっ――いつから? 鮫島くんは、いったいいつからあの姿をしているの?」

その問いかけで、勘のいい騎士はすべてを理解したらしい。これまた困ったように眉をひそめた。

「……俺の知る限り、いままで彼は、三ヶ月に一度、一週間程度、いまのような雌の姿になっていた。

でもこの地球にくるよりも、一年も前から、ずっと……あの姿だね」

一年。

琥珀の目を見開いて、騎士を凝視する。

「そ、それって――」

梨太は口をパクパクさせて、脳報を整理した。

「……鮫島くんは……もう、オンナノヒトになったっていうこと……」

蝶は、ひどく複雑な表を浮かべていた。

 

ラトキア人は、特殊な生をもつ人類だ。

髪や目の以外に地球人と何ら代わりのない、親しみやすい彼らだが、不思議な生きだとはやっぱり思う。

梨太は三年前、彼らと出會ってから、名稱を知っている程度だった半や雌雄同について詳しく調べてみた。どちらかというと「先天機能障害」という扱いである。無責任なメディアでは、同者や自己認識との別乖離に悩むいわゆる同一障害、場合によっては、「変態」と一緒くたにされていることもしばしばであった。

であり、である。

人間の半の場合、その要因は、母の胎での発育異常による。

両方の別が未完、未なだけなのだ。ふつう胎児はとしてまず作られ、そこから、男へとを作り替えられるという。半はその行程が「まだ途中」で生まれてしまった――暴にいえば、そのようなものだろう。

おそらくはその全員が、男どちらの立場としても、妊娠は不可能である。

、繁ができない。すなわち種の繁栄ができない。

は「両方ある」のではない。「両方とも、ない」のだ。

これが、人間における雌雄同の現実だ。

ところが自然界に視野を広げてみると、その種族全頭が雌雄同で、繁している生はけっこういる。もっとも近なのはカタツムリ。彼らは男の両方をもち、尾も行って、お互いに伝子を換しあう。両方が妊娠をすることもあるが、片方だけが「母役」となる場合もあるらしい。好みのタイプというものがあるのだろうか、出會っても尾にいたらなかったり、ずっと父役しかしない個がいたりするのも、なんだか俗な人間じみている。

元は同種なのに、その移速度からなる狹いコロニーのなかで配と現地への順応進化を繰り返し、民族差のように、長や、食べなどの生態までをも変えている。

梨太はラトキア人と出會うより早く、教養でそれらを知っていた。

ラトキア人の生態を聞いたとき、まっさきにカタツムリを思い出したのだ。

犬居あたりが怒りそうなので口にしなかったが。

伝子報量が多く、繊細な高等生である人類で、雌雄同や単一生が可能というのは、とんでもない世紀の大発見である――だが、梨太はすんなりと理解もできた。

まずヒト以外に実例があり、ヒトによる空想の世界で頻繁にもてあそばれている題材。

科學は常に、それを肯定して発展、発見してきたのだから。

それでも、自分の目の前で知人に起こったことを、すんなりと理解できるというものではない。

し、梨太はしばらくあんぐりと口を開けその場に呆然と立ちすくんでいた。

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