《鮫島くんのおっぱい》老兵の死に場所
梨太がその部屋に飛び込んだとき、まず目にったのは倒れた鮫島。そして床のだった。細い飛沫がはねた程度、だが間違いなく鮮だ。
「鮫島くん!」
覆いかぶさるようにして、うかがう。すると彼は簡単にを起こした。顎のを適當にぬぐいながら、
「平気。ダメージは殺した。を切っただけ」
「さ、鮫島くん、これはっ――豬さんにやられたの?」
「うん。もうちょっとやるから退いていろ」
梨太のを押しのけ、鮫島は構えを取った。
その正面には仁王立ちの大男――ラトキアの騎士、豬。壁際には蝶が張り付いている。
梨太が睨むと、蝶は苦笑した。
「いや、止めようとはしたんだよ。おれが怪我をしない範囲で」
全く、案の定の返事。できればもうちょっと頑張ってほしかったが仕方ない。梨太は諦めて、鮫島のほうへ視線を戻す。
向かい合った彼らは互いにじりじりと前進し、距離を詰めていた。どうやら自分に有利な間合いを計っているらしい。戦闘にはド素人の梨太には、どちらが強いかはわからなかった。
格を考えると、豬の圧勝。だが鮫島は星最強と呼ばれるだけの、技がある。
間違いないのは二人ともが騎士団有數の戦闘派であり、その実力は拮抗しているということ。本気で戦えば、お互い無事では済まないということ。
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「ねえ、これなんの勝負!? なんでこうなったんだよ。騎士同士で決闘なんてやめて――」
梨太の言葉が終わるより早く。雄びも上げず、豬が突進してきた。巨大な拳が振り下ろされる。鮫島はその場をかず、ただ手のひらをかざすだけで、豬の拳を流していった。パンチの軌道をあらぬ方向から押すことで逸らし、空振りさせている。
豬の攻撃は重く、思いのほか速い。しかし梨太の目から見ても単調だった。もちろん、対戦してかわせるとは思えないが、遠目にならば視認できる。
対して鮫島の腕は何倍も速く、豬の攻撃を簡単にいなしていた。
巨大な拳はぶんぶんと空気ばかりを薙ぐ。
「これじゃ終わらないぞ豬」
かわしながら、鮫島。
「お前の頑丈さに、俺の攻撃が通らないのは分かった。だがお前の拳も當らない。力切れを待つのも面倒だ。降參しないか?」
豬は応えず、愚直にパンチを繰り出す――いや、その手が、開いている。梨太はんだ。
「――摑まる!」
鮫島のぐらを摑み、豬は力任せに持ち上げた。鮫島も並みより大きな男だ。だが豬に比べれば手弱である。簡単に両足が浮き、床へ押し倒される――
と。空中で、鮫島はを翻した。逃げるどころかその反対に、両手両足で豬の腕にしがみつく。
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豬の腕にぶら下がる形。人間ひとりの重をけ、豬はいた。
「ぬぅっ!?」
鮫島はそのまま、複雑なきをした。足の位置を変え、目の前の手首を摑み、全をねじろうとして――そして。
ぴたりときを止めた。
見逃す豬ではない。腕ごと鮫島を振り回し、壁に叩きつけようとする。直前で鮫島は退避。そして二人は再び距離を取る。
豬は目を細めた。
「……今のは、俺の手首を折るか、腕の腱を壊すことができたのでは?」
鮫島は無言。答えるまでもないことだ。
「この勝負、団長の不利だ」
いつのまにそばに來たのか、蝶が梨太に耳打ちする。
「団長は見ての通り、さほど腕力があるわけじゃない。けどの使い方がめちゃくちゃ上手いんだ。自分自のはもちろん、相手のも――急所を的確に突き、人のを壊すのが上手い。それが団長の強さなんだ」
「……『指先一つでお前はもう死んでいる』?」
「なにそれ」
ラトキアの男に地球の常識は通じない。
それでも蝶の言うことは理解できた。
鮫島の戦闘は、殺人拳である。何度か彼の闘いを見てきたなかで梨太はそれを実していた。
ゆえに、この勝負は鮫島が不利だ。
悪人退治とは勝手が違う。傷つけずに屈服させるには絶大な力の差が要る。貧弱な男子高校生ならばともかく、剛腕の騎士を相手に出來るかどうか。
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「――蝶さん、麻酔刀は持ってないの?」
一縷のみを託して尋ねる。あれこそが鮫島の鞘、むやみに人を傷つけないための活人剣だ。
蝶は首を振った。
「あれは兵だ。任務外で持ち出せないんだよ」
「うーんどうしよう」
呟いたのは、鮫島だった。
「加減して毆っても効かないし。骨や筋を狙えば再起不能にしてしまうし。実際めんどくさいなお前」
