《鮫島くんのおっぱい》鮫島くんにってはいけない
口を開けて、呆然とたたずむ梨太に、蝶が苦笑した。
「まだ完全ではないと思うよ。雌優位になったっていうだけのはずだ。ほら、あの人もともとが中的だから、おれが見て取れないところで雄化もしてると思うし……まだ、ではない」
蝶が言葉を模索している。梨太は息せききって、さらに質問をかさねた。
「なんで!? どうやって! どこの誰があのひとを口説き落としたってのさ! ラトキア人はみんな鮫島君のことを英雄だの騎士団長様だのって怖くて手が出せないって、三年前はさんざん敬遠してたのに!」
蝶が吹き出す。
「どうしてそうなるんだよ」
「だって、雌化優位になるには、男に毎日いやらしいことする必要があるって! 三年前に聞いたもん僕っ」
「なにそれ、君、なにか変な解釈してるよ」
蝶があきれたような半眼で、頬をゆるめた。長を屈め、年長者らしい穏やかな口調で。
「それを言うなら、として充実。そう聞いて、直接的な行為しか想像できないのは、どうかと思うな」
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「だって十九歳だもの」
梨太はきっぱり、を張っていった。
そして地面にしゃがみ込み、唸り聲をあげた。
「ええええぇぇ……でもでもだって、それしか考えられないじゃないかっ! 騎士団にいたんじゃ、友達とキャッキャウフフとお花を摘む機會もないだろうし、そもそも鮫島くんに友達ができると思えないし」
「君、さらっとひどいこと言ったね」
「洗濯や裁なんか騎士団寮でもやってるだろうし、料理は壊滅的って言うか概念から無いレベルだったし。それだって、男がやっておかしいものでもないもの。そんなことでホルモンが大量発生するとは思えないよ。あとはもうでしょ。鮫島くん――ラトキアで彼氏できたのか……」
早口でまくし立てるのを、途中から急速にトーンダウンさせて――
「……そっか……」
地面を見下ろし、小さな聲で、つぶやいた。
靜かになった若者を、蝶は苦笑したまま見つめた。気の利く年上の騎士は、めの言葉を探していたのだろう。梨太の肩にぽんと手のひらを乗せて、
「ま、仕方がないよね。君もいい線ってたとは思うよ? いろんな意味で大人になったら可能はあったかもね。でもそれなら団長なんか――っと、いや綺麗な人ではあるけども、やっぱりの子としてはさ、もうちょっとかわいげのある子を、リタ君なら」
そんな口上を右から左にけ流し、梨太はぶつぶつと、口元でつぶやいていた。
「……ううむ……ということは、だ。僕のことを、なんにも意識してないオトモダチっていう可能はむしろなくなったのか」
「……?」
「だってもう異だもんね。しかし普通、彼氏がいるのに、よその男の部屋にホイホイ泊まりにくるものか? 鮫島くんが自衛できるだけ強くても、そんなの彼氏が許さないよ絶対」
「……リタ君?」
「彼にも緒のアバンチュール? いやぜんぜん話題にも出してこないしもう別れてるんじゃないのかなきっと。あるいは限りなく自然消滅に近い狀態。きっとそれだ。そうに違いない」
「おーい?」
「……基本的には僕は節度ってものをわきまえるけども、遅かれ早かれ壊滅する事がわかっている、馴れ合いだけのカップルの転機として、己が泥をかぶるのはやぶさかではない……やぶさかではないなあ……」
「……リタ君。ねえリタ君ってば」
「それなら別に、処攻略の手間が省けた分ラクチンじゃん。僕、処廚じゃないし、どっちかというと面倒くさいとか思ってたし。まさに鴨がネギ背負って下味までつけて來てくれたわけだ。織田が搗き羽柴がねし天下餅、座りしままに喰うは梨太くん。キスが駄目だったのは段階を踏んでないからか? 単に屋外じゃイヤだった可能も。よし、明が差してきたぞ。がんばろう。なんかおなかすいたな。柏餅が食べたい」
「おいっ!」
延々とつぶやいたあげくさっさと自己完結をして帰ろうとするのを、騎士によって止められた。
頬を膨らませて振り返る。
「なに? もしも結婚しているなんてオチだったら、ちゃんとを引くよ?」
「そんなことはどうでもいいっ!」
人好きのするキャラクターを崩壊させて絶する蝶。
なにを怒られているのかわからない梨太に、彼は大きく嘆息をした。
言葉を探し、表を迷わせる。そして、ひどく低い聲でいた。
「……もしも、あのひとが、『』になったら……ラトキア騎士団は終わりだ」
「…………」
意味が分からなくて見上げる――
蝶に、飄々とした大人の余裕などもうなかった。
眉を寄せ、真摯に梨太似向き直る彼。
強い目をしていた。だがひどく弱い、すがるような、眼差しでもある。
「団長も、人間だ。ちゃんと喜怒哀楽があることくらい、おれは知ってる。おれは、団長のことは好きだよ。だけど……死にたくないんだよ。……おれは……おれだって、無事に家族の元に還りたい」
梨太は、理解する。
この緑の髪の優しい男もまた、先ほどの四人と同じなのだと。
「おれだけじゃない、騎士の半分は既婚者だ。子供もいる。その食い扶持のために、働いてるだけなんだ。それを、団長だってちゃんとわかってる。あの人こそ軍人だから。自分の仕事を、ちゃんと理解してるから――いつだっておれたちのために前線で戦ってくれてる。そのために鍛えてるんだ。彼のこれまでの努力を、選択を、リタ君は否定するつもりか?」
蝶は、冷酷な男だった。己の汚いまでの本心をさらけ出しにしながら、こちらに綺麗ごとを投げて、反論する舌を縛り上げていた。
梨太は、蝶を正面から見據えた。
「蝶さんは、もしも奧さんが、危ない仕事をしていたらどうするの?」
「……妻は、元兵士だよ」
「そっか。じゃあ、僕の返事もわかるよね」
梨太は、蝶が噓をついてまで梨太を遠ざけようとした理由を理解した。
彼は梨太を守るためではない――蝶自のを守るために――彼の、家族の生活を守るためだけに、手段を選ばなかったのだ。
するを、戦場になど送れない。たとえほかの誰かが代わりになるとしても。
それは極めて一般的な、男のだと梨太は思う。梨太自がそうなのだから。
「……頼むよ、リタ君……」
騎士は、哀れみを乞う。
「団長にらないでくれ……」
梨太は、まっすぐに彼を見返す。親ほど年上の男。譽れある騎士団の鋭の願いを、その真意の奧底までけ取り、すべてを飲み込んで――
自分の本心で、誠実に回答した。
「いやだ」
梨太の意志もまた、男は理解をしたのだろう。
それ以上なにか反論することもなく、ただ寂しげに笑った。
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