《鮫島くんのおっぱい》教會の試練①

「僧たちが失禮な対応をしたようで、申し訳ありませんでした」

前を歩きながら、兎ウサギが言う。

梨太は苦笑しながら首を振った。

「いえ、職務としての対応はきちんとして頂きましたし――」

謝しろよっ! 騎士団長ごときがおいそれと會える方じゃない、三神の教會、教主さまは星帝よりも偉いんだからな!」

「お前がいばるな使いっ走りの守衛隊長。それに星帝より偉くはない、ただ『別』というだけだ」

なくともお前よりはエライだろ鮫、ラトキア騎士団はこの教會に所屬してるんだから。お前だって使いっ走りだ、騎士団長はあたしと同等だ!」

「俺の十分の一の年俸のくせに。大何でお前がついてくるんだハヤブサ。俺たちが話をしたいのは教主様だけだぞ」

「あたしは教主様の側近護衛だもんっ! 取り次いでやったのもあたしだぞ!?」

「……うるさいなあ」

後ろで大騒ぎをしている姉弟を、睨むようにして振り向く梨太。

教主があらわれ、ハヤブサはとりあえず大人しくなり、鮫島も彼の拘束を解いた。しかし歩き始めてじきに、今度は口げんかが始まった。しかもきわめて低レベル。

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呆れて嘆息する梨太に、教主はコロコロと笑い聲を上げた。

「本當、賑やかなこと。今日はハヤブサの元気な聲がたくさん聞けるわね」

そう、楽しそうに言ったものである。梨太は歩きながら、當主の背中に尋ねた。

「普段の彼はおとなしいんですか? まさか、想像がつきませんが」

「ええ、とっても靜かですよ。人さらいにあった子のようにめて、所在なげにしていますわ。弟君が來られてほんとうに嬉しいのね、ハヤブサは」

「そ、そんなんじゃないですっ」

ハヤブサはんだ。それでも鮫島に対するものよりはるかに抑えた聲である。

「ただその――僧たちは忙しいから……話しかけたって迷だろ。気を使ってやってるだけ」

「ただ単に嫌われてるだけだろ、お前うるさいから」

「なんで鮫島くん相手だとそんな容赦ないの?」

梨太のツッコミにも、鮫島はフイと橫を向く。またハヤブサが吼え、そして口をつぐんだ。どうやら本當に、教主の前では貓をかぶっているらしい。

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(……でも、教主様はハヤブサさんの本なんてとっくにお見通しなんじゃないかな?)

梨太の思考を裏付けるように、くすっ、と兎は笑った。

「半分は、確かに。しかし半分はわたくしのせいですね」

「――というと?」

「本來、教主様を護衛するのは僧の仕事なんだ。そもそも守衛隊なんて職業はない。あたしはただの家出娘で、教會の納屋に転がってたのを教主様に側近として取り上げてもらったんだ」

ハヤブサが口を挾む。

どうしてですかと、梨太は教主に問うた。なんとなく、彼は家出娘への同だけで、役立たずを拾い上げるひととは思えなかったのだ。

教主は微笑んだ。

「わたくしはです。風呂や寢所まで、男に添い付かれては気が休まりません。……ハヤブサはでありながら、僧の誰よりも強かった。側近にこれほど都合のいい人材はありません」

「じゃあ……ハヤブサさんは嫉妬されてるんだ」

「教會の僧は一般のラトキア國民よりも男尊卑の思想が強い。こんなちんまりした獨三十路に力負けしたとなれば、恨まれもするだろうな」

「獨三十路って報、いま要る!? 『可の子に』でよくない!?」

またも始まる姉弟喧嘩。教主はやはり穏やかに笑っていた。

「……それに、わたくしはハヤブサのことがとても好きなの。贔屓にしちゃってるから、僧たちは面白くないのですね」

本殿から離れ、森の方へ歩いて行く四人。教主は行き先を言わなかったが、方向から目星はつく。そしてそれは的中した。

そりたつ巖山、天然の木をカーテンに、窟があった。

「ゆっくりついていらしてください。わたくしが先に行って、壁の燈籠を燈して歩きます」

「あ、あたしがやりますっ」

ハヤブサがぴょんぴょん跳ねて、當主からろうそくを奪う。壁に明かりを燈しながら、どんどん前へ行くハヤブサ。姿が見えなくなったあたりで、案の定、すべってコケる悲鳴が聞こえた。三人は気にせずゆっくりと後を追った。

窟は、両手を張れないほどの細さに、百七十一センチの梨太がおっかなびっくり歩けるくらいの高さ。鮫島は窮屈そうに腰を屈めている。前を歩く、教主の背丈は百六十もないだろう。気兼ねなく歩いていた。

十メートルほど歩くと、一気に視界が開けた。講堂――あるいは禮拝堂か。天井の低さは変わらずだが、學校の教室ほどの広さがある。何もない空間――椅子も講壇もないただの広間。さらに、その壁面には十ほどの通路が空いていた。同じような部屋がいくつかつながっているらしい。

(……ご神はないのか……)