「加減は無用。壊しにこればよい」
「本末転倒だ。俺はこの勝負を、騎士団の戦力保持のためにけたんだぞ」
「考えが甘い。俺は今――貴様の敵でしかない」
靜かな聲にどす黒い殺気。あてられたのか、扉口にいたツバメが悲鳴を上げた。
「リタ君、奧様を連れて出ろ!」
蝶がび、二人を部屋から押し出す。梨太は彼の背を叩き抵抗した。
「だって鮫島くんがっ」
「大丈夫、最終的には団長が勝つよ。加減するのをやめればいいだけなんだから」
その肩の向こうで、鮫島が蹴りを放つのが見えた。
「ああ、やめて! だめ!」
ツバメが悲鳴をあげ、立ちふさがる蝶の背を激しく叩いた。彼は優しく穏やかに、いつもの飄々とした笑みで彼に言い聞かせる。
「大丈夫ですって。豬は団長を慕ってる。ちょっとした意見の食い違いで、本気の喧嘩なんて」
その橫顔に銀の一閃。豬が牽制にはなったらしい、細いナイフが壁に扉に突き立つ。頬から一筋のをたらし、蝶は遅れてウワアと喚いた。
「豬、ばかやろ刃はやめろよー!」
「獲を持たねば勝てぬ」
「お互いにな」
こともなげに言う豬に鮫島が賛同する。そして彼は、部屋壁にかかった剣を取った。差して飾られたもの、二本ともを引きはがし、ポイと一本投げてよこす。
豬がけ取り、にやりと笑った。
「さすが団長殿。話が分かる」
「鮫島くん!」
「心配するなリタ、鞘から抜かない」
木刀代わりにするらしい、鞘ごと構えて、鮫島。たいして豬の方は鞘を取った。
「こちらは容赦をせぬぞ」
白刃を向けられても、鮫島は表を変えない。あくまでも鞘をつけたまま、彼は靜かに豬に向き合う。
武を持った鮫島は、素手の時よりはるかに安定して見えた。彼には圧倒的な勝算がある。鮫島は驕らない。おそらく、彼の自信は正しい。
豬の刃は鮫島に屆かず、鮫島は無事に勝利をするだろう。
「やめて!」
ツバメがぶ。靜かな淑は蒼白になり、蝶を叩き、梨太に縋った。
「止めて、やめさせて頂戴!」
鮫島が駆けた。上段から振りかぶり、當てるだけの剣戟。白刃と一瞬だけれ合って、すぐに中段へ軌道を変えた。橫なぎの鞘が、豬の脇腹を打つ。
これが剣技スポーツならば勝負あり。だが鮫島は気勢を乗せきっていない。豬に痛みは與えても、骨を砕くには至らない。
豬は奧歯を噛み、白刃を疾はしらせた。鮫島は剣の腹を叩き、何の支障もなく圧しのける。
そして隙を見て一閃。木製の鞘がまた豬を打つ。
「ぐうっ!――」
痛みにをよじっても、大男は倒れない。構わず、もう一撃。先ほどよりも強く打ち込んでいた。
騎士団の軍服は、薄手に見えて鎧のような防力があると聞いたことがある。それがどれほどのものか、梨太は知らないが、実際大したダメージになっていない。あるいは豬自が頑丈なだけかもしれないが。
ダメージ量を見て、鮫島はしずつ、剣速を上げていく。やがては梨太が見て取れないほどに速く。
豬の攻撃は當たらない。
この攻防を、梨太はかつて見たことがあった。
八年前の決戦、彼は同じように金屬塊を振り回していた巨漢をいなしていた。たとえ武があっても、鮫島には通じないのだ。
星最強の男――英雄――騎士団長はやはり誰よりも強い。勝てない。勝てない勝負を――軍人が挑んだ?
梨太は眉をしかめた。ずっと付きまとっていた違和がそれだ。豬は敵テロリストではない。軍人だ。十五年もの間、ずっと鮫島を見てきた生粋の騎士――
「やめさせて!」
ぶツバメ。蝶は優しく、彼に言い聞かせる。先ほどと同じことを、もう一度。
「大丈夫。豬が団長を殺すわけがないよ。豬は騎士団でもいっとう団長の支持者シンパサイザーなんだから」
梨太は目を見開いた。
シンパサイザー。支持者。同調者。崇拝、信奉――
鞘の付いた剣が、豬の腹を叩く。完全に気勢が乗り切り、視認できない速さになったそれを、豬は摑んだ。
鮫島の勢いは止まらない。鞘を摑まれたまま引く。白刃が現われる。
ツバメの聲が重なる。
「やめて鮫、殺さないで――!」
蝶がギョッと強張る。梨太は彼を押しのけ駆け出した。鮫島に向かって飛び掛かる、だが圧倒的に出遅れた。今更間に合わない。リズムに乗った鮫島の剣は、そのまま豬の脇腹へと――
豬が笑った。
腹を薙ぐ、己の神の白刃をけれて、彼はとても嬉しそうに笑っていた。
「豬!」
倒れた同僚に蝶が駆け寄る。ツバメはその場で泣き崩れた。床に突っ伏し、騎士団長の母親は嘆いていた。彼は初めからわかっていたのだ。息子が決して負けないことを。
小さく息を吐く鮫島を、蝶は鋭く睨みつけた。
「なんで殺した!」
「やめて蝶さん。鮫島くんは悪くない……」
「そりゃ最初に抜いたのは豬だけど、団長なら鞘つきのままでも勝てたはずだ!」
