《鮫島くんのおっぱい》たちの生き方

紹介狀は、『の塔』に直接送ってくれるという教主。彼に禮を言い、三人は教會本殿、事務所のほうへ移した。使いに出したハヤブサがあまりに遅いからである。

「あいつのことだ、封筒を持ったまま泥の上でコケて、今頃水で洗ってるんじゃないか」

「そんなことは……さすがに」

「ほほほ。ないとは言い切れませんね。それならもう一度書き直しますから大丈夫ですよ」

軽やかに笑う教主。どうやら彼は本當に、ハヤブサのことが気にっているらしい。

砂利を歩きながら、梨太は気になっていたことを、そのまま尋ねてみることにした。

「……あの……ただ腕の立つなら、軍隊のほうから雌優位のひとを連れてくることはできましたよね。あるいは僧に、部屋の中まではってくるなということも」

「そうですね」

教主はあっさり頷いた。

それもそのはず。この三神の教會、教主は、ひとにねたまれるような立場ではない。この山奧に閉じ込められて、心地の悪い暮らしをしているだけの老婆だ。

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この教會の権威も、彼を暗殺したところで揺るがない。教主は法王ではなく、あくまで象徴――そう、彼こそが、三神の教會においける偶像であった。

堅固な警護をするほど、彼に危険はない。

鮫島が追及した。

「ならばどうして? 弟の俺が言うのもなんだが、姉は本當にポンコツで、教主様のお役目の邪魔でしかないと思います」

「……鮫島くん」

「そうですねえ。お使いに出せば三度に一度は買い間違えますし、書類もよく破きますわね」

たしなめる梨太にかまわず、やはり軽やかに、教主は頷く。鮫島がさらに続ける。

「リタの言うとおり、の護衛がしかったなら騎士団に相談していただきたかった。……今は、俺のほかに雌雄同の騎士はいないが、一般兵のほうには數名いる。もう退役してしまったが、ある騎士の妻は元兵士長まで務めた傑だ。子もいないから、頼めば手伝いに通ってもらえるかもしれない」

「ああ、蝶のところの蜻蛉さんですね。彼らの結婚式もこちらでやりましたから、存じてますよ。あの方も可らしいでしたねえ。こう……出るとこ出て引っ込むとこキュッとくびれてて。本當、蝶がうらやましい」

ニコニコと、機嫌よさげな教主。梨太はなんとなく嫌な予がして、教主のそばへ寄っていった。

もし僧が近くを通っても、決して聞き取れない小さな聲で、

「……教主様、ハヤブサさんのどこが好きなんですか」

「顔とおしりです。あの顔にバンっと大きく張り出したおしりのギャップは、控えめに言って最高かと」

小さくガッツポーズをしながら、教主。軽く頭を抱える梨太の橫で、鮫島が心底不思議そうな顔をしていた。

そうして、三人で事務所の扉を開ける。するとそこにはバンッと大きく張り出したおしり――ハヤブサの後姿があった。壁を機代わりに、なにか書きをしている。

「ハヤブサさん?」

「――ひぁ! 何!? あっ、鮫!」

ハヤブサは飛び上がり、書きかけの書類を背中に隠した。それを見逃してやる鮫島ではない。すかさずハヤブサの頭を鷲摑みにし、抵抗されるより早く紙を奪い取る。

の手が屆かない高さに持ち上げて、目を細めた。

「……す……すいせんちょ……?」

「推薦狀だよ! そう書いてあるだろっ!?」

ハヤブサは超人的な跳躍力で、鮫島から紙を奪い取った。そして、梨太のにたたきつける。

「――ほらっ。こっちの封筒は教主様の。両方持って行ったってたいしてかさばりはしないだろっ!」

「……えっ? 推薦って、ハヤブサさんの……?」

呆然と、とりあえずけ取る。書面を見ると、確かに。「すいせんちょ。ハヤブサは、このリタをおうえんします」と書かれている。フォーマットの枠もない、一枚紙への書きなぐりである。