「リタさんは、遠い星からいらしたそうですね」

気分だったところを呼びかけられて、慌てて頷く。

「あなたから見て、このラトキアの教會は奇異に見えるものでしょうか」

「……奇異、というか……とりあえず、『神様』が飾られていないことにはちょっと驚いてます。三神の像やレリーフは町にたくさんあったのに」

「偶像崇拝は、別にじてはおりませんが、あまり意味のあるものではありませんから」

なるほど――この宗教は、三神の教えを説くところだったと思い出し、梨太は納得した。

僧たちにとって神は神霊ではない。敬する教師なのである。梨太も尊敬する教師や偉人、作家はいるが、その彫像を飾ろうという気にはなれない。

尊いのは彼らのことば。彼ら自は、崇拝の対象ではないのだ。

神の言葉ならば、この奧へ続く通路に彫刻されています」

教主は言って、しなやかな指を持ち上げ、まっすぐ窟の奧を差す。ちょうどそこから、先行していたハヤブサが戻ってきた。他の通路には明かりはない。

どうやら、その道が行く先らしい――と、思いきや、教主は梨太を促すばかりで足を止めてしまった。

梨太一人で行けということらしい。

「……あの……ごめんなさい、僕らは教主さま自とお話ができればと――」

「わたくしの推薦狀がしいのでしょう、星帝候補リタ殿」

教主は穏やかに、しかし強い口調で遮る。梨太と鮫島、二人が息をのみ、梨太だけが深く頷いた。教主は微笑む。

「ならばお行きなさい。試練を乗り越えられたなら、わたくしはあなたを星帝たりえる男と認めます」

「し、試練ですか?」

嫌な予がして、梨太は聞き返した。このシチュエーションでこの展開。ゲームなら間違いなく強敵との対決である。梨太はこの數年、彼なりに鍛え、人並みの運能力は得ている。しかし切った張ったができる戦闘力など全くない。

的に、星最強の男へ顔を向ける。

しかし鮫島は、両足をそろえて立ったまま、手を振っていた。

にこやかな笑顔で。

「行ってらっしゃいリタ」

「あ、やっぱり僕ひとりなのね」

「大丈夫。リタならきっと勝てる」

「そして筆記試験ではないのですね……」

げんなりしながら、それでも、妻の笑顔から危険はないと期待して、梨太は歩き出した。

ハヤブサが佇む前を抜けようとしたとき、

「――機械相手とあなどるなよ。あたしたちもホールで聞いているからな」

ハヤブサに忠告される。梨太は首を傾げながら、通路を進んだ。

機械……という言葉を聞いて、梨太はふと、天井を見上げた。

「あ。やっぱり非常燈と通風口。そしてスプリンクラー」

呟く。これだけ深い窟に、蝋燭でともして回る燈籠が機能するわけがない。なにより危険だ。床や壁も、一見雑に掘っただけの巖に見せかけて、タイルのつなぎ目がある。

蟲やコウモリの気配もない。ハハッ、と梨太は笑った。

「なんだ、レトロな風景は演出か。アトラクションだな」

なんとなく安心して、さらに進む――と、床はやがて擬態をやめ、きれいな平らのタイルに変わった。ぼんやりまばらにっている。彫刻を、部の明かりが浮かび上がらせていた。

歩きながら、梨太はその文字を読み上げた。

「――森を飛び、空を走り、海を飲み、大地に潛れ」

さらに進む。

「獣に學び、獣をし、ともに生きよ。彼らは友である。與え、そして訴えよ」

これが、教主の言っていた神のことば。原始回帰主義――自然とともに生きろという宗教なのか。この発展したラトキアの政治と相が悪いように思う。しかし不可侵とはいいながら、政治と宗教で対立はしていないのが不思議だ。

その疑問は、さらに進んだ先で解けた。

「獣のごとくつがい、子を産み育てよ。男はよく働き、はよく従え。常に獲を探し、歩き続けよ。休めば飢えると知ること。……あらまあなんて國に都合のいい思想。にゃるほど」

いや、もともとこれがラトキア民族の概念なのだ。そうして政治が作られている。

みんな働いて、みんなが子を作ろう――

その思想は、原始的であり、合理的であり、社會的だ。

「でも――民主的ではないよね……」

教主となるために、子を産むを選んだ兎。であるがゆえに職がなく、実力で就いても嫌われているハヤブサ。梨太と結ばれるために、なにもかも捨てようとしている鮫島。

妻のために戦場に出る蝶。

それが許されなかった虎――

通路を抜けると、また視界が開けた。といっても、先ほどのホールの広さにはほど遠い。納屋ほどの小さな部屋に、椅子がひとつ置かれているきり。

そしてその椅子はというと、

「……拷問用、電気椅子?」

と、梨太が評するような格好である。

とりあえず、梨太は部屋へっていった。とたん、電気椅子につけられたランプがチカチカる。いかにも怪しい狀況で、追い打ちのように、電気椅子がしゃべった。

『いらっしゃいませ。騎士団長の試練へようこそ。腰を下ろし、腰と肘掛けのベルトを裝著してください。額と指先にセンサーを著け、準備が出來ましたら、拘束ボタンを押してください。一分後に、質問を開始します。必ず正直にお答えください』

「…………これ、ウソ発見っ!?」

梨太の背中に、冷たい汗がつたって落ちた。

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