梨太は首を振った。違う。確かに梨太は見たのだ。豬が自ら鮫島の鞘を摑み、剣を抜かせたのを。豬のそばに膝を付き、梨太は呟く。
「……豬さんは、狂信者シンパサイザーだった。ただ鮫島くんのために死にたかっただけなんだよ」
「はあ!?」
「蝶さんが職場で上司を慕うのとは全然違うものだったんだ。……犬居さんのものとも。だからきっと、この騒も、決闘も……」
鮫島は無言で、梨太の言葉を聞き、狀況を見て、首をかしげる。いつもと同じ無表で、穏やかな聲で呟いた。
「ふうん? なんだそれ」
そうして彼はまず、扉口の母親へ歩み寄った。ぽんと頭を叩く、それだけで戻ってくると、蝶、梨太の順でまた頭に手を乗せる。大きくて溫かく、優しい手で梨太の髪を掻き混ぜると、こともなげに呟いた。
「殺してない。飾り剣だ。刃は潰してある」
「えっ!?」
三人のび聲が重なった。確かに、鮫島の剣にの跡がない。慌てて豬をひっくり返すと、その腹部に傷も出もなく、ただ腹を抑えていているだけだった。
「といっても剣の形をした金屬塊だ。骨折はもちろん、臓も潰せる兇だぞ。一応そういった場所は外して、そのぶん激烈に痛いところを狙ったけど、醫者には見せたほうがいい。なにせ激烈に痛いから」
「い、醫者っ! 醫者呼んでくる!」
蝶が立ち上がり走り去る。ツバメは放心し、腰を抜かしていた。
梨太は仰向けになった豬を抱き寄せ、素人目で診察をして見た。脂汗にまみれ言葉も出せず悶絶している、が、意識ははっきりしている。命に別狀はなさそうだ。ホウと息を付き、ハンカチで汗を拭いてやる。鮫島がいた。
「……いいな、ひざまくら」
「んなもん君も悶絶してればやってあげるよっ! 鮫島くん、この痛みを和らげたりはできないの? 目が見えるようになるツボとかあるんじゃない」
「何の話だ? 俺は魔法使いじゃない、壊したものを治すことはできない」
それでも、彼は剣を納めると豬の元へ跪いた。顔を覗き込み、上下するへ手を當てる。
「……大丈夫か、豬」
主の問いに、彼はわずかに目を開く。き通った水の目が、鮫島の姿を探して漂った。
「……団、長……殿――」
梨太は豬と親しくはなく、はるか長である彼の目を、至近距離で見つめたことはない。初めての機に、梨太はの気を引かせた。
豬の瞳は、鮫島を見つめながらも、彼をヒトと見ていなかった。彼の艶やかな黒髪も、整った顔立ちも、魅力的な瞳も、しなやかなも、何も見ない。
ただ鮫島という存在を、茫洋と見つめていた。
「……どうか……自分の主であってください……それがかなわぬならば、どうかあなたの手で殺してください」
「……何故? 俺にはお前のみがわからない」
「理由は、もう話した。噓などつかぬ。……無駄死には免……あなたの居ない騎士団に、なんの価値がありましょうや……」
言葉を吐き出すと、豬は靜かに目を閉じた。
【10萬PV!】磁界の女王はキョンシーへ撲滅を告げる
世は大キョンシー時代。 キョンシー用の良質な死體を生産するための素體生産地域の一つ、シカバネ町。人類最強である清金京香はこの町でキョンシー犯罪を専門に扱うプロフェッショナルが集うキョンシー犯罪対策局に所屬し、日夜、相棒のキョンシーである霊幻と異次元の戦いを繰り広げていた。 そんなある時、雙子の姉妹の野良キョンシー、ホムラとココミがシカバネ町に潛伏した。 二體のキョンシーの出現により、京香は過去と向き合う事を余儀なくされていく。 ざっくりとした世界観説明 ① 死體をキョンシーとして蘇らせる技術が発明されています。 ② 稀にキョンシーは超能力(PSI)を発現して、火や水や電気や風を操ります。 ③ 労働力としてキョンシーが世界に普及しています。 ④ キョンシー用の素體を生産する地域が世界各地にあります。 ⑤ 素體生産地域では、住民達を誘拐したり、脳や內臓を抜き去ったりする密猟者がいつも現れます。 ⑥ そんなキョンシーに関わる犯罪を取り締まる仕事をしているのが主人公達です。 ※第一部『シカバネ町の最狂バディ』完結済みです。 ※第二部『ウェザークラフター』完結済みです。 ※第三部『泥中の花』完結済みです。 ※第四部『ボーン・オブ・ライトニング』完結済みです。 ※第五部『ブルースプリングはもう二度と』完結済みです。 ※第六部『アイアンシスターを血に染めて』開始しました! ※エブリスタ、ノベルアップ+、カクヨムでも同作品を投稿しています。 試験的にタイトルを変更中(舊タイトル:札憑きサイキック!)
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