これにはさすがに、教主も眉をひそめて諭した。

「ハヤブサ。星帝への投票も推薦も、參政権のある貴族しかできないことですよ。あなたの家族には権利者はありますが、あなた個人にはなにもないはず。殘念ながら、その書狀は何の効力も……」

「わかってますっ。でも、なんというか――あたしのきもちっ」

かすかに赤面して、ハヤブサは言った。やはり首をかしげている教主と鮫島。梨太は微笑んだ。ほんのし腰をかがめて、小柄なハヤブサと視線を合わせる。

「――ありがとう。とても嬉しい。大切に持っておきますね」

「……お、おう……」

「でも、どうして? 僕はハヤブサさんに気にってもらえるようなことはなにもしてません」

「き、気にってなんかないし!」

肩をひっぱたかれた。すかさず鮫島が襟首を捕まえる。弟にぶらさげられながら、ハヤブサは早口で一気にまくしたてた。

「お前のことは、鮫といっしょくたに大嫌いだ。でも、その政策……僕が星帝になったら、っていう話。あれが実現したらいいと思ったんだ」

というと――さっきの拷問、もとい試練の最終問題のことだろう。梨太は、自分の長臺詞を思い出し、ハヤブサが気にりそうな言葉をチョイスした。

「実力のあるにはチャンスを、という話?」

「それと、結婚しないという選択肢っていうやつだ。いままでの政治家は……既婚にも人権をとか、離婚しても生活を保護しようとか。は出産し、守られるものっていう縛りからは出ようとしなかった」

なるほど、と納得する。それはもとより、現代日本人の梨太には當たり前の概念である。結婚や出産は、したいひとがするものだ。しなくてはならないという理論は、親世代ですらもうほとんどない。

「……でも、これは……教會の教えには反するんじゃないの?」

恐る恐る、梨太は尋ねたが、否定をしたのは教主の兎だった。

「そこだけならば確かに。しかし、リタさんは原始回帰のお話もされていました。ハヤブサや、多くの雌雄同が妻となるのを避けるのは、既婚が極端に冷遇される社會のせいでもあります。それを解消しようという政治は、教會の理念にぴったり合いますよ」

「あ、あたしは……どうしても結婚したいってわけじゃ……人がいるのは、ちょっといいなって思うけど」

ハヤブサは呟き、自分の言葉にハッと息をのみ首を振った。

「いや、そんなこともない。とにかくあたしは、そういうのに縛られず、力で生きていきたい。この狹い山奧で、教主様の邪魔をしているだけの守衛隊長なんかじゃなくて。――今、この國はそれを許してくれない。リタがなんとかしてくれるなら、あたしはリタのこと応援するよ」

それは嬉しい言葉であったが、リタはふと真顔になり、教主を振り返った。やはり、彼は暗い顔をしていた。

そっと、ハヤブサの手を取り、せつなくささやく。

「……そうなったら、あなたはここを出ていくの? ハヤブサ」

「はいっ!」

空気を読まず、元気いっぱい答えるハヤブサ。梨太は突っ伏した。これで教主がやっぱり推薦狀を取り下げると言い出さないか、気が気でない。

ハヤブサはとにかく明るく、晴れやかに、教主の手を握って笑っていた。

「あたし、ラトキア中の強いやつと戦ってきます。この王都を、いえラトキア星をめぐって、獣人バルフレア族や巨人セガイカン族、野生の豬や象も鮫も倒して、星最強のラトキア人にっ」

「無理。深海魚だし」

鮫島のツッコミは全員が無視。ハヤブサの青い目は、教主と向かい合いキラキラと輝いていた。

「そして世界中を見て回って――その出來事を、教主様にお話しに戻ってきます!」

「ハ、ハヤブサ……!?」

「教主様、この教會からちっとも出かけられないでしょ。あたしが見てくる。そしていっぱい、楽しい話をきかせてあげる。そうすれば――教主様はずっと楽しいし、あたし、教主様のお役に立てますよねっ!?」

教主は黙って、ハヤブサを抱き寄せた。マントの中に彼をくるみ、全でハヤブサを抱擁する。

その左手が、さりげなく彼でたのを、梨太は確かに目撃した。